61.魔境の攻防
魔道騎士が発現させる光剣の大きさは、そのままその者の実力を示すと言っても過言ではない。
単に強い力を発揮するだけでは足りない。放出されたそれを緻密に制御する力量がなければ、形状を維持できないのだ。
そして戦いの場にあって、アウラに武具の形状をまとわせることには重要な意味があった。
通常、アウラの光は一般の者の眼には映らない。それを見るのは、アウラの真実を得た者のみが持つ、他者のアウラを視覚的に認識する能力によるものだからだ。
アウラとは、精神と魂の力だ。従って己の肉体に力を与えるのはもちろんのこと、外部に放てば他者の精神や肉体に影響を及ぼすことも不可能ではない。
だがそれを生物以外のものに、物理的な作用を発現させるまでに高めるためには、人間の限界を超えた精神力とともに、刃のごとく極限まで研ぎ澄まされた集中が必要となる。
それを成し遂げ実体として外界に作用を及ぼすほどの強靭さを顕したとき、アウラの光剣は人の眼にすら映るのだ。
その意味において、シーニャの雷撃は細かな制御は不要で、技術的にはごく単純な技といえる。
ただし、単に放出するだけで落雷にも等しい事象を顕現させるという事実は、彼女が身に秘めるアウラが、それを成すに足りうるだけの強大さを備えていることを示している。
はたして、これを才能と呼ぶべきだろうか。あまりに強すぎて、実は彼女自身いまだに完全な制御をなしえていないのだ。
いっぽうラルコの光剣は、シーニャにも勝る強大な魂と同時に精密な制御能力も備えており、長さも形状も自在だ。その気になれば、スカラーツ先生のように大地を割るほどの豪力を放つことも出来る。
ただ普段の彼は、その力を斬ることでなく叩き伏せることに特化させていた。相手の命を無駄に奪うことのないようにと。
そして今、彼が顕した剣の大きさは、長さ約十マール、幅一マール。
樹上から襲いかかって来た魔獣の群を旋風のごとき一撃で残らず討ち飛ばし、さらにそのすさまじいまでの剣圧は、幅約三マールの小道を挟んで生い茂る樹木をことごとく粉砕し、周囲に隠れひそんでいた敵を大混乱におとしいれた。
「ひゅう、やるね」
「彼氏、すごいじゃん」
「道が狭い! 二隊に分かれて防御隊形をとれ!」
騎士団の対応も見事なものだった。
突然の襲撃にわずかな動揺も見せることなく、隊長であるルミニア副王の号令で一瞬に隊形を組み直し、二組の二重円陣を形成する。
二重陣は、力量に勝る第一陣が前列に立ち、二陣がその後背を守ることによって、包囲された状態であっても各自が正面の敵に全力を注ぐことができる戦闘形態だ。
周囲の木陰や藪の中から一斉に襲いかかって来た敵は、複数のアウラが重なった強固な光壁に弾き返され、あるいは光剣で切り裂かれて血しぶきを上げる。
地面に降り立ったラルコは、光剣を通常の大きさに戻し、シーニャと共に後陣の前列に入った。
昨日の戦闘で、二人の力量は既に証明済みだ。騎士達の中に彼らをただの見習いと侮る者はない。
そしてもう一人の仲間であるサングラは、陣の後列で剣を構えたままブルブルと震えていた。
「ひいいっ、怖い怖い怖い……」
「情けないわね、しっかりしなさい」
シーニャは雷光をまとわせた剣を振るいながら、背中に向かって声を放った。
敵味方が密集しているこの状況では、昨日のような雷撃を使うわけにはいかない。剣技を駆使し、一匹ずつ仕留める以外に手はないのだ。
だが敵は数知れず、森の中から無限に湧き出してくるかに見える。
いつしか戦場には、骸となった魔獣の身体が積み重なり、流れ出した血が森の土と交じり合って、赤黒いぬかるみを作り出していた。
この時、ラルコの意識には無数の死が押し寄せて来ていた。
気が狂いそうな苦痛の波に翻弄されながら、だが彼は、またしても奇妙な違和感にとまどっていた。
ラルコは、かつてこれほど多くの死の絶叫を受け止めたことがない。
