41.タダン・ドーク
(参った、大失敗だ……)
ラルコは皆と一緒にアマルルに頭を下げながら、この事態を防ぐことが出来なかった自分を悔やんだ。
無論のこと、ラルコはアマルルの怒りにただ一人気付いてはいたのだ。
ただ、気付いた時には手遅れだった。
シーニャとダカルが会心の笑みを交わした時、その間から真っ黒な怒気が沸き上がるのを感じた。
ゆらりと立ち上がったアマルルは、上機嫌な笑顔とは裏腹に、暗黒の炎に包まれているように見えた。
アウラではない。彼女の内から溢れ出る激しい怒りが、意識を読んだラルコの目にそのように映ったのだ。
ラルコは慌ててシーニャに注意しようとしたのだが、時すでに遅し。すぐに戦いが始まってしまい、そしてあっという間に終わってしまった。
アマルルの技の本質も、ラルコただ一人だけが理解していた。彼女の詠唱を聞いて、その意味を読み取ったのだ。
読み取って戦慄した。彼女が唱えていたのは、敵する相手の魂を問答無用で断つ、落魂の呪文だったのだ。
ただし、実はこれすらも攻撃の術ではない。
アマルルの結界は、敵意さえ向けられなければ何もしない。ただ何者かが敵意をもってそれに触れた時のみ、自動的にアウラの刃を放出して、一撃で敵の急所を貫きアウラを剪断する。絶対防御の魔法だった。
シーニャは結界に攻撃を仕掛けたその瞬間に、文字通り命を絶たれていた。
そしてその斬り口は、まさに医術師の技。わずかな乱れもなく、直後の治癒術によって完璧に修復されていた。
シーニャは、自分が一瞬本当に死んでいたことなど、気付きもしないだろう。
まさに『ほんのちょっとだけ、ぶっ殺す』を言葉通りに実行していたのだ。
武器を使うならともかく、少なくとも素手での戦いなら正しく最強。
しかして、彼女は最初から最後まで医術師としての自分を貫いていた。
そのゆるぎない信念に較べて、自分の行いのなんと未熟なことか。
守る守ると息巻いておきながら、実際にやったのは、ただ友の命を奪いかけただけだ。それも、アマルル達が懸命に繋いでくれたから辛うじて間に合ったものの、彼女らの助力がなければ、取り返しのつかない事態に陥っていたに違いない。
挙句に、またもや調子に乗って同じような事を繰り返し、その苦労を思いやることすらなかったとは。
彼女が怒るのも当然だ。
ラルコは、『強さ』というものを履き違えていたことに心から反省し、小さくて偉大な医術師の前に頭を垂れた。
その時。
「君ら、そんなとこで何してんの?」
顔を上げると、長身でたくましい身体つきの少年が、アマルルの後ろに立って皆を見降ろしていた。
「あー、クライくんだあー」
「よう、久しぶり」
と、腰をかがめてアマルルとハイタッチを交わす彼は、少年、というよりラルコ達よりずっと年長の、15歳組に属している若者だった。名は、クライ・ミスティル。
「シーニャはどうしたの?」
「お昼寝中だよー」
「へー」
暁の館には、0歳児から15歳までの少年少女が暮らしている。
15歳を過ぎるとこの館を卒業となり、その後は聖王宮や教会施設その他聖王教会に関連する職場で働くことになるのだ。
職種は様々で、勤務地も王都の近隣とは限らず、地方や辺境に派遣されることもある。また、本人が希望すれば教会とは無関係の職業を選んだり、大学への進学、あるいは道を定めず修行の旅に出ることも許されている。
つまり、卒業後の進路は基本的に自由であり、しかも聖王教会が活動の支援を保証する。
それに対して求められるのは、己の力を世のため社会のために存分に発揮すること。そして教会からの要請があった時には、無条件の助力を約すること。この二つだ。
市井の者に較べれば、かなり恵まれた環境と言えるだろう。その理由はもちろん、アウラにある。
