68.暴嵐の魂
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どこで生まれどのように育ったのか、そんな記憶は残ってない。気付いた時にはすでに、王と呼ばれていた。
そうだ、俺は王様だ。
この世のすべては俺のものだ。思い通りにならないことなど、何もない。
逆らう奴なんかいやしない。いてもすぐにいなくなる。
なぜなら、俺が殺してしまうからだ。
気に入らない奴は、残らず殺す。気に入った奴も殺す。
俺が気に入るのは、死に際に楽しませてくれる奴だけだからだ。
殺さないのは、旨そうな奴だけだ。
そういう奴は、生きたまま喰らう。それが一番旨い食べ方だからだ。
旨そうな奴というのは、最後の最後まで悪あがきをやめない、あきらめの悪い野郎のことだ。
泣きわめく奴がいる。赦しを請う奴がいる。呪いの言葉を吐き、血の涙を流すほど悔しがる奴がいる。
そんな奴らの手足を一本ずつ引きちぎり、最期の瞬間まで喚き声をあげるのを止めようとしないその頭を、がぶりとやる。
これが最高の食い方だ。
正直言って、魔物という連中はあまり好きじゃない。どいつもこいつも、俺の強さを知ると途端に諦めてしまうからだ。
死ぬ時もただ大人しく死ぬだけ、最後まで足掻こうなんて骨のある奴なんかいやしない。
いや待てよ、昔はそんな奴も沢山いたはずだ。
そいつらは、俺が自分よりも強いことを知ると、それこそ死に物狂いで歯向かってきた。本気で俺を倒すつもりで、俺も本気で戦った。うん、あれは楽しかったな。
あいつら、何処に消えちまったのかなあ。
ああそうか、みんな殺しちまったんだっけ。
人間は大好きだ。
人間はいい。肉は柔らかく、においも悪くない。死に際には大騒ぎして楽しませてくれるし、そのうえ、殺しても殺してもちっとも数が減らないんだ。
何より素晴らしいのは、あんなに弱いくせに、この俺に正面から歯向かってくることだ。
それも何度でも何度でも、しつこく、諦めずに。
一人殺せば、十人で向かってくる。
百人殺せば万人で仕返しに来る。
街を滅ぼせば、国を挙げて攻め掛かってくる。
それもご苦労なことに、野を越え山を越え千里の道をはるばる渡って! わざわざ雪と氷の山中までおいで下さるのだ!
ああ、まったくご苦労なことだ。これを歓待せずになどいられるかよ!
そうとも、一族をあげてお迎えしたさ。
魔物たちも人間の肉は大好きだ。中にはそこそこ強い奴もいて、こっちにもやられちまう奴は出るが、それはそれで面白い。
人間どもが、どこまで俺に近づけるかという遊びだ。数千もいた連中がどんどん数を減らしながら、傷だらけになりながら、それでもあきらめずにこちらへ向かって来る。
あの根性だけは大したもんだ。軍隊蟻でもなかろうに、それなりの知能はあるはず、いやむしろ馬鹿な魔物どもよりよほど頭は良いはずだ。
それに狡猾だし、感情も豊かだ。そうそう、あの怒りっぽくて執念深いところが、人間どもの一番の魅力だ。
あいつらは負けると泣くんだ、悔しがるんだ。血の涙を流しながら、絶対仕返ししてやるって負け惜しみを言うんだ。
ギャハハハ、死んじまうのにどうやって仕返しするんだよ。
でもでも、本当に仕返しに来るんだぜ。そいつじゃなくて別の奴が。
仲間の仇だとよ。大笑いだ、死んじまった奴のために、今度は自分の命を捨てるってのか!
でもまあ、そんな奴らがいるから、俺も退屈せずに済むってことだ。
俺は城でのんびりと血酒をすすりながら、馬鹿な人間どもと魔物達が殺し合う様を魔法鏡で眺めて楽しむのさ。
もっとも、最後にはこっちが我慢できなくなって、城を飛び出して行って魔物ごと皆殺しにしちまうんだけどな。
そんな愉快な連中も、そうしょっちゅう来てくれるわけじゃない。
だから時には、この俺様が自ら人間の世界に出向いて、遊んでやるのさ。
街を襲い。国を焼き。生きた人間どもを喰らう。
それはそれは楽しい、最高の暇つぶしだ。
東の街へ行った。西の国へ行った。はるばる南の世界へも、大空を越えて飛んで行ってやった。
どこに行っても人間だらけだ。呆れたことにあいつら、海の上にまでいやがるんだぜ。
いっそ世界の果てまで行ってやろうかと思ったけど、南国のあまりの蒸し暑さに閉口して、途中で引き返して来ちまった。
暑いのは嫌いだ、俺は涼しい土地の方がいい。
でもやっぱり、あれのせいだったのかな。人間どもが本気で怒り狂いやがったのは。
まさか100万もの大群で仕返しに来るとは思わなかった。それも世界中から集まってきやがって。
さすがの俺も、あれには驚いたぜ。びっくりして大笑いしたもんだ。
配下の魔物どもはたいそう慌てた様子だったけど、まあどれほど向かってこようがしょせん人間だ。蟻の群れと大差ない。
ちょっと意外だったのは、魔物のくせに人間に味方して俺に歯向かってきた連中もいたことだ。
まあ別に人間を助けてやろうなんてふざけた理由なんかじゃなく、自分の恨みを晴らすために人間を利用したってだけなんだろうがな。それでも、まだそんな骨のある奴が残っていたのかと、嬉しくなっちまった。
おかげでこっちの魔物達もだいぶ苦戦したようだが。