たった一つの死でさえ、意識を保つことが困難になるほどの衝撃を受けてしまうはずなのに。なぜか今は、すでに百を超える死を浴びせかけられながら未だに理性を失うことなく、なおかつ剣を振るい続けていられる。
これは一体、どういうことなのか。
(死が、軽い……)
苦痛はある。だが死に臨んでの恐怖と絶望が、魔獣達の意識の中にはほとんど感じられないのだ。
思い返せば、きのう黒牙狼と戦った時もそうだった。騎士団の眼前で無様に気絶するような醜態だけはさらすまいと覚悟を決めて戦闘にのぞんだのに、実際には単なる痛み、それでも常人なら死にも等しいと感じるほどの激痛だったが、意識の流入を制限する術を身に付けた今のラルコには、耐え難いほどの苦痛ではなかった。
単なる慣れとは思えない。明らかに、相手の死に対する意識が希薄なのだ。
(これが魔獣なのか)
だがそれでも、ラルコが感じている激痛は肉体をすり潰さんばかりに激しさを増し、人間が耐えられる限界をとうに越えている。
その苦痛をねじ伏せてなおも戦い続ける彼の精神力こそ、まさに超人と呼ぶにふさわしいものだった。
(だがこのままではまずい、早く副王さまに状況を知らせなくては)
「シーニャ、ここは頼む。僕は前陣へ移る」
「了解! 気をつけて!」
「ああ。シーニャも!」
ラルコは後方の組から抜け出ると、魔獣の群れを叩き伏せながらそれを突破し、前方の陣へと飛び込んだ。
「副王さま、後退して下さい! 前方から今以上の大群が襲ってきます!
それに、大型魔獣の気配も感じます!
後方はまだ手薄です。今のうちに!」
「なに?! そうか、よし」
ラルコの言葉に、ルミニア副王は疑問を返すこともなく、黄金色に輝く剣を振るいながら即座に号令を発した。
「総員退却だ! 陣型を維持しながら後退しろ!」
「「おう!」」
騎士団は二手に分かれていた陣をひとつにし、より強固な光壁を保ちながら少しずつ後ろへ下がり始めた。
その間も、襲撃の手は緩む気配を見せない。小型の魔獣は、非力を顧みることもなく、もはや己の死こそが望みであるかのような無謀な攻撃を繰り返している。
騎士団に被害はないものの、いつ果てるとも知れぬ爪牙の嵐にアウラを奮い立たせて立ち向かい続ける彼らには、体力の限界よりも先に、無意味な殺戮を続けることへの徒労感がつのり始めていた。
「くそっ、何なんだこいつら」
「まるで軍隊蟻だ」
「いったいいつまで続くんだ」
「集中を乱すな! 頃合いを見て、走るぞ!」
副王が叫んだ、その時だった。
:::クク……:::
何処からか、風の音にまじって耳障りな含み笑いが聞こえて来た。
:::ククク……:::
ふたたび。
「む……」
「なんだ?」
:::ククク……、ククク……:::
続いて、頭の中に生暖かい風が吹き込んで来る感覚。
そして猛烈な睡魔が、突然の濃霧のように押し寄せて来た。
(これは……、催眠の術……か……!)
視界が白くかすみ、手足の感覚が溶け去るように薄れて行く。
(くそっ!)
ラルコは全身のアウラを沸き立たせ、頭の中を覆いつくそうとする濃い霧を吹き飛ばした。
「みんな……っ!」
明瞭になった視界に映るのは、意識を失い地に横たわる仲間の騎士達。身を守る結界も消え去っている。
隣で戦っていたルミニア副王も、地面に倒れ伏していた。
そこに、魔獣の群れが襲いかかろうとしていた。
「やらせないっ!」
一瞬の躊躇も許されなかった。
魂の奥底に眠る、白い光の海。ラルコは自分を抑えつけていた心の枷をすべて解き放ち、そこに眠る力を解放した。
瞳が虹色の光に染まる。全身から白金の光芒がほとばしる。
アウラの光は爆発的な勢いで広がり、結界となって周囲を日輪の輝きで包み込んだ。
光に捕えられた魔獣は一瞬で蒸発して姿を消し、あるいは触れた瞬間に血しぶきを上げて弾き飛ばされる。
だが、仲間の騎士達には何の影響もない。
アマルルの断魂結界、シーニャの雷撃、そしてティグラの光盾。仲間達の技の特性を瞬時にイマージュし、絶対防御の結界を練り上げたのだ。
(誰も傷付けさせない! 僕が皆を守ってみせる!)




