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62.サングラのかくれんぼ


「ラルコ……」


 その時、ラルコの背中に声をかける者がいた。


「サングラか?!」


 振り返る余裕はなかったが、声でわかった。

 仲間の魔道騎士が全員意識を失っている中で、彼ひとりが無事なのか。ラルコは驚いたが、すぐに思い当たった。

 サングラ・カリグー。臆病者で戦いが苦手な彼の唯一の得意技は、精神誘導だ。錯覚や幻覚、さらに催眠も操る。つまり、いま自分達を襲っている術と同系統のものだ。

 たしかに彼なら、この攻撃に耐えられても不思議はない。

 ラルコは、虹彩に染まった瞳を見られぬよう背中を向けたまま、彼の意識を探った。


(大丈夫だ、操られている様子もない。

 しかしこれは困ったぞ。前方から近づいて来る魔獣は、おそらくぼくも本気で戦わなければならない相手だ。それを彼に見られるのは良くない気がする。

 彼は僕のように思考を読み取ることはできないけど、精神の流れを感じるのは得意だ。僕自身も把握しきれていない、僕の本当の力を彼に知られるのは……。

 そんなことよりも、皆を守りながら戦うにはどうすればいいんだ。

 いや待てよ、彼なら)


「サングラ」


 ラルコは結界の維持に集中しながら、前方を見据えたまま彼に声をかけた。

 まだ姿は見えないが、森の奥からゆっくりと近づいてくる気配は、今戦っている小型の魔獣とは比べものにならない強敵であることを示している。

 しかも、複数だ。


「ねえ、ねえ。どうなってるのラルコ。みんな倒れてる、魔獣が襲ってくる。

 怖いよラルコ。助けて、助けて」

「サングラ!」

「はいいっ!」

「よく聞いてくれ。

 前から敵が来る。昨日の黒牙狼(グロルノワ)よりも恐ろしい相手だ。

 たぶんそいつが催眠の術を仕掛けてきたんだろう。僕がやつらを引き付けるから、みんなは君が守ってくれ」

「そんな、無理だよ! 僕にそんなことできる訳ないじゃないか!」

「いいや、できる。君の得意な、かくれんぼだ」

「えっ、でも」


 十五歳組の中でただ一人、小心者でこれまで戦いなどまともにしたことがないサングラ。 そんな彼にも、ラルコですらかなわない特技が一つだけあった。

 彼は攻撃力も防御力もほぼ皆無だが、極度の臆病ゆえか、逃げる、隠れるに関してだけは誰もが舌をまくほどの力を発揮するのだ。


 ラルコが言った『かくれんぼ』とは、結界により身を隠す術。それもただ見えなくなるだけでなく、興味の志向をそらして相手の意識の中から存在そのものを消してしまう。

 真正面から見つめても眼に映らず、手探りで求めても触れられない。目標を定めずに無差別の攻撃を放ったとしても、無意識のうちにそこを避けてしまい、それすら気付かせない。そんな、ある意味攻撃的ともいえる精神誘導を行うのだ。

 これまでの修練においても、サングラが本気で隠れたらラルコでさえ見つけることは不可能だった。


 だが自分一人だけならともかく、騎士団全員を結界に包んで隠すことがはたして可能なのか。

 いや、サングラのアウラの強さは把握している。彼ならできるはずだ。

 それに以外に、この危機を脱する方法はない。


「いいから僕の言う通りにやれ、時間がない。

 まずはアウラを解き放って、君の結界を僕の結界に重ねるようにするんだ」

「は、はい」


 サングラが眼をつぶり、意識を集中する。

 自身を包むアウラを大きく展開し、地面に倒れ伏している騎士団全員をその腹に収める。むろん、ラルコも彼の結界の中に入っているが、ラルコ自身の結界の方がまだ大きいため、サングラの結界は表に顕れない。


「よし、大きさはそれくらいでいい。でも安定が足りないぞ、もっと集中しろ」

「はいい!」

(まいったな、こんな所でアウラの修練を始めるとは思わなかった。

 でも今は、彼に賭けるしか方法がない)


 戦いが苦手なサングラとは、これまでまともな仕合をしたことがなかった。

 もちろん手合わせは何度もした。だがあまりにも力量が違い過ぎて一方的な攻撃にしかならず、互いにまるで訓練になっていなかったのだ。

 ただ、正面から戦うのではなく鬼ごっこやかくれんぼとなると、状況は一変する。逃げるという一点のみにおいて、彼は天才的な力を発揮したのだ。


「よし、僕が合図をしたらかくれんぼを始めてくれ。そうしたら、僕は自分の結界を収めて外に出る。

 僕が魔獣を引き付けてここを離れるから、君はそのまま皆を守って隠れているんだ」

「ラ、ラルコが一人で? そんなの危ないよ。ここで一緒に隠れていようよ。

 そ、そして僕を守って」

「泣きごとを言うな! いいか、三・二・一、今だ!」

「はひいっ!」


 悲鳴まじりの返事と同時に、サングラの結界が色味を変えた。

 輝きを増したのではない。逆に消え去ってしまうかと思うほど薄く、すぐに壊れてしまいそうな儚ささえ感じる。


(これが、彼の結界か)


