57.矜持
「さてと、暗い話はこれくらいにして、今度は君達のことを聞かせてもらおうかな」
副王は顔を上げ、先ほどまでとは打って変わった爽やかな笑顔をダカルに向けた。
心なしか、金色の髪も輝きを取り戻したように見える。
「はい」
「では単刀直入に聞こう。君達の中で、一番強いのは誰なんだい?」
「えっ、いきなりですね」
「いやなに。実はさ、パラディヌ団長が君達の腕試しをしてくれるのを、僕も楽しみにしていたんだよ。暁の館については噂程度の知識しかなかったから、いったいどんな若者が育っているのだろうってね。
今朝の君達の活躍も、僕は指令所にいたので直接は見ていないのだけど、話を聞いただけでもこれほどのものとは想像もしていなかった。
さすがは勇者タダン・ドークの教え子だ」
「いやあ、今年は特別ですよ。
これまでも強い奴が一人や二人紛れ込んでいることはありましたが、全員が上級騎士並み、それどころか導師級の魔導士までいるなんて。こんな組は初めてです」
ウォーラマ副団長が、横から言葉を添える。
なるほど、とルミニア副王はうなずいた。
「それで、君達の中で誰が一番強いんだい? やっぱり……」
「一番は、このラルコです」
副王が口に出すよりも先に、ダカルはあっさりそう言って隣を指さした。そしてベアゴも無言でうなずく。
「えっ、シーニャくんじゃなくてかい?」
やはり、副王はその名をあげたかったようだ。
今朝の戦いで、一番目立つ活躍をしたのは間違いなくシーニャだ。それもそのはず、通常アウラの光は一般の者の目には映らないが、彼女があやつるのはまぎれもない本物の雷だ。
この可憐な少女が、抜き放った剣から雷撃をほとばしらせ狂暴な黒牙狼を一撃に屠るのを、その場にいた騎士達の全員が目の当たりにしていたし、放たれた雷光は遠く離れた場所からも多くの者に目撃された。むろん、副王にもだ。
兄のことがなくても、彼女はそれ以前からすでに一目置かれる存在となっていたのだ。
それに対し、ラルコは特に際立った動きをしたわけではない。
決して皆に劣るということはなかったが、かと言って先頭に立って戦ったわけでもなく、魔獣にとどめを刺したのも別の者だ。
加えて、戦いの後には青ざめた顔をしていたとの報告も受けている。最強と呼ぶには物足りない振る舞いと、言わざるを得ない。
「スカラーツさん。彼はこう言ってますが、あなたの意見は?」
「ん? まあそんなとこじゃないすか? うん、ひよっ子どもの中では一番マシかな」
酒壺を膝の上に抱え、真っ赤な顔で団長と肩を組むスカラーツ先生に、副王は微妙に眉をひそめた。
「ふむ、そうですか。でも、スカラーツさんには勝てないと言ってましたよね」
「ええ、勝ったことはないっす。でも少なくともこの一年の間は、俺もこいつには一度も勝ってないっすよ」
「なに? では、君と互角だというのか?」
隣で杯を傾けていたウォーラマ副団長も、思わず声を上げる。
「いやあそれが。実は俺とラルコは、ドーク館長に本気の仕合を禁じられちまったんですよ。あはは」
「わははっ、それは大したもんだ! ドークのお墨付きか! こいつとタメを張るなんてやるじゃないか!」
スカラーツ先生に劣らぬくらいに赤い顔をしたパラディヌ団長は、杯を干しながら大声で笑った。
「うーん。ではシーニャくんのあの雷撃をも超えるというのかい? 申し訳ないけど、とてもそこまでとは」
「ああ。おいシーニャ、お前ラルコに勝ったことあったっけ?」
「ふぇ?」
スカラーツ先生に呼ばれて、こちらに背を向けて騎士達と談笑していたシーニャが振り向いた。
「なんれすかあ?」
「あっ!」
「シーニャお前!」
顔を赤く染め、呂律の回らない様子のシーニャが、もぞもぞとラルコとダカルの間に体を割り込ませてくる。
慌てて身体をずらして間を空けた二人の腕を、彼女は上機嫌で両脇に抱え込んだ。
「うふふー」
「シーニャ、ご機嫌だね」
「だいぶ飲んでるな」
「おいおい、みんなちゃんと証人になってくれよ。僕がこの子に飲ませたんじゃない、僕は戒律を破ってはいないんだからな。
いいかい。姉王に会ったらちゃんと、僕は良い子ですって証言するんだぞ」
副王が周囲に真顔で訴えかけるのを、パラディヌ団長とウォーラマ副団長は白けた眼で見つめた。
この人は、自分達が聖王様にそんな弁明ができるような謁見の機会があるなどと、本気で思っているのだろうか、と。
「まあいいや。おいシーニャ、副王さんがお前とラルコのどっちが強いんだって聞いてるぞ」
「ふええー? わらしとラルコがれすかあー?
