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43.覚悟


 ラルコは、あの時の様子を思い浮かべた。


 クロウレの魂が黒く染まり、続いて溶岩のように赤く燃えたぎる核が生まれた。

 あの核が崩壊する時、そこに蓄えられた力の全てが解放され周囲を焼き尽くす。そういう未来が、確かに垣間見えた。

 自分はそれを止めようとして、ある意味においては成功し、また別の意味で失敗した。

 アマルルの言う通り、もっと上手なやり方があったのかも知れない。

 だとしたら、先生達はなぜ事前に教えてくれなかったのか。あるいは、先生達自身がそれを行わなかったのか。

 考えられる答えは、ひとつだけだった。


「先生にも、どうにもならなかったということですか」


「その通り、僕達にも潰魂(ゼクララミィ)を止める術はない。自分の魂を救えるのは、自分自身だけなのだから。

 ただ今回に限っては、僕達はわずかな希望にすがってみようと思った。つまり、君だ」


 続けざまの質問に、ドーク先生は落ち着いた表情で答える。

 それに対して、ラルコは自分の声がいつになく(たかぶ)っていることに気付いていなかった。

 相手の心が読めないことに、無意識のうちに焦りを感じ始めている。勇者タダン・ドークの前に、ラルコは今、天才でも異能の力を振るう超人でもない、ただの少年だった。


「どうして、僕に……」


「一つには、クロウレが魔障に堕ちた一因が君であること。

 ああ、君を責めている訳じゃないよ、これはあくまでクロウレ自身の問題だ。でも君と直接ぶつかり合うことが、彼の救いになるかも知れないと考えた。

 そしてもう一つ。君の果てしないアウラなら、暴走したクロウレの力も受け止めることが出来るのではないかと思ったんだ」


「もし、出来なかったら……?」


「君も、クロウレと一緒に滅びたかも知れない。もちろん、そうなる前に君を助け出す用意はしていたけれどね。

 でも君が見せてくれた力は、僕達の予想をはるかに超えていた。

 君の過ちは、君自身もその力の大きさを自覚していなかったことから生じた。それも君の責任ではないだろう、あまりにも成長が早すぎたんだ。

 でもそのおかげで、辛うじて間に合った。

 場合によっては、潰魂(ゼクララミィ)よりも悪い状況に陥ることも考えられたんだ」


「あれよりも悪い状況ですって?」


「そう、潰魂(ゼクララミィ)よりも更にひどい結果をもたらす、崩魔(ディフォンディアブラ)という病がある」


「館長! それはまだこの子達には!」


 声を上げたのは、エリザリン・パミル先生だ。


「いいんだ、これも予定のうちだよ」


 ドーク先生はそちらには目を向けず、ラルコを真っ直ぐに見つめたまま、答えた。


崩魔(ディフォンディアブラ)とは、絶望の果てに魂が闇に沈み、善に向かう心が呪いに転じて、魔に堕ちてしまう現象だ」


「魔に……」


「その時、人は生きながらにして魔族へと転異する」


 魔族という言葉に、ラルコは息を飲んだ。人が魔族に変わってしまうだなんて、そんなことが本当に起こりうるのだろうか。


「もしクロウレが、そうなっていたら」


「僕達が、全力で撃ち滅ぼさなければならなかった」


「先生が……」


 ラルコは、部屋の両側に立ち並ぶ人達に視線を走らせた。


(まさか、仕合の時に先生や先輩が周りを取り囲んでいたのはただの見学ではなく、いざという時にクロウレを滅ぼすためだったというのか。

 そしてその時には、僕達もクロウレと……、友としてではなく魔として戦わなければならなかったのか!)


「正直言って、危ない所だったんだ。

 クロウレが、君に光弾を放っただろう? あれは闇の力の発露だった。

 あの数発はただの暴走によるものだけど、あのまま放置していたら、いずれ潰魂(ゼクララミィ)崩魔(ディフォンディアブラ)のどちらかに陥るしかなかった。あの状態になるのを許してしまった時点で、僕達の目論見は既に失敗していたんだよ。

 だから、君の行動はある意味正しかった」


「ある意味とはどういうことですか! 他にクロウレを救う道があったのなら、僕はどうすれば良かったのですか!」


 もはや、自分を抑えることが出来なかった。

 友を殺すことが正しいだなんて、そんな馬鹿なことがあるものか。

 これまでずっと自問してきたのだ。自分はどこで間違えてしまったのか、他にやり方はなかったのか。

 もしあったのなら、なぜ先生はそれを知らせてくれなかったのか。


「思い上がるな、少年。

 人は神ではない。何もかもが思い通りになるような正しい道など、どこにも在りはしないのだよ。

 生きることは、間違いの繰り返しだ。最善の道が見つからないなら、最悪を避ける道を選ぶしかない。

 たとえ、どれほど傷つくことになろうとも」


「では、僕は……」


「正しくはなかった。でも他に取りようのない、唯一の方法だった。

 君は、君の進むべき道を進んだのだ。だから……」


 ドーク先生は、前に踏み出すと、ラルコの頭にそっと手を乗せた。


「後悔する必要など、ないんだよ」


「先生……!」


 何故だろう、涙が止まらない。

 仲間達も、皆一様に涙を流している。これまで(こら)えてきたものが、一気に堰を越えてしまったようだ。


「君達には知っていて欲しい。今回のようなことは、これから何度でも訪れる。

 魔障の病ばかりではない。本当の戦いに命を掛けなければならないことも、時に仲間を諦めなければならないこともある。

 君達が歩むべき道は、それほどまでに険しい。

 でも、僕はあえて頼みたい。僕達と共に歩んでくれと」


 意識を読めなくても、先生の言葉が真実以外の何物でもないことは判る。

 でも、だからこそ、ラルコは確かめないわけにはいかなかった。


「なぜ、そこまでして?」


 と。


「それ以外に、人類が魔に打ち勝ち生き延びる道がないからだ」


 大きくうなずくに、充分な答えだった。


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