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59.告白


 二人が立ち去った後に残されたのは、夢から覚めたように顔を見合わせる男達。


「あーあ。やっぱ、そうだよな」

「だと思ってたんだ」

「というより、あいつ凄いよな。速すぎて全然見えなかったぞ」

「ま、楽しめたから良しとしよう」


 やれやれいい運動になったと祭りの余韻にひたる者と、まだ飲み足りないとばかりに再び酒や料理を運び込む者。

 落ち着きを取り戻した広間の隅では、ルミニア副王をはじめ、乱闘に参加しなかった面々が深いため息をついていた。


「だそうですよ、ルミさん。こりゃ諦めるしかなさそうですね」

「どうしてだい?

 彼女が彼を選ぶというのなら、それは仕方がない。だったら、二人そろって僕のものにしてしまえばいいだけさ。

 なるほど、あの少年の実力はよく判った。スカラーツさんやダカルくんの言う通り、大したものだ。

 うん、決めた。

 来春になったら、あの二人には僕の近衛隊に入ってもらうことにしよう。楽しみだなあ」


 求愛を無下に断られ、しかも年端もいかぬ少女に投げ飛ばされるという醜態をさらしてなお、ウォーラマ副団長の言葉にも動じるそぶりを見せず、晴れやかな笑顔で言い放つ。

 ルミニア副王は、少なくとも精神面においては紛れもない強者であった。


「おいタクロよ、じゃあ副王さんの運命の出会いとやらはどうなったんだ?」

「さあ? ただの口説き文句だったんじゃないんですか?

 よく知らないけど、女たらしはやたら運命の安売りをするらしいですから」

「聖王様まで引き合いに出してたよな。聖王様に知られたら大変なんじゃないのか?」

「もう知ってるんじゃないですか? 聖王様はルミさんの全てをご覧になっているそうですし。

 ルミさんも、叱られるくらいは覚悟の上でしょう」


 パラディヌ団長とスカラーツ先生の臣下にあるまじき暴言にも、笑顔を崩すことはない。

 が、その眉が小刻みに震えているのを、周りを囲む男達は見逃しはしなかった。



―― * ―― * ――



 外に出たラルコとシーニャは、建物の間を抜けて、今朝降り立った草地の方へと向かった。

 死闘の後の、束の間の静けさなのだろうか。周囲の警戒は続けられているはずだが、砦の中は人影もまばらで、二人は誰に見とがめられることもなく集落の端へとたどり着いた。

 そこに広がるのは、およそ四・五百マール四方はあろうかと思われる、森を切り開いて作られた草原。その景色は、どことなく暁の館の裏庭の風景を思い起こさせる。

 つい昨日旅立って来たばかりだというのに、五百カマールの距離は時間をも遠い彼方に置き去りにしてきたように感じられ、奇妙な懐かしさすら憶えた。


「ごめんね」


 草原の片隅の木陰で、シーニャはラルコに寄り添いながら、ポツリと告げた。


「いいさ。少しはすっきりした?」

「うん」


 彼女の謝罪が何に対してのものなのか。

 もちろん、騎士達を相手に大暴れしたことではない。公衆の面前で不用意に心を乱し、自身の秘密を公言してしまった、そのことについてだ。

 先ほどの乱闘も、表面上は平静を取り戻したかに見えながら、内心の動揺を抑えきれなかったせい。

 ラルコにそれを責める気持ちなど、かけらもない。


「でも、みんなに止められていたのに、あんなに大きな声でしゃべっちゃって」

「仕方ないさ。副王さまの話には、僕達も驚いたもの。

 君が我慢できなかったのも無理はないよ」


 シーニャは小さくうなずいた後、ラルコの手をそっと握った。


「ラルコには、お兄ちゃんのこと、ちゃんと話したことなかったよね。

 聞いてくれる?」

「うん」


 広場の奥では、五頭の天覇龍(ザーマーリゲン)が身を寄せ合って身体を休めていた。

 ひとたび翼を広げれば何者も立ち向かうことのかなわぬ天空の覇者も、今は静かに眠りについている。

 遠目には岩山としか映らないその影を見つめながら、シーニャは語り始めた。


「私は、六人兄妹の末っ子だったの。

 アーリィお兄ちゃんは、長男。十歳も離れていたけど、私のことを本当に可愛がってくれて。私も大好きだった。

 私達が暮らしていたのは、ロスコア南西部の、スノルウィーグという小さな村。

 森が近くて、魔獣なんかもよく出ていた。お兄ちゃんは、腕利きの魔獣狩りだったの。若いのに大人でもかなわないって、評判だったんだよ。

 その時の私には判らなかったけど、たぶんアーリィお兄ちゃんは、その頃からアウラの真実を得ていたんだと思う。でなきゃ、魔獣なんて倒せるはずないもの。


 その評判が首都にまで届いて、お兄ちゃんが王宮に呼ばれて家を出て行ったのが、私が五歳の時。

 お別れは寂しかったけど、でもお兄ちゃんはすぐに国中に名前を知られるようになった。

 旅の行商人が、極星の勇者アーリィの物語を話してしてくれるのを、村の人達と一緒に聴くのがとても楽しみで。

 戦争が始まってからも、お兄ちゃんの活躍の噂は沢山聞いた。


 その後、村が魔獣の群れに襲われて。私はドーク先生に助けられてブルメリアに来たから、お兄ちゃんがどうなったのか知らなかったんだけど。

 後で、お兄ちゃんが魔王を倒してくれたって、お兄ちゃんも死んじゃったって聞いて。

 すごく悲しかったけど。でも、誇らしかったんだよ。

 私はずっと前から、お兄ちゃんみたいな勇者になるんだって決めていたけど、その話を聞いて、やっぱりお兄ちゃんは最高のお兄ちゃんだって。ママやパパや、兄弟達のかたきを討ってくれたんだって。