あっはは、わらしがラルコに勝てるわけないじゃないれすかあー。ダカルにはたまに勝ちますけろー」
シーニャはケラケラと笑いながら、両腕に力を込めて二人の身体をさらに引き寄せた。
ラルコは、そしてダカルもそれに抵抗するでもなく、無表情で正面を向いたまま言葉を発しない。
彼女の言葉にどう答えれば良いのか判らない、という訳ではない。ただ二人とも、上腕に押し付けられた柔らかな物体の感触に、身動きできなくなっているだけなのだ。
副王はそんな三人の様子に、ふむ、と小さくうなずいた。
「実は、僕がこの砦に来た理由のひとつには、姉王の予言があったんだ。
この砦で、僕は人生を変える出会いを果たすことになるだろう、というね。
団長や騎士達との出会いはそれなりに刺激的ではあったけど、申し訳ないが人生を変えるほどのものじゃない。
赴任して半年、そろそろ何かが起きてもいい頃だと思っていたところに、君達の訪問の話を聞いた。
もしや、という予感はあった。そしてその予感が正しかったことを、僕は今日確信したよ」
座を囲む者達は、副王の言葉に耳を傾けながら、この人はいったい何が言いたいのかといぶかしんでいた。ただ一人、彼の意識を読んでいるラルコを除いて。
ラルコは、副王が次に発しようとしている言葉に思わず立ち上がりそうになるのを、必死でこらえていた。
「シーニャくん。僕は君の比類なき美しさに、そして強さに、いっぺんで虜になってしまった。
君こそ僕の運命。君に魂の全てをささげよう。
どうか、僕と一緒に王宮へ来て、共に同じ人生を歩んではくれないだろうか」
「「「えええーっ!」」」
広間の中が、騎士達の絶叫で溢れかえった。
「おおー! すげー!」
「嘘だ! 俺のシーニャちゃんがそんな!」
「さすが副団長!」
「ふざけんなこのやろう! 王族だからってそんな横暴が通ると思ってんのか!」
歓声と悲鳴と怒号が飛び交う中、副王はシーニャの前に膝をつき、右手を差し伸べた。
シーニャはそれを、キョトンとした眼で見つめる。
「えー王宮れすかあ? そんなとこ行ってなにすんのー?」
「馬鹿、副王さ、さまはお前に求婚してんだよ。副王殿下がだぞ」
「ふえ? きゅうこん?」
ダカルは副王『さん』と言いかけて、慌てて『さま』と言い直した。王族の求婚という行為の、重大さを理解してのことだ。
そしてラルコさえも。副王がシーニャを欲しているのは判っていたが、まさか彼女を手に入れるためにこんな方法を取るとは想像もしていなかったので、とっさの判断もつかない状態におちいっていた。
「さあ、シーニャくん」
シーニャは暫くの間その手をじっと見つめていたが、それから顔を上げると、副王に向かってニッコリと笑いかけた。
「はい」
涼やかな声が広間に響く。ゆっくりと立ち上がる二人の他に動くものはなく、周囲は静寂に包まれていた。
シーニャは、ルミニア副王の手を取る。
次の瞬間、副王の身体は軽やかに宙を舞い、そのまま彼女の頭上を越えて後ろに居並ぶ騎士達の中に、頭から飛び込んで行った。
「うわあっ!」
「うふふふ。あらあ、弱っちいれすねー。
これは困りましたわー。わらしはあ、結婚するならわらしよりも強い人ってえー、ずーっと前から決めてるんれすよー」
クスクスと笑いながら振り返るシーニャの眼の前には、逆さになったまま騎士達に抱き止められた副王。
対する少女は酔いがさめた様子もなく、上体を不安定に揺らしながらも、その無様な姿を傲然と笑い下す。
それは、彼の浅慮がもたらした結果であったと言えるだろう。
副王は、その地位とこれまでの経験から自分の意向に従わない女性がいるなどとは考えもせず、シーニャはその無遠慮なふるまいを熱意の顕れではなく、挑戦と受け止めた。
酒の勢いが加わったとはいえ、蒼氷の雷帝の矜持は、たとえ相手が王族であろうとも折れることはないのだった。
「ま、待て。不意打ちは卑怯だ。それならもう一度……」
副王がそう言って体を起こそうとしたその時、それをさえぎるかのように、一つの声が飛んだ。
「よおし! そういうことなら、今度は俺が相手だ!」
皆の注目が集まる中、群衆を割って歩み出たのは、一人の若い騎士。彼は興奮気味にシーニャの前に立つと、高らかに言い放った。
「勝負に勝ったら、君は俺のものになってくれるということでいいんだな!
ならば、本気でやらせてもらうぞ!」
「ふぇ?」