 ラルコにとっても初めての感覚。いつもの癖で、その力を読み取って分析しようとしたが、そんな余裕はないことにすぐに気がついた。


「よし、じゃあ僕は結界を引いて外に出る。君はここでじっとしているんだ」

「い、いつまで?」


 サングラは地面に座り込み、精神を集中しているのかそれとも恐怖におびえているのか、ギュッと眼をつぶったまま泣きそうな声を上げた。


「皆が眼を醒ますまでだ」

「い、いつ眼を醒ますの?」

「知るか!」


 グズグズといつまでも泣きごとを言い続けそうな彼に、さすがのラルコも少し腹が立った。

 だが今は、このサングラを頼る以外に方法はない。そして彼にはその力がある。

 この試練を乗り越えれば、彼も少しは自信が持てるようになるはずだ。

 ただし、一つだけ懸念がある。それは、彼の力がはたして魔獣にも通用するかということ。


「いいか、今から僕は結界を解く。

 君の能力が魔獣にも通用するのなら問題ないけど、そうでないなら、作戦は無駄になる。あとは力ずくで切り抜けるしか手はない」

「そ、それは大丈夫だよ。魔獣たちの精神の感触はもう掴んでいるもの」


(だったらなぜもっと早く言わないんだ! それなら、みんなの意識があるうちに撤退することもできたのに!)


 と、思わず怒鳴りつけそうになったラルコだが、そんなことをしている暇はないと思い直し、息を吐いた。

 大丈夫、彼ならやれる。やれるはずなのだが、さすがに不安になってきた。

 でも、それでも。


「じゃあ、いくぞ」


 彼の結界が安定していることを確認してから、自分の結界を解く。

 次の瞬間、夏の嵐のように絶え間なく浴びせ続けられていた魔獣たちの猛攻が、いきなり途切れた。いやそうではなく、魔獣たちが突撃の向きを変え、サングラの結界の表面を滑るように避けていくのだ。

 その奇妙な行動は、やがて混乱へと姿を変えた。

 狂乱のさなか突然目標を見失った魔獣たちは、仲間同士でぶつかり合った後、相手が敵でないことに気付き困惑した様子で右往左往し始める。

 目の前にあっても見えず、触れても気付かず、そして無意識のうちに避けてしまう。サングラの精神誘導は魔獣に対しても有効なことが、ここに証明された。


「じゃあ、行ってくる。がんばれよ」

「ラ、ラルコも気をつけて」

「うん」


 ラルコは意識を広げ、周囲の状況を確認した。

 自分達を囲んでいる魔獣の群れは、前方から向かってくる本隊を含めればおそらく千は優に越える大集団だ。

 鼠のような頭部に、猿のような体。これまで座学で魔獣についてある程度は学んできたが、この体型は初めて見る。

 意識と行動を読む限り知能はあるようだが、程度としては猿か犬かといった印象だ。だが本性までは読み切れない。


 それよりも、本隊とともにこちらに向かってくる大型の個体の方が、脅威だ。

 おそらくあれらが群れの首領格なのだろう。意識を読む限り3体の魔獣が連れ立って、余裕の足取りで歩を進めて来る。

 だがそのうちの一体が、サングラのかくれんぼが発動した直後に驚きを伝えてきた。

 続いて探るように意識を向けて来る気配。他の二体には動揺は見られない。


 この事実から、いくつかのことが推測される。

 おそらくあの一体が、精神操作を操っている。それも姿の見えないこの距離でも力を及ぼすことができるほど強力なものだ。

 だが伝わって来た驚愕は、明らかに自分達の気配を見失ったせい。つまり、サングラの結界を突破するほどの力はない。

 にもかかわらずいまだに仲間の騎士達が眼を醒まさないということは、一度放たれた術は奴との連携が途切れても働き続けるということだ。

 これは、やっかいな相手かも知れない。


(ここに近づけてしまったら、サングラの結界も破られてしまうかも知れない。

 その前に、こちらから攻める!)


 敵は、林道の先約五百マール。森の木々にさえぎられてまだ姿は見えないが、強敵であることは疑いようもない。

 ラルコはサングラの結界を飛び出すと同時にアウラの光をほとばしらせ、彼方の敵に向かって咆哮を放つかのごとく自らを誇示した。



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