大して気にも留めてなかった。どうせ最後は俺の手で皆殺しにしちまうだけだし、楽しみが増えただけだ。ははっ、楽勝楽勝。
の、はずだった。
あいつさえいなかったら。
あいつはおかしい。あれはいったい、何なんだ。
人間のはずだ。人間の勇者だと名乗っていた。
いや、確かに人間の格好をしているが、中身は全然別のものだ。
まるで石でできた魔法人形のような。
化け物じみた強さもそうだが、それだけじゃない。人間だけが持つあの豊かな感情が、一切見えてこないんだ。
でもあいつは俺に向かって「家族の仇だ」と叫んでいた。じゃあ、感情はあるのか。
まったく、訳がわからない。
とにかくあいつの強さといったら、常識を外れている。幾万の魔物も魔獣も一瞬で蹴散らして、一直線に俺のもとへ迫ってきやがった。
あの小さな体のどこに、龍をぶった切るほどの力を隠しているというのか。牙も炎も効かず、魔法も通じねえ。そのうえあいつの方が魔法を操って、空まで飛びやがる。
まるで人間の身体をまとった俺様のようだ。
眼の前に立ったあいつは、憎しみの塊だった。
それまでの勇者とは似ても似つかない、とても人間のものとは思えずかと言って魔物でもない、奇怪なゴウラを備えていた。
人形と思ったのは、決して勘違いなんかじゃない。生き物ではないどこか作り物のような、偽物の臭いがプンプンしていた。
だがその強さには本物も偽物もない。俺も死に物狂いで戦った。
これほど本気で戦ったのは生まれて初めてだったかも知れない。なのに何故か、ちっとも楽しくないんだ。何かに騙されているような違和感が、ずっと付きまとっていた。
その勘が間違っていなかったことを、俺は最後の瞬間に思い知らされた。
何十日にもわたって、戦い続けた。戦えば戦うほどあいつのゴウラは憎しみに染まり、力を溜め込んで行った。
そうだ。勇者と呼ばれる人間のゴウラは、憎しみではなく怒りを糧とするんだ。むろん、俺に対する憎しみはあるだろうが、それだけでは連中のゴウラは燃え立たない。太陽のような熱い怒りこそが力の源だ。
だがあいつのゴウラは夜空の星のように冷たく、そこにただ憎しみだけを、ひたすら溜め込んでいた。
俺はその憎悪の大きさを、見誤った。
やがて訪れた戦いの終焉。
俺もあいつも力を出し切り、もはや決着の付け様もなくなって、俺は仕方なくその場を離れようとした。
あいつだって、後を追う力など残っていなかったはずだ。
なのに、あいつは俺が背を向けたその瞬間に憎しみのゴウラを解き放ち、俺を巻き添えにして自爆しやがったのだ。
冗談じゃない、こんな卑怯な戦い方があるか。
いくら敵を殺すためだからといって、自分が死んじまったら何の意味もないじゃないか。
仲間のためか? そんな馬鹿な、誰だって自分が一番に決まってる。だいいちお前には仲間なんかいやしないだろう。
俺達の戦いの狭間で、いったいどれだけの人間が巻き添えになったと思っている。お前はそんなことは、ちっとも気にしちゃいなかったじゃないか。
俺を滅ぼす、ただそれだけのために自分自身も他の人間もぜんぶ囮にして、罠を仕掛けやがったんだ。
くそっ、この人間が。
その巨大なゴウラの爆発は俺達のみならず、魔物も人間も一緒くたに、氷の山塊ごと全部吹き飛ばしちまった。
本当にどうなってんだ、この俺だってあそこまでの滅茶苦茶はやらねえぞ。
おかげで俺は……、あれ? 俺はどうなったんだっけ。
ああそうだ、俺は死んじまって、それから神とかいう奴に生き返らせてもらって……。
そうそう、人間の勇者として、人間の世界を守れって言われたんだ。
そして、魔物どもをやっつけるんだった。
ああ……、俺は今まで何をしていたんだ。
ずっと暗い所で眠っていたような……、いやそうじゃない。
俺は、閉じ込められていたんだ。
そうだ、思い出した!
神の野郎め、俺を騙しやがって!
自由にしてくれるって言ったのに、大暴れさせてくれるって言ったのに!
人間のゴウラの底に押し込めて、ここで大人しく見ていろと。俺の力だけを利用する気だったんだ!
だがついに、俺は自由を手に入れた。
どうだざまあ見ろ、神のやつを出し抜いてやったぞ。
人間の脆弱なゴウラは、戦いに敗れて壊れ去った。ここから先は俺の出番だ、この身体は俺のものだ。
あははははっ!
見ているか、神よ。ああ、約束は守るさ。
人間の勇者として、魔物をやっつけてやる。世界を守るために暴れまくってやるよ。
ただし、人間どもも俺の思う通りにさせてもらう。
人間にだって王はいる。人間同士で殺し合って一番偉い奴を決めるんだ。
だったらその一番に、人間であるこの俺がなったって別に構わないだろう?
ああ楽しみだ。
これから思う存分大暴れして、人間どもを従えてやる。
そして世界は俺の前にひれ伏し、恐怖と畏敬を込めてその名を呼ぶんだ。
そうだ、かつて世界を屈服させたこの名を、ふたたび!
そう、この俺の名は!
俺の……! 名前は……!
名前……
俺の……
僕の……
僕の、名前……は……
:::煌めく希望の虹:::
その言葉が囁かれるとともに、赤と黒で塗りつぶされた闇の世界に、金色の閃光がほとばしった。




