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54.双剣龍の両翼


 正面を向いたまま、すました顔でパラディヌ団長をたしなめるのは、金色の長い髪を持つ若い騎士だった。

 同じ金髪でも、ラルコやシーニャの薄い髪色よりはやや色味の濃い、黄金色(ドゥーレ)といった風情だ。筋肉は引き締まり、肌色は健康そうではあるがさほど日焼けしている様子はなく、どちらかというと色白のように見える。

 どことなく高貴さを漂わせるその風貌は、岩山のような団長の隣にいると華奢とさえ見えるが、堂々とした佇まいと、耳元で怒鳴りつけられても微動だにしない胆力には、紛れもない強者の風格があった。


「何ってお前、あの時は今日みたいに魔獣の襲撃を受けて。

 そんでみんなで力を合わせて撃退したんじゃねえか。今日みたいに。

 なあ?」


 団長に促されて、スカラーツ先生もうんうんとうなずく。


「よく覚えておいでで。十年前と言っただけでそこに思い当たるのですから、僕が言いたいことも判っているのですよね。

 あの日、団長とスカラーツさんはどちらが多く魔獣を倒せるかを張り合って好き放題に暴れまわり、その挙句に砦を壊滅させてしまった。その咎で団長は半年の謹慎処分をくらい、スカラーツさんはドークさんの預かりとなって暁の館へ転任となった。

 間違いありませんね?」


 金髪の騎士の淡々とした声が広間に響く。

 団長はバツが悪そうに天井を見上げ、そして彼に正面から見据えられたスカラーツ先生は、キョトンとした目でその視線を見つめ返した。


「ずいぶん詳しいね。初めて見る顔だと思うけど、おたく誰?」

「詳しいのは当然ですよ。その処分を下したのは、何を隠そうこの僕ですから」

「えっ?」

「はじめまして、破壊神タクロ・スカラーツさん。タイガ辺境騎士団右翼副団長、ルミニア・ブラージェです」

「ふーん、どこかで聞いたような名前だな。えっ、ブラージェ?」

「王陛下の弟君、副王殿下だよ」


 パラディヌ団長が面白くもなさそうに紹介すると、スカラーツ先生は「へー」と声を漏らした。特にかしこまった様子もなく。


「なんでまたそんな偉い人が、こんなところに?」

「知るか。半年前にいきなり押しかけてきて、勝手に副団長の席に居座りやがったんだよ。

 しかも、その命令書を自分で書いて持って来やがった」

「まあ、見聞を広めるためかな。こうして様々な現場に赴いて、国内の情勢をつぶさに見て回る。副王としての大事な職務ですよ」

「へえー。副王さんてのも色々大変すね、こんな危なっかしい所まで来なくちゃならないなんて」

「何が大変なもんか。ただの物見遊山じゃねーか。

 今さっきだって、みんなが死に物狂いで戦ってるってのに、後ろの方でヘラヘラしながら見物してやがって」

「そりゃ仕方ないでしょう。もし万が一、僕がつまらない戦いで命を落としたりしたら、ここにいる全員の首が飛びますよ。

 これでも自分の立場くらいは理解しているつもりです」

「だったら、とっととお城に帰れ」

「嫌です。あんな陰気で息苦しいとこなんか」

「まあまあ」


 クスクスと笑いながら口を挟んだのは、パラディヌ団長の左隣に座る壮年の騎士だ。


「私はルミさんが来てくれて良かったと思ってますよ。なにしろ事務関係の仕事を全部引き受けてくれたんですから。

 おかげで、山のように積まれて放ったらかしになっていた書類がきれいさっぱり。さすが王宮育ちはやることが違う」

「へー、そりゃすごいや。団長も大助かりじゃないですか」


 スカラーツ先生が感嘆の声をもらす。だが団長はますます苦虫を噛み潰したような顔になった。


「やり方がテキトー過ぎんだよ。中を読みもしないでただサインすりゃいいと思って」

「中を読みもしないで積みっぱなしよりはずっといいでしょう。

 タクロくん聞いてくれよ、この人すごいんだぜ。補給物資の請求を今までの倍に増やして、しかも輜重部の審査を全部通しちまったんだ。

 おかげで飯は食い放題、酒も飲み放題。砦の連中はみんな感謝してるぜ」

「へー」

「たりめーだろ。副王様のサインの入った請求書を、誰がまともに審査なんかできるかよ。

 んなことより、お前もいちおう自己紹介しとけ。タクロは旧知だろうが、後ろの小僧っ子どもはお前のことなんか知らねーぞ」

「ああ、そうですね」


 壮年の騎士は、団長の言葉にうなずくと、改まってラルコ達に向き合った。


「タイガ辺境騎士団左翼副団長、デュオル・ウォーラマだ。

 実は、暁の館の創設には私も関わっていたんだ。タダン・ドークとは、メルディア先生のもとで一緒に学んだ仲だよ」


 ドーク館長の名に、十五歳組の面々は表情を明るくした。


「皆も知っての通り、暁の館の名と君達の正体は外部には秘匿されている。君達も人前でうかつにアウラの真実を顕したりしないようにと、厳命されていることだろう。

 だがここでは、そんなことは一切気にする必要はない。思う存分、力を発揮してくれ」

「「はい!」」


 若者達の力強い返事に、ウォーラマ副団長も満足げにうなずく。


「さて、どうします団長? 今朝のことは、タクロくんにもきちんと話しておいた方がいいと思いますが」

「ああ、そうだな。

 本当なら小僧っ子どもの前で話すような事じゃねえが、こいつらもあれだけ戦えりゃ一人前だし、やっちまった以上はもう無関係とも言えねーだろ。

 いいぞ、話してやれ」


 ウォーラマ副団長は団長にうなずくと、軽く咳ばらいをしてから、若者達に向き合った。


「まず、君達にこの砦の概要から説明しておこう。

 このラウンディール砦は、タイガ辺境騎士団の本部だ。ここには常時千名の騎士達が詰め、タイガの森の監視にあたっている。裏方を含めれば二千名にも及ぶ人間がこの砦に駐留している。

