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『夜の女子会。同じ男を好きになってしまった女子二人が、男の悪口で大いに盛り上がる』


「私はラキィ。ラキィ・カンターラです!」

「え……っ」


 突然告げられたその名前に、今度はシーニャが固まる。


(カンターラ、カンターラって? まさか、偶然よね。偶然に決まってる。

 でも……、この人はさっき私の顔を見て、あんなに……)


 ラキィは、そんなシーニャに、おや? と首をかしげた。


「シーニャさん?」

「ラルコ……カンターラ」

「えっ!」


 思わず口からこぼれ出た名前に、ラキィも再び目を見開く。


「……」

「……」


 無言で見つめ合う二人。

 そして同時に。


「「ラルコ・カンターラ!!」」

「……」

「……」

「「どうしてあなたが!!」」


「ななな、なんでラキィさんがラルコのことを知ってるんですか?」

「シーニャさんこそ、どうしてその名前を?」


 往来の真ん中でにらみ合う二人の横を、道行く人々がいぶかしむような目を向けながら通り過ぎていく。

 だが二人は混乱のあまり、身動き一つできない。互いに指を突き付け合った姿勢のまま、わなわなと唇を震わせていた。


「ちょっとお嬢ちゃんたち、邪魔だからどいてくんない?」

「あっ、すみません!」

「ごめんなさい!」


 とうとう荷車を引いた商人に叱られてしまい、慌てて二人は歩き出す。

 結局、どちらも相手に何をどう訊ねれば良いのか判らず、無言のまま足早に騎士団の庁舎に向かい、無言のまま玄関で別れた。


―― * ―― * ――


 その日の夜。


「ええっ、じゃあラキィさんってラルコのお姉さんだったんですか?」


 シーニャは、宿舎の中にあるラキィの自室で彼女と対峙していた。

 というより、今日からここはシーニャの自室でもある。

 騎士団には、数は少ないが女騎士もおり、女性専用の宿舎棟というものがある。ラキィはその一室を間借りしているのだが、宿舎は本来二人部屋が基本となっているため、新しく入団して来たシーニャが同室することになったのだ。


「ええと、お姉さんと呼ばれるのはどうかと」


 二人は板張りの床に薄手のクッションを敷き、その上に向かい合って座っている。

 傍らには飲み物の杯と壺と、焼き菓子の乗った小皿。シーニャを歓迎するためにラキィが用意したものだ。


「だって、ラルコはカンターラ家の子供になってカンターラの名前をもらったのでしょう?

 ラキィさんの弟になったのでしょう?」

「うーん」


 ラキィは腕を組んでうなりながら考えた。

 言われてみれば、これまで自分と彼との関係について深く考えたことはなかった。


(私達っていったい、どういう間柄になるの? ただの知り合い? 友達?

 いえいえそんなはずはないわ、だって私達は魂で結ばれている。私が彼に真名(ヴェリナ)をあげたんだもの。

 じゃあ、名付け親? 違う!違う! 親なんて絶対にイヤ!)


「やっぱり、お姉さんでいいんですよね? ね?」


 すまし顔のシーニャを、ラキィはジロリと睨む。

 どうしてこの子は、こんなにお姉さんを強調するのだろう。むしろあなたの方こそラルコの身内ではないのかと、尋ねたかったのに。


 シーニャの蒼い瞳とこぼれ出た彼の名を聞いて、本当の家族に間違いないと思った。とうとう見つけてしまったと、怖れさえ抱いた。

 でもよく考えたら、ラルコの名前はうちで付けられたものだ。本物の家族ならその名で呼ぶはずがない。

 あるいは既に再会を果たし、彼から事情を聞いていたのかも知れない。それならばカンターラの名に反応したのもうなずけるし、一番知りたかった彼の消息も教えてもらえるに違いない。

 そんなことを、宿舎に戻ってからずっと考えていた。

 なのに彼女は、そうではないと言う。


 聖王宮の孤児院に引き取られていたというのは重大な情報だけれど、彼女はそれ以上のことをなかなか教えてくれない。聖王宮内部のことは口外できない規則なのだそうだ。

 それは仕方のないことだし、別れたのち彼が手紙一つ寄こさなかった理由も判ったので、これだけでも大きな収穫と言える。でも暮らしぶりとか、もっと細かなことを差し支えない範囲で聞かせてもらおうと思っていたのに。

 なぜか彼女の方が、こちらのことを色々と詮索してくるのだ。

 もしかして、この子ったら……。と、女の勘を働かせ、あえて挑戦的な言葉を放つラキィだった。


「お姉さんじゃないよ。だって血が繋がってないもん」


 対するシーニャも、ラキィの視線に不穏なものを感じ取っていた。

 彼女がラルコの身を案じるのは当然だし、会えない不安を抱えたまま何年も過ごして来たことには同情もする。

 言わば同志とさえ呼べる立場だし、色々とお話ししてもっと仲良くなりたいとも考えていた。

 でもあらためて間近に向き合うと、彼女が自分にないものをことごとく持っているような気がして、急に不安になってしまったのだ。

 ラルコは、こんな魅力的な女性と一緒に暮らしていたのか。こんなに可愛らしくて、清楚で、優しそうで、頭が良さそうな人と……。

 そして彼女は、きっぱりと言い切った。お姉さんなんかじゃないよ、と。

 では何だというのか。


「へえー、じゃあただの他人ですか? 一緒に暮らしていても家族じゃなかったんですね。へえー」

「なんですって!」


 思わずラキィの声が高くなる。


「ち、血が繋がっていなくても、家族よ! 姉弟じゃなくても……!