 とっても嬉しかったの。

 なのに……」


 シーニャはそこで、大きく息を吸った。

 大声で叫び出したい気持ちを、鎮めるために。


「副王さまが言ってくれた。噂は噂でしかないって、全てはこれからだって。

 なら、私はそれを確かめなくちゃいけない。

 もしも本当に魔王が復活したのなら、私がお兄ちゃんのかたきを討つ。

 別の魔王が現れたのなら、お兄ちゃんの代わりに今度は私が倒す。

 魔王が復活するなら、極星の勇者だって復活するんだって、世界中に教えてあげるんだ。

 私がそれを、必ずやってみせる」


 ラルコはじっと前を見つめたまま、彼女の声に耳を傾けていた。

 シーニャはその横顔を見上げながら、続ける。


「あのね。私、ずっと思っていたことがあるの」


 その言葉にラルコが視線を向けると、熱に浮かされたような眼でこちらを見つめる、シーニャの顔があった。


「本当に、そっくり……」

「え?」

「ラルコとアーリィお兄ちゃん。

 初めて会った時から思っていたけど。でもそれは、同じロスコア人だからそう見えちゃうだけだと思ってた。よく見ればそうでもないかなって。

 でも、成長すればするほど、どんどん似てくる。

 気のせいなんかじゃないよ。他の人達はみんな、私達のことを双子みたいだって言うでしょう?

 そうだよ、私は兄弟の中でもお兄ちゃんに一番似ているって、家族も村の人達も言ってたもん。

 アーリィお兄ちゃんが家を出たのが十五歳の時。ちょうど、今の私達と同じ歳だよ。

 今のラルコは、私が一番よく憶えているお兄ちゃんと、同じ顔をしている」


「シーニャ」

「お願い……。もっと、よく見せて……」


 かすれた声でささやきながら、両頬に手を差し伸べてくる。

 正面から向き合うと、今にも泣き出しそうな少女の眼が間近にあった。


「みんな、いなくなっちゃったの。ママも、パパも、お兄ちゃんもお姉ちゃんも。村のみんなも……。

 お願い……、ラルコはいなくなったりしないで」


 頬に添えた手をゆっくりとすべらせ、彼の首を抱え込むように腕を回す。

 自分と同じ色の瞳を、じっと見つめながら。

 踵を上げ、両腕に少しずつ、少しずつ力を込めて。

 顔を寄せていく。

 少しずつ……、少しずつ……。

 そして唇と唇が、触れ合う。

 その寸前。ラルコは顔を上げ、彼女から視線を外した。


「ラルコ……」

「ごめん」


 その言葉に抗うように、シーニャはなおも唇を求めようとした。だがラルコはそれに応える代わりに、彼女の額にチュッと音を立てて自分の唇を当てた。

 シーニャは思わず眼をつぶってそれを受け、それから、恨みを込めた眼差しを彼に向けた。


「どうして……?」


 どうして。その理由は、ラルコ自身にも判らない。

 判らないが、彼女を受け入れることはできないと、そう思った。

 なぜなら……。


「僕は、君のお兄さんじゃないよ」

「そんなの、判ってる!」


 判っているから、彼を求めた。

 ラルコもそれは理解している。


 だがその時、彼の脳裏を支配していたのは、シーニャの言葉ではなかった。

 突然沸き起こった、疑念と、とまどいと、言い知れぬ不安。彼は自分自身の口からこぼれ出た一言に、大きな衝撃を受けていた。


(僕は何を言っているんだ。僕がシーニャのお兄さんだなんて、そんなはずはない。

 そんなこと、あるはずがないんだ)


 あり得ない。なのに何故か、その考えが頭から離れない。


(失われた記憶の彼方。魔王が復活するなら、勇者だって……。

 違う、そんなことはあり得ない。

 それは、絶対にあってはならないことだ)


 あるはずがないのは当然だ。

 だが自分の中に渦巻いているこの感情は、否定ではなく、拒絶と嫌悪。(アウラ)が、極星の勇者という存在を忌避している。

 あり得ない可能性を否定できずに、ただ怖れている。

 これはいったい、どういうことなのか。


「ラルコの馬鹿。嫌い」


 そんな彼の心の内を知るよしもないシーニャは、言葉とは裏腹にふたたび彼の首を抱え込み、身体を預けてきた。

 彼女の言葉も、ラルコの耳には届いてはいない。その心はいま、暗く視界も定かでない、深い霧の中にあった。

 得体の知れない恐怖に駆られ、ラルコはシーニャを強く抱き締めた。

 シーニャもそれに応え、首に回した腕に力を込め、彼に頬をすり寄せる。


(嬉しい。

 想いが届かなくても、こうして私を抱きしめてくれる。今は、それだけで充分)


 草原の片隅で、互いを求めるように身体を寄せ合う二人。

 だがその見つめる視線は、別々の方向を向いていた。


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