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42.詰問と対峙


「そうだね。まずは、この暁の館について話そうか」


 ドーク先生は皆に微笑みかけた後、顔を上げて遠くを見つめた。

 何かを懐かしむような、ここではない彼方に思いを馳せるような、そんな眼をして。


「暁の館を作ったのは、僕の師であり育ての親でもある、メルディア・ブラージェ先生だ。

 先生は、ブラージェの姓でわかる通り王族の一人、先代国王様の姉君だ。そしてかつての救国の勇者(アーロー)、偉大な魔道騎士だった。

 王族でありながら、と思うかも知れないが、それは正しくない。王室の長い歴史の中には、あの方のような大いなるアウラを持つ者が生まれることは、たびたび起きていたんだ。

 それは王家の血のなせる業なのか、あるいは宿命と言うべきなのか。その人達は皆、民の為に身を捧げ、命を賭して国を護ってきた。

 そして王室ばかりでなく民の中にもまた、勇者(アーロー)と呼ばれる者は現れる。

 聖王宮は、教会を束ねることとは別に、そういった超常の力を持つ者の受け皿としての側面を持っている。いや、むしろ聖王宮がそのような力を必要としていると言った方が良いかな。

 なにしろ聖王宮の頂に立つ聖王様こそが、この国で最も強いアウラを持つ人なのだからね。

 地の(まつりごと)は国王が担い、天の守護は聖王が司る。王室はこれまでずっとそうして、この国を護ってきたんだよ」


「聖王様は、どのようなお方なのですか?」


「聖王マグセル様は、現国王の妹君だ。

 幼少の頃から大いなるアウラを顕し、その力はいずれ聖王の名を継ぐに相応しいと、王宮内や聖王宮においても早くから認められていた。

 でもまさか、9歳の若さでその座に就くことになろうとは、誰にも予想はできなかったよ」


 先生の言葉に、ラルコ達は思わず息を飲んだ。

 わずか9歳。自分達の歳にも満たない女の子が、教会の頂点に君臨した。いや、させられた。

 その身にのしかかったであろう重圧を想像するだけで、背筋が凍る想いがした。


「以来十余年、聖王様はずっとカリグーの頂、靄唇殿(ブロウリヴィパラス)に在って国の安寧を祈り続けている。

 聖王となられてからの今日これまでの歳月は、あの方にとっては既に人生の半分以上の長さにあたる。でもこれから過ごすであろう未来は、更に果てしない。

 先代の聖王様は、120年の長きにわたりその座に就かれていた。おそらくマグセル様も同じ、いやそれ以上の千秋の日々を聖王として臨まれることになるだろう。

 先代様のように、不慮の事態にさえ遭われなければ」


「不慮…の……?」


「そう。先代聖王様が崩御なされたのは、今から12年前。我が師メルディアがタイガの深淵で消息を絶ったのと、時を同じくしてだ」


「どういうことでしょうか」


「詳細は誰にも判らない。ただ『我はメルディアのもとへ赴く。この後はマグセルに委ねる』との突然のお言葉のみを残して、先代聖王様は息を引き取られたそうだ。

 その時、メルディア先生はタイガの森の奥深く、魔境とも呼ばれる最深部への探索行の最中だったんだ。

 探索の目的も明かされてはいなかった。

 僕が憶えているのは、出発の日の朝、僕の頭をまるで子供にするようにポンポンと叩いて『行ってきます。留守は頼んだよ』と言った、その笑顔だけだ。

 同行していた者が王都に戻り、先生が単独で深淵の底へ向かったとの報告を受けたのは、その半年後。その時も、先生は誰にも理由を言わず、誰も後を追うなときつく命じて森へと去って行ったそうだ。

 僕達にとって先生の言葉は絶対だ。捜索隊が出されることもなかった。

 それ以来……、僕はずっと留守番を続けているのさ」


 ドーク先生の話をどう受け止めれば良いのか。

 ラルコも他の皆も、自分達には手の届かぬ偉大な人達の理解を超えたふるまいに、ただ心を震わせるのみであった。


「話を少し戻そうか。

 この館は、君たちのような子らにアウラの真実を伝え、戦う(すべ)を身に付けさせるための場所だ。

 もちろん戦いとは、格闘のみを指すわけではない。生きること全てが戦いと言っていい。

 ただ君達には、どうしてもやってもらわねばならないことがある。それは力ある者の責務だ。

 人は皆それぞれに力を持つけれど、でもそれは誰もが同じわけではない。小さな力しか持たぬ者は小さいなりに、大きな力を持つ者はその大きさに見合うだけの役割を果たさなければならない。

