52.それぞれの成長、それぞれの戦い
―― * ―― * ――
医療所に向かったアマルル達は、砦の建物の間を走り抜け、北のはずれの広場に達した。
だがそこは医療所などと呼べるようなものではなかった。おそらく建物に収容しきれないためのやむを得ない処置なのだろう、二・三百はいると思われる傷ついた騎士たちが、草地の上にじかに横たえられていた。
それに対し、治療にあたっているのは年配の医術師が一人と数名の看護士のみ。怪我の軽い騎士達が、仲間の傷口を縛って止血するなどの手伝いをしてはいるが、とても手が足りている状況とは思えなかった。
地面に寝かされているのはほとんどが重傷者で、瀕死の者やすでに手遅れの者も少なくない。そのうえ小雨の降りしきる中では、助かるはずの者でさえ、傷口がふさがらず失血死する恐れすらあった。
アマルルは、広場に駆け込むと状況を一目で把握し、声を張り上げた。
「聖王宮の医術修士です! お手伝いします!」
「医術修士だと?! 治癒術は使えるのか?」
「はい!」
振り向いた医術師に、アマルルが答える。普段のおっとりした様子からは想像もできない、力強い声で。
「助かる。では君達は怪我の軽い者を」
だがアマルルはその言葉を無視して歩を進め、広場の中央に立った。
大きく息を吸い眼を閉じると、両手をパンッと音を立てて打ち付け、詠唱をとなえ始める。
「ラー…、パラディシェーモア……、サドゥンスリーソワウロー……ドゥボンリートー……(聖なるかな……天なる父よ……、我らの魂はその慈しみの御手の中に……光の慈悲もて……)」
すると彼女の中から薄紅色の光が生まれ、繭のようにその身体を包む。その繭は詠唱とともに爆発するような勢いで急激に膨らんで行き、あっという間に広場全体をその腹の中に収めた。
「なっ……!」
医術師が絶句する中、広場のあちこちで、横たわった一部の騎士が更に鋭い光を発し始めた。
それを見た老医術師が目を剥く。彼らは、すでに手遅れとなっていたはずの者達だったのだ。
その者達が、目もくらむような閃光に包まれたあと次々と息を吹き返すのを見て、その場にいた者達はみな息を飲んだ。
「私は大変な人達を看るから、シーニャちゃんは傷の軽い人達を、あとサングラくんも、お願い」
「うん」
「わかった」
シーニャは、近くにいる者の胸に手を当てると、詠唱をとなえ始めた。
「ラー……、トリートゥ……、コンソラトゥール……レタブリース…ルミナ…レホーミィ……(聖なるかな……大地なる母よ……、我ら生まれし命の泉に……尽きることのない愛と…安らぎの…鈴やかなりしその御声に…)」
それは、かつてアマルルも用いていた詠唱術。彼女ほど巧みではないが、シーニャもある程度はこの技を使いこなせるようになっていたのだ。
そしてアマルルが唱えるのは、伝える者も絶え古に失われたとされる絶神呪を、独自に復活させたものだ。彼女の能力は、見習いを表す医術修士の肩書などすでに意味をなさず、医術師を越え医術導師なみの強大さを備えるまでに成長していたのだった。
「痛い……、痛いよう……。助けて……お母さん……!」
苦痛に耐えかね泣き叫ぶ騎士に、サングラは跪いてその頭部にそっと手を添え、優しくささやく。
「大丈夫だよ……。みんな側にいるから。安心してお眠り」
指先から、若草色の光が漏れだす。すると騎士は表情をやわらげ、静かに眠りについた。
サングラの精神誘導。懐かしい故郷の風景と安らぎによって苦痛を和らげたのだ。
彼が与えるのは治癒ではなく幻覚にすぎないが、それでも麻酔に似た効果は得られる。同時にアウラの光を流し込み、命の息吹を与えた。
「なんという者達だ。
いかん、見とれている場合じゃないぞ。儂らもしっかりやらんと」
「は、はいっ」
突然現れたアマルル達三人の見事な手際に唖然としていた医術師と看護士は、自分達の手が止まっていることに気付くと、慌てて治療を再開した。
その間にも、新たな負傷者が次々と運び込まれてくる。厳しい状況に変わりはないが、回復した者も手当てに加わり、どうにか最悪の事態だけは避けられそうな兆しが見えてきた、その時。
森の奥から、地鳴りのような音が響いてきた。
「む?」
「何の音?」
地を伝う音と振動は次第に大きくなってくる。何者かが、この場所に迫って来ていた。
「シーニャちゃん!」
アマルルが叫び、広場の端の方で治療にあたっていたシーニャが、森へと振り向く。
その直後、目の前に生い茂る木々が爆発したように吹き飛び、その奥から真っ黒な魔獣が襲いかかってきた。
―― * ―― * ――