アウラの真実を得、自在に使いこなす技。これを一般には『魔道』と呼ぶ。魔道を使う者は、社会のどの分野においても第一人者となる素養を備えていると言えるのだ。
聖王教会には、孤児の養育施設である暁の館の他に、魔道教育を施す機関がいくつかある。
だが暁の館で行われる教育は、そのいずれとも一線を画していた。すなわち、修練の全てが戦闘を前提としているのだ。
全ての者が戦士を志すわけではないが、他の職につく者、たとえばアマルルのような医術師を目指す者でさえ、基本は戦場医療、しかもいざという時には自らも戦闘に参加する技量を身に付ける教育をほどこされる。
そして暁の館の存在は、外部には公表されていない。
社会に出る時は、いくつか設定されている架空の孤児院の出身を名乗り、聖王宮で魔道を少し学んだちょっと優秀な子供を装うことになる。
だが教会の中枢においては、暁の館の出身者は、勇者タダン・ドークが手塩にかけて育て上げた超実力者集団として認識されている。
そして王国に万が一の危機が訪れた時には、王国民を護る盾となる、最強魔道戦闘団として。
卒業に備えて、14歳組からは外部での活動が始まる。様々な体験を通じて社会に馴染むとともに、進路決定の材料とするのだ。
そして15歳組になると外部活動の方が主となり、暁の館へ戻ってくることはほとんどなくなる。
だから、ラルコは15歳組の者達との交流はほぼ皆無で、クライとまともに顔を合わせるのも、最初に館に来た時に挨拶して以来のことだ。
ラルコは、館の実態を完全に把握しているわけではないが、年長者が外部活動で不在がちなことはもう知っていた。
今になって思えば、あの日はラルコを迎えるために、わざわざ15歳組を呼び戻していたのだろう。そして先日の対戦の時も、おそらく。
地面に額を擦り付けていた皆は、彼に声を掛けられて、慌てて立ち上がった。
クライは皆の顔を見回し、それからラルコに向き合った。
「ラルコ・カンターラくん」
「はい」
「ドーク先生が君を呼んでいる。館長室まで来てくれるか?」
(ドーク先生が僕を……。おそらく、用件は先日の事件についてのことだろう。
ならば望むところだ、こっちだって聞きたいことは沢山ある)
ラルコは大きくうなずいた。
「わかりました。すぐ行きます」
「ちょっと、待って下さい」
そこに手を上げたのは、ダカルだ。
「俺達も一緒に行っていいですか?」
ダカルも、今回の件については思うところがあるのだろう。
もちろんラルコに異存はない。
「ああ、いいんじゃないかな。皆はどうだい?」
「行きます!」
「もちろん!」
皆もそろってうなずく。
「じゃあじゃあ私達も行こうかあー。シーニャちゃん起きてー」
そう言いながらアマルルが、シーニャの頬を思い切り引っ叩く。アウラの光を灯した手で。
「ん、あれ?」
眼を覚ましたシーニャはキョロキョロと辺りを見回し、そしてアマルルに抱えられていることに気付くと、慌てて身体を離した。
「私、どうして……。えっ、クライさん?」
「やあ、おはようシーニャ。じゃあ行こうか」
「えっ、どこへ?」
わけが判らず立ち尽くす彼女の手を、アマルルが取る。
クライは後ろを振り返ると、館に向かって大股で歩き始めた。
ラルコはその後について行きながら、クライの意識を読んだ。
自分達に対していた時はなごやかな口ぶりで話していたが、こちらに背を向けると同時に、一転して表情が厳しくなったのをラルコは見ていた。
そこにあったのは、強固な使命感と決意、そして覚悟。
ラルコやクロウレのことも、その使命の一部でしかない。彼は11歳組の皆のことを気にかけてくれているようではあるが、それは単純な友誼や愛護心ではなく、自分の後ろに連なる者達がこれから立ち向かわなければならない世界の厳しさと、非常な現実を慮ってのことだった。
そしてラルコは知った。