 そして君達には君達の、アウラの真実を得た者にしか成し得ないことがある」


勇者(アーロー)になれと言うんでしたら、望むところです!」


 声を上げたのはシーニャだ。

 ドーク先生は、彼女の自信に満ちた顔を見てクスリと笑った。


「シーニャはいつも真っすぐでいいね。その通りだ、君達には勇者(アーロー)になってもらいたい。

 では皆に聞こう。勇者(アーロー)とは、いったい何だい?」


 突然の問いに、ラルコ達は一瞬固まってしまった。


「さあどうだい、シーニャ?」


「えと……勇者(アーロー)は……、強くて……強くて……、えっと……かっこ良くて……」


「わ、悪いやつをやっつける?」


 続いてティグラが答える。


「天下無敵」


 と、トード。


「正義の味方……」


 サングラ。


「弱きを助け、強きを挫く!」


 アマルル。


「「人々を守る!!」」


 ラルコとダカルが同時に声を放ち、顔を見合わせる。

 ベアゴは相変わらず無言のままだ。


「そうだね、みんな正しい。

 でもここで考えて欲しい。正義とは何か、強さとは何かということを。

 勇者とは、世の平和を守るために戦う者だ。平和を守るのは正しい行いであるし、それを成すためには強さが必要だ。

 正しさと強さ、どちらか一方があれば良いという訳ではない。強くなければ正義を実行することはできないし、正義のない力はただの暴力だ。

 そして強い力を持つ者にはより強い正義が、強い正義を行おうとする者にはより強い力が備わっていなければならない。

 これを忘れた時、人は大地に倒れ伏すことになる」


 それでは、クロウレは……。


「クロウレは、正義を忘れて力のみを求めたから、あんなことになったと言うのですか。

 僕も、力を使うことに夢中になって正しさを置き去りにしたから、過ちを犯してしまったのですか?」


 思わず口をついて出てしまった問いかけを、ドーク先生は無言で迎える。ラルコは先生の顔を真っすぐに見つめ、先生はその視線を正面から受け止めた。

 傍らでは仲間達が、二人の睨み合いにも似た沈黙を、固唾を飲んで見守っていた。

 暫しの時が過ぎ、やがてドーク先生が口を開いた。


「その通りだよ」


 ラルコは、あまりにも簡潔なその答えに、言葉を失った。

 自分自身の失敗については、何の弁解もない。あの時の自分は力に溺れ、為すべきことと為さざるべきことを見誤った。越えてはならない境界を、ただ盲目のうちに踏み越えてしまった。

 でもクロウレは、必死に努力を積み重ね、それでもなお求める場所に手が届かないことに焦り、自分を嘆いただけだ。ただそれだけのこと。

 ダカルの言葉によれば、そのせいで彼はアウラに濁りを生じ、闇に堕ちて行ったという。

 それは自らの命を危機に陥れるほどの過ちなのか。魂を灼き滅ぼさねばならぬほどの罪なのか。

 ならば何故、先生達はそれを止めようとしなかったのか。


「先生は、クロウレがああなることを知っていたのではないのですか?」


 静かな声の中に、問い詰めるような色が混じる。

 普段の冷静な態度からは想像もできない、まるで先生を非難するかのようなその口ぶりに、仲間達はギョッとしてラルコの顔を見た。

 だがその表情に曇りはなく、先生もまたラルコを正面から見つめ返す。


「クロウレが堕ちたのは、魔障のひとつ。潰魂(ゼクララミィ)と呼ばれる病だ」


「病?」


 詰問をはぐらかしているようで、そうでない答え。つまり、病であることを『知っていた』ことに他ならないという意味だ。


「そう、魔道を駆使する者が陥りやすい危険な罠であり、治癒術(ソワン)でも癒すことのかなわない業病でもある。

 アウラの真実を見失い、暗闇に心を捕えられて、煉獄の業火で自らの魂を灼き滅ぼす。これを脱するには、深い深い穴の底から自力で這い登るしかない。

 そういう病だ」


「その病は、僕達でもかかるのですか」


「君達に限らず、誰にでも可能性はある。アウラを知らない普通の人々でもだ。

 ただ君達が他の人と違うのは、アウラの真実を得た者はより魂の罠に陥りやすいこと。

 そして、その病がその者の精神のみならず、現実世界にまで被害を及ぼしてしまうことだ」




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