65.激闘の先にあるもの
間一髪、二体の魔獣による爪撃は空を切る。
ラルコは後ろに大きく跳んで距離を取り、左の短剣にも光をまとわせ二刀流に構えた。
パラディヌ団長の見よう見まねだが、物事の本質を一目で見抜いてしまう天才は健在だ。コツは既につかんでいる。
技の習熟は、実戦に学ぶしかないと覚悟を決めた。
魔獣たちは、一瞬の躊躇もなく追撃を仕掛けてきた。
双子のように息の合った、左右からの同時攻撃。剣先のごとく長く伸びた爪にゴウラの黒い光をまとわせ、人間に倍する巨躯と小型獣にも匹敵する俊敏さで、ラルコを圧倒しようとする。
対するラルコは、二本の光剣を己の身長を超える大剣の姿に変え、体格の不利を補う。
アウラの働きにより膂力は大型魔獣に劣らず、身のこなしは確実にこちらの方が上だ。
二体一の不利は否めないが、それすらも両の光剣を自在に操り、巨獣を相手に互角の戦いを演じる。
(予想はしていたけど、さすがに強い。でも、負けるわけにはいかない!)
ただ受けるだけでは、勝つことはかなわない。わずかな隙をついて斬りかかり、鋭い突きを放つ。
この時ラルコは、すでに相手の命を奪うという決断を自分自身に課していた。
後方にはまだマドゥクランと名乗る魔人が控えている。ここで手加減をする余裕などないことは明白なのだ。
自分がやられてしまったら、次は仲間が、そして砦が危険にさらされることになる。
二体に挟まれてしまわぬよう、変幻自在の足さばきで間合いを移し、体技を駆使して剣をふるい敵を翻弄する。
魔獣の攻撃は単調だ。腕力のみを頼みとし、意識の流れもあからさまで先読みが容易だ。
にもかかわらず、いまだ傷一つ与えることが出来ずにいるのは、相手の巨体に似合わぬ反応速度に加え、全身にまとう光鎧にも似た黒いゴウラの鎧のためだ。
光剣と剛爪、光鎧と黒鎧。ラルコのアウラと魔獣のゴウラは何度となくぶつかり合い、しのぎを削り合った。
すべてが互角、いや、単独ならば二体を相手にしているラルコの力量が勝っていることは間違いない。だが敵の連携も見事としか言いようがなく、一瞬の隙を見出すどころか、激しい連撃をしのぐのがやっとの状態だ。
そしてついに、黒いゴウラをまとった爪剣がラルコの光鎧を破り、左の上腕を浅く切り裂いた。
「くっ!」
大きな痛手ではない、わずかにかすった程度だ。が、その小さな傷から激しい痛みと痺れが全身に走った。
(毒?!)
ラルコはとっさに傷の周辺にアウラを集中し、筋肉と血管を収縮させた。
傷口から鮮血がほとばしる。そうして己の血ごと毒を排除しながら、犯された組織を癒し、傷口を修復する。
アマルルに師事して学んだ、治癒術。ただしラルコのそれは他者を治癒するほどの力量はなく、シーニャにもはるかに及ばない。自分の身体に応急処置をほどこすのがせいぜいといったところだ。
(それでも、この程度の傷には充分だ!)
気力を奮い立たせ、わずかに体内に残った毒を消し去った。
一人と二体は一瞬も動きを止めることなく、互いに位置を入れ替え必殺の斬撃を交わし合った。
ラルコの剣先も何度となくゴウラの鎧を貫き通し、ついには正面から大きな傷を与えた。
胸元に開いた傷口からほとばしった獣の血は飛沫となり、ラルコに降り注ぐ。黒いゴウラを含んだそれは光鎧を侵食し、身体のみならず魂までをも毒で侵そうとした。
「むんっ!」
ラルコは慌てることなく、アウラに気を込めて解き放ち光鎧もろとも毒を吹き飛ばした。
さらに意識を集中させると、放たれたアウラの破片はそのまま反撃の嚆矢となり、魔獣の全身を黒鎧ごと切り苛む。
毒血が虚空に撒き散らされ、辺りを黒く煙らせる。
ラルコは毒霧を避けていったん距離をとり、呼吸を整えようとした、その時。
音もなく飛来した漆黒の長槍が、ラルコの胸を貫いた。
(ぐうっ!)