北へ向かった四人が戦場に着いた時、そこでは最後の魔道騎士が倒れ、ひとり残った魔導士がアウラの結界により魔獣の攻撃を防いでいるところだった。
結界の中には十数名の傷ついた騎士。それを二頭の黒牙狼が左右から盛んに攻撃を仕掛けていた。
結界は堅く、魔獣も攻めあぐねている様子だが、魔導士も力尽きる寸前だ。
一頭が結界の上にのしかかり、牙や爪を突き立てようとする。結界はそれを通しはしないものの、はじき飛ばすだけの力はすでにないようだった。
「いくぞ! どりゃあああっ!」
スカラーツ先生は一方の黒牙狼に向かって大きく跳躍しながら、だがなぜか大剣を背中に納め、アウラをまとった拳で殴りつけた。
その一撃で魔獣が十マールも先まで吹き飛ぶ。だがいかな怪力といえど、致命傷とはいかず、相手はすぐさま立ち上がって怒りの咆哮を浴びせかけてきた。
「先生、何やってんだよ! さっきのあれでやっつければいいじゃん!」
トードが続いて得意の突き技を放ちながら文句を言う。彼の鋭い突きも魔獣の肩を貫いたが、やはり致命傷とまではいかなかった。
「馬鹿野郎! ここであんな技を使ったら味方までやっちまうだろう!」
「やっぱそれか! いいかげんに手加減くらい覚えろよ!」
「だから今やってる!」
二人がかりで魔獣と戦いながら、文句を言い合う。そうしながらも息はぴったりだ。魔獣は徐々に力を削がれ、しかも逃げようとするそぶりさえ見せるが二人はそれを許さない。
そしてついに。
「うらああっ!」
トードの突きが魔獣の喉首をとらえ、とどめを刺した。
「よしっ」
もう一頭に向かったベアゴとサコは、やや苦戦していた。
ベアゴの金棒は黒牙狼の巨体を容赦なく打ち据え、サコの長剣もその固い身体をアウラの光で貫くが、深い傷を負わせるほどではない。
その一方で、魔獣の攻撃をすばやい動作でかわし、あるいはアウラの鎧で跳ね返す。
どちらの攻撃も決め手を欠き、互角の戦いとなっていた。
「ようし、こうなったら」
サコはいったん後ろに下がり、息を整えながらベアコに声をかけた。
「ベアゴお願い! 一瞬でいいからそいつの動きを止めて!」
ベアゴはチラリとサコを見てうなずいた後、魔獣に真正面から飛びかかって行った。
黒牙狼は向かい来る敵を噛み裂こうと牙をむき出しにして大きく口を開く。彼はその鼻面を踏みつけ、頭上から渾身の力をもって金棒を打ちつけた。
魔獣はその一撃で頭を地面に叩きつけられ、おそらく脳震盪でも起こしたのだろう、口をだらしなく開いたままうめき声をもらしたところに、サコが飛びついた。
彼女は魔獣の耳朶に掴みかかり、大きく息を吸ったかと思うと、たったひと声、だが信じられないほどの大声をその耳穴に向かって放った。
「あ゛っ!!!」
それは、人間の肺から吐き出される音量ではなかった。サコはアウラを共鳴管のように用い、一度の発声を繰り返し反射させることにより限りなく増幅して、ついには落雷の数十倍にも及ぶ大音量を、ただの一点に注ぎ込んだのだ。
その超振動波は黒牙狼の脳髄を一瞬で沸騰させてしまい、魔獣は耳といわず目といわず、頭部の穴と言う穴から鮮血を噴き出して、その場に崩れ落ちた。
「ふう」
サコが地面に降り立ち、軽く息を吐く。
ここに二頭の魔獣は倒れ、力を使い果たした魔導士は地面に膝をつきながら、結界を解いた。
「大丈夫ですか?」
駆け寄ったサコが抱き起す。
「はあっ、はあっ。あ、ありがとう……、助かったよ」
他の騎士達も無傷ではない。みな座り込んで荒い息を吐いていたが、とりあえず危機が去ったことに安心したようだ。
が、そこにトードが声をもらした。
「あれ? ラルコはさっき、こっちは三頭だって言ってなかったっけ?」
「なにっ?」
「そう言えば」
四人が辺りを見回す。だが、それらしい気配は感じられなかった。
「もう一頭は……、ここを抜けて、先に向かって行ってしまったんだ」
魔導士が、荒い息を吐きながら森を指差す。
「早く……。この先には、医療所が……。負傷した者達が大勢集められているんだ。あそこが襲われたら……」
「えっ!」
「なんだと!」
皆が驚いて振り返ったその時。その見据える森の奥で、天地を揺るがす轟音とともに蒼白い稲妻が天空から降りそそいだ。
いや、そうではない。稲妻は天から降ったのではなく、大地の底から天に向かって立ち昇ったのだ。
その証拠に、雷光がほとばしると同時に、獣の形をした黒い影が木々の上に舞い上がるのが、確かに見えた。
「シーニャだな」
トードがポツリと呟く。
「ああ、シーニャだ」
「うん、あの子だわ」
スカラーツ先生とサコもうなずく。
間違いない。なぜならその雷撃こそ、『蒼氷の雷帝』の異名を持つ彼女の、最も得意とする技だったからだ。