クライ達15歳組と14歳組の先輩達は、今回と似たような出来事を、既に一度ならず何度も体験してきていることを。
―― * ―― * ――
「クライ・ミスティル以下9名、入ります」
「どうぞ」
重厚な造りの扉の奥から、声がする。
ラルコ達は、西棟の一番奥にある館長室の前にいた。
暁の館は、正面玄関のある中央塔を中心に、東西にそれぞれ約200マール、北に100マールほどの長い棟を三方向に延ばす形状となっている。
中央塔は、吹き抜けのホールを中心にした三層造りの大きな建物で、そこには迎賓室や図書館など公的に使われる部屋や比較的大きな施設が集約されている。
三方に連なる棟は、それぞれ二層造り。
東棟は、子供達が暮らす居住区だ。一部屋が数名の相部屋となっているが、部屋割りは年齢別ではなく、雑多に振り分けられている。
北棟は訓練区。座学を行う教室や広い習練場、食堂や医療所もこの棟にある。
そして西棟は、管理区。教師達の執務室や会議室、その他の公的施設がある。
館長室があるのは、その西棟の一番奥だ。草原側に面し比較的陽当たりの良い東棟と較べ、西棟は深い森の中にあり、その突端に位置する館長室は、生い茂る木々に包まれた静かな佇まいとなっていた。
扉が中から開かれるのを待って、クライは部屋に入った。
その後にラルコ達も続く。扉を開けてくれたのは、スカラーツ先生だった。
初めて入る館長室は、教室2つ分ほどの広さはあるものの、造り自体は他の部屋と変わらず、迎賓室のような華麗さは見当たらなかった。
ただ、奥の壁に掛けられた大きなブルメリア国旗と、聖王教会旗、それから部屋の隅に立てかけられている傷だらけの大剣だけが、他の部屋には見られないものだった。
ドーク先生は壁の二つの旗を背に、部屋の奥に置かれた大きな机の前に立って、ラルコ達を待っていた。
そして南の窓際には10人ほどの先生達が、北の壁側には15歳組と14歳組の少年少女が並んで立っている。
ラルコ達はクライに従い、ドーク先生の前に進んだ。
「ラルコ・カンターラを連れて参りました」
「ご苦労さま。下がっていいよ」
クライは先生に一礼すると、15歳組の仲間たちと共に壁際に並んだ。
「みんなも来たんだね。さて、では何から話そうか」
タダン・ドーク先生は、後ろに手を組み、いつも通りの穏やかな表情で、ラルコ達の顔を見渡した。
ラルコはその正面に立ち、先生の顔をじっと見つめた。
初めて会った時と変わらず、ドーク先生の意識は霧の向こうにあるようで何も見えない。
先生とは、館に来てからは会話をする機会はほとんどなく、ほんの数回挨拶を交わした以外は、遠くからその顔を眺める程度だった。
だからその人柄についても、何を思っているのかもほとんど判っていないが、彼がどのような人物であるかについては、座学や他の人の言葉からある程度の知識は得ていた。
タダン・ドーク。
ブルメリア王国随一の魔道戦士であり、これまで幾多の戦場で王国の危機を救ってきた、聖王宮では知らぬ者のない勇者だ。
ただし外部でその名を知る者は少なく、共に戦いその活躍を目の当たりにした騎士にすら緘口令が敷かれその名を口にすることが禁じられているという、隠れた英雄でもある。
その理由は、あまりにも圧倒的な戦闘能力。
たった一人で魔族の軍団を打ち破り、巨大な龍とも互角に戦うと噂されるその力は、一般民衆の理解を超え、翻って社会に不安をもたらすとの配慮からだった。
そして三年前のロスコア遠征においても、常に戦いの最前線に立ち、ブルメリア軍の危機を幾度となく救って、噂には何の誇張も含まれていないことを証明してみせた。
そして今は、聖王宮孤児養育施設、暁の館の館長だ。
ラルコはドーク先生の正面に立ち、その言葉から、表情から、真意の全てを読み切ってやろうと、巨大な名声とは裏腹の穏やかな顔を、まっすぐに見据えた。