ラルコの光鎧は、物理的な攻撃に対しては強力な盾となるが、精神攻撃である魔人の長槍には対抗できない。
それは光鎧の弱点というわけではなく、ラルコが初めて受ける精神攻撃について明確なイマージュを持っていないからだ。
光鎧は意識が具現化したもの。経験を重ね対象への理解が進めば自然と耐性がつくはずだが、今はまだ充分ではない。
だが先ほどの無防備な状態とは違って、この攻撃があることは既に想定済みだ。完璧に防ぐことはできなかったが、受けると同時にアウラで包み込み、一瞬で握りつぶした。
黒いアウラは白金の光の中で溶け消え、何の痛痒も残さない。
「ククク、見事なるかな。ではそろそろ我も本気で向かうとしよう」
マドゥクランの言葉が終わると同時に、二体の魔獣がラルコと魔人の間に立ちふさがり、のしかかる勢いで突進してくる。その身体を貫いて、黒槍が襲いかかってきた。
味方を目隠しに使っての不意打ち。しかも今度は一本ではなく、乱れ射ちだ。
ラルコはその攻撃も読んでいた。光鎧に加え、光盾を前面に立てて迎え討つ。
先ほどの経験が糧となったか、槍の大半は光盾で防ぐことができたが、防御を突破した一部の槍が、ラルコの魂を貫いた。
(くっ)
受け止めたそれをアウラで握りつぶすも、魔人の攻撃は間断なく続きその残滓までは処理しきれない。しかも、その間も二体の魔獣は攻撃の手を緩めたりはしないのだ。
しだいに、ラルコの精神の中に澱のようなにごりが溜まり始めた。
(くそっ、このままでは押し切られる! いや、待てよ。こうなったらいっそのこと)
何かを思いついたラルコは、後ろに跳び退りながら短剣を腰に納め、二刀流をやめて長剣一本にアウラを集中させた。
そして向かい来る魔獣の一体に的を絞り、剣を両手で構え渾身の一振りで薙ぎ斬った。
「グギャッ!」
全霊を込めた光剣はゴウラの黒鎧をものともせず、腹部を大きく斬り裂く。
魔獣は苦鳴をあげながら大きくのけぞり、草地の上に身を陥した。
飛び散る毒血を避け、怒り狂って襲いかかって来るもう一体の攻撃をしのぎながら、ラルコはじりじりと後ろへ下がり始めた。
(よし、このまま森の奥へ。逃げ出すふりをしてできるだけ遠くへ移動しよう。
当初の予定通りに、敵がそれと気付かぬように騎士団から引き離して、仲間を救うんだ)
その間も、マドゥクランの黒槍の攻撃は止むことはない。
ラルコは内と外の両面で敵と戦いながら、立ち位置を変え、森へと逃げ込む態勢を整えた。
出来ることなら切り開かれた道を直進して、騎士団と反対の方向へ一気に進みたいのだが、正面にはマドゥクランが立ちはだかっている。
魔人の戦闘能力は未知数であるし、魔獣と前後に挟まれるのも避けたいところだ。
瞳に虹彩をきらめかせるほどにアウラを沸き立たせ一気に決着をつけることも考えたが、一時ならともかく、あの状態で全力の戦闘を続けたら理性を保つ自信がない。
しくじったときには全てが台無しになる恐れがあった。
とにかく、距離と立て直す時間を稼ぐことが第一だ。
森の中には、小型魔獣の群れが潜んでいるはず。木々が生い茂り、戦うにも逃げるにも不利な状況となってしまうが、この際やむを得ない。
(さあ、頃合いを見て行くぞ)
魔獣が爪剣をふるいながら体当たりを食らわせてくる。
ラルコは剣と盾で受け止めつつ、その圧力に耐えかねた素振りで道の縁まで跳び退った。
そして着地と同時に振り返り、森に向かって駆け出そうとした。
その刹那。
体内に残されていた黒槍の残滓が一斉に黒い光を放ち、ラルコの身体の自由を奪った。
「がっ……!」
手足が石のように硬直し、走りかけた勢いのまま、藪の中に倒れ込む。
とっさにアウラを沸き立たせてゴウラを消し去ろうとするが、黒い残滓は魂の中を縦横無尽に暴れ回り、集中をかき乱してそれを許さない。
驚愕に言葉すら失い、かろうじて後方に視線を向けたその眼に映るのは、倒れ伏すラルコを見降ろし剛爪を振りかざす魔獣と、その後ろからゆっくりと近づいて来る、魔人マドゥクランの姿だった。
「ククク……。ようやく、ようやくなり。
もはや指ひとつ動かすことは叶わぬであろう。
貴様を支配するには、それなりに周到な構えが欠かせぬと思った。ただの人にあらず、その内に天地を裂くほどのゴウラを秘めたる貴様にはな。
そう、初めから判っていたのだ。
ああ臭う、臭うぞ。かの偽りの王と同じ、卑怯者の、裏切り者の臭いだ。
だがそれは、人でありながら人を裏切る、すなわち我が同胞の臭い。
さあ、我に示せ。なぜ貴様がその臭いを放つ。それは紛れもなく、かつて我が敬懐なる黒龍王が秘めし暴嵐のゴウラと同じものだ。
何ゆえに貴様のごとき人間が、そのようなゴウラを隠し抱いているのだ!」
(こいつは、何を言っているんだ。暴嵐の王、魔王のゴウラと同じものが僕の中にあるだって?
そんなはずが……。ぐ……がああっ……!)
『魔王』
混乱のさ中にラルコがその言葉を思い浮かべた、その瞬間。アウラの白い海の奥底で、得体の知れない巨大なうねりが沸き起こった。
(なんだ、これは……!)
「そこか! ついに捉えたり!」
魔人マドゥクランの叫声とともに、ラルコの精神の中を無秩序に飛び回っていた黒いゴウラが、無数の矢となって白い光の海に殺到した。
これまで、魔人のゴウラが光の海を攻撃しなかったことには、理由がある。魔人がその存在を認識していなかったからだ。
アウラに形はなく、その姿は見る者の認識が全て。ラルコが初めての修練で暗闇の中を彷徨ったのと同じように、マドゥクランはラルコの精神世界に侵入することには成功したが、その認識の中に捉えることができたのは表層の一部分のみで、それゆえに身体の自由は奪えても自我までは支配することができなかったのだ。
だが今、ラルコ自身も抑えることができない魂のうねりを、魔人も感じ取った。
その瞬間に魔人は白い光の海を存在として知覚し、手を延ばすことが可能となったのだ。




