40.最強の使い手
大歓声の仲間達の間を縫って前に出たのは、ダカルだ。
「姫、次は俺と踊ってくれませんか?」
芝居がかった仕草で手を差し出す。
シーニャは一瞬目を見開いたが、すぐにそれを挑戦的な笑みに変え、「喜んで」と彼の手を取った。
それを見ていたラルコも頷いて、後ろへ下がる。
二人は手を離して向き合い、同時にアウラをまとって構えた。
白銀対、蒼氷。シーニャのアウラは、ダカルのそれと較べても遜色のない安定した輝きを見せていた。
最初の一手はシーニャだった。
相手の懐へ飛び込むと同時に、みぞおちへの急所突き。渾身の一撃をダカルは難なく弾き飛ばすと、お返しとばかりに胸部への打突を繰り出す。
シーニャはそれを下から蹴り上げ、体勢の崩れたところに腕を取りに行く。
ダカルはその手を振り払い、再び拳を放つ。
そこからは、ラルコとの対戦と同様、目にも止まらぬ連撃の応酬となった。
ただ、先の戦いと違うのは、ラルコがシーニャとさほど変わらぬ体格であったのに対し、ダカルは彼女よりも頭一つ分以上も長身だということだ。
正面から撃ち合えば、この体格差は大きい。傍目には、シーニャが防戦一方のように見えた。
だが彼女は、冷静に戦況を見極めていた。
ダカルの攻撃には余裕がある。それは昨日までの彼女の力量と、先程の戦いぶりを見てその実力をある程度見極めていたことで、自身の力をもってすれば