 ふ、夫婦とかだってあるし」

「なっ!」


 立ち上がるシーニャ。


「そんなの認めません!」

「どうして、あなたに認めてもらわなくちゃならないの?」

「そっ、それは……」


 顔を赤く染め、うー、と声を漏らしながら腰を下ろす。

 そして上目遣いに、ボソリと。


「私だって、夫婦になれるもん」

「そんなの絶対認めない!」


 立ち上がるラキィ。


「どうしてラキィさんが?」

「ど、どうしてって、それは……」


 無言で睨み合う二人。


(この子……)

(この人……)

((気に入らない!!))


「わ、私が一番最初にラルコのことを見つけたんだもん。それから王宮に呼ばれるまでの一か月間ずっとお世話して。色んなことを教えて」

「えっ、たった一ヶ月ですか?」

「たった、って。あなたね」

「私は四年間、一緒に暮らしました」

「ぐ……っ」


 悔しそうに唇を噛む、が。


「な、長さは重要じゃないわ。問題は中味よ。

 だって私はあー、毎晩一緒のベッドで寝てたしいー」

「そ、それくらい。野営の時は私達だってすぐそばで寝てたもん」

「お風呂だって一緒に入ったしぃー」

「子供の頃でしょ。それくらいどうってこと」

「お、おちん……」

「え?」

「なんでもない」


 顔を赤くして俯くラキィ。

 その姿を見つめながら、シーニャは少し呆れていた。


(なんなの、この人。街で出会った時はただのきれいなお姉さんだと思ってたけど、なんか昼間と全然雰囲気が違う。

 キャンキャン大騒ぎして、ちょっと動物っぽいというか。嫌いじゃないけど。

 でも、負けてらんない)


「へー、中身ですか。私はギュッてされて、チュッてされましたけど」

「チュッて! まさか唇に?!」

「え? いえ、その……」

「違うの?」

「えっと……、おでこに」

「なあんだ」


 ラキィが息を吐きながら、浮かしかけた腰を下ろす。


「だって、あいつひどいんですよ! 私が真剣に、精一杯がんばってお願いしたのに、顔をそむけやがったんです!

 頭にきてもう一度迫ったら、そうやってごまかして!」

「ええー、女の子がそこまで頑張ってるのに、それはないよね」

「でしょでしょ!」

「そっかー、シーニャさんとは何でもないのかー」

「なんで嬉しそうなんですか」

「えっ? いえ別に」


 シーニャは陶製の杯をとり、ぐいっと一気に飲み干した。


「あれ? これ、お酒ですか?」

「あ、うん。果実酒を水で割った軽いものだけど、お口に合わなかった?」

「ううん、甘くてとても美味しい」


 ブルメリアでは、十五歳の春で成人となる。シーニャはこの春成人を迎え、現在は学徒でもないので戒律上も飲酒は禁じられていない。

 そしてラキィは学徒であるが聖王教会の組織に属しているわけではないので、厳格な戒律は適用されない。

 なので、二人とも飲酒については何の問題もないのだ。

 シーニャの、ラウンディール砦での戒律破りの前科は別として。


「良かった、マルジットのお家から送ってもらったものなの。去年、私が漬けたんだよ」

「へえー、ラキィさんは色んなことが出来るんですね。いいなあ」

「うふふ、田舎者のたしなみってやつよ」

「マルジットって、どんな所ですか?」

「とってもいい所だよ。緑が多くて、森も泉もあって。それから、ひろーい麦畑」

「ラルコは、そんな所で暮らしたんですね」

「うん……」


 ラキィが壺を取り、空になったシーニャの杯に酒を注ぐ。

 シーニャはそれを受け、それから二人で杯を掲げ合った。


「ラルコが出て行った時、寂しくありませんでしたか?」

「寂しかったに決まってるわよ。でもあの子、私が行かないでって泣いたのに、行くってはっきり言ったのよ。

 それまで、ほとんど喋ることなんかなかったのに」

「うん。あいつ、あまり自分のことを喋りませんよね」

「あまりどころか、全然よ。こっちの言うことは素直に聞いてくれるけど、何を考えてるのか全然わかんなかったわ」

「いつもボーッとして、ヘラヘラして」

「そうそう! シーニャさんに対してもそうだったの?!」

「そうですよ。こっちが何を喋っても、返事は『うん』、とか『わかった』とかばっかり。

 『嫌だ』とも言わないんですよ。それって馬鹿にしてません?」

「うんうん、してるしてる。ひっどい」

「私が憶えてるのは一回だけですよ。口づけを迫った時に、初めて『嫌だ』って言いやがった」

「私も、『家を出ていく』と言った時だけよ」

「じゃあ何ですか? あいつがはっきりものを言うのは、女の子を振る時だけってこと?」

「考えてみたら、それって最低よね」

「ほんと、サイテー」

「それにね、聞いてよ聞いてよシーニャちゃん。あいつったらね」

「はいはい何ですか、ラキィさん?」


 …… ……


 ……


 どうやら、長い夜になりそうだ。




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