 騎士千名というのは、王宮騎士団にも匹敵する。辺境騎士団としては異例の規模だ。

 つまり、それだけ重要な任務を負っているということだ。

 君達もそのことを念頭に置いて、これからの職務を務めあげて欲しい」


 副団長の言葉に、ラルコ達は無言でうなずく。


「この砦の西百マールには、コングリート川という大きな川が流れている。

 コングリート川は知ってるな? 北のカラルカに源流を発し、そこから真っすぐ南に下って我々の砦の近くを流れ、二百カマール先からは西に向かい森を出て、オズバン帝国との国境を流れる大河だ。

 タイガ流域においては、砦がある川の西岸地帯が我々人間の版図となる。そこに住む動物も植物も我々がよく知っているものがほとんどだ。

 だが川を渡った向こう側は、名も知れぬ植物が異様な景色を形作り、狂暴な魔獣が跋扈する、魔界だ。

 つまり、コングリート川は人間界と魔界を隔てる境界線であり、我々の任務は魔界の侵略から人間界を守る国境警備。我が国のみならず人類全体にとっての防壁となる、重要な役割を担っているというわけだ」


「では、今回のような戦闘も、驚くには当たらないということでしょうか?」


 ダカルがそこで口を挟んだ。

 そう訊ねたくなるのも無理からぬことだ。今日のような襲撃が何度もあるのでは、いかに千人規模の騎士団といえど、持ちこたえられるわけがない。

 今回の戦いも、自分達の加勢がなければかなり危ない状況だったはずだ。


「いや、これまで砦が黒牙狼(グロルノワ)の襲撃を受けたことはない。奴らが川を渡ったという例も今まで一度もない。

 十年前にここを襲ってきたのも、もっと小型の斑狼(ルースパ)という魔獣だ。もっともあの時は、数十頭もの大きな群れだったが。

 いずれにせよ、今回の襲撃は我々にも予測できない事態だった」

「そうですか」

「だが、安心しろとは言わない。今までなかったからといって、これからもないなどとは決して言えないからだ。

 心して聞いてくれよ。

 これは教訓ではない。ここ最近、魔獣達の間でかつてない動きが数多く見られるようになったという、厳然たる事実を言っているんだ」


 襲撃は稀だというウォーラマ副団長の声にホッと息を吐きかけたダカルは、次に続いた言葉に、それを飲みこんだ。


黒牙狼(グロルノワ)ではないが、斑狼(ルースパ)の小規模な群れや一角熊(ニグロズ)その他諸々の魔獣が、川の東岸で度々発見されるようになってきたんだ。

 川向うなら追い払えば済むだけだが、こちら側では人の住む所まで迷い出て行く可能性もあるから、見つけ次第掃討しなければならない。

 目下のところ、これが砦の主任務となってしまっているのが現状だ」

「ここ最近というのは、いつ頃からですか? 何か理由が?」

「実は、兆候は数年前から見られていた。

 我々は川の向こう側にも日々偵察に赴いているが、魔獣達の争う声や鳥の鳴き声が妙に増えて、どうも森全体が殺気立っているような気配が感じられていたんだ。

 それがここ一年ばかりの間に目に見えて激しくなり、偵察中に魔獣に襲われたり砦の近くで遭遇することも、頻繁に起こるようになってきた」


 ウォーラマ副団長は、ここで言葉を切った。

 その視線の先にいる、ダカルの声を待っているのか。あるいは次の言葉を発しかねているのか。


「いったい、魔境で何が……?」


 ダカルの問いに彼は答えず、隣に座るパラディヌ団長の顔を見る。

 だが団長は腕を組み眼をつぶったまま微動だにしない。声を返したのは、ブラージェ副団長だった。


「それを見極めるために、僕はこの砦に来たんだ」


 皆の視線が、彼に集まる。


「ここの状況は、以前から僕の元へも報告が届いていた。

 警戒は強めなければならないが、ひっ迫した情勢とも思われなかったので、僕もさして気にしてはいなかったんだ。

 でも最近になって、別方面からとある情報が入ってきた。

 情報というより、今はまだ噂程度のものだけど。でもたとえ単なる噂であったとしても、看過するわけにはいかない、それほど重大な内容だった。

 そしてもしそれが、タイガの森で起きていることにも関係しているとしたら」


 話の内容を嚥下しきれず言葉が出ないダカルに代わって、今度はスカラーツ先生が問いを発する。


「その、情報とは?」

「繰り返し言うが、これは現段階ではただの噂に過ぎず、何の確証もない話だ。

 だがそれでも、ここにいる者以外では王宮でも数名しか知らない、ロスコアに放っている密偵からもたらされた極秘情報だ。それを踏まえた上で聞いて欲しい」


 続けてブラージェ副団長が、いやルミニア・ブラージェ副王が発した言葉に、スカラーツ先生と十五歳組の若者達は凍り付いた。


「魔王が、復活したという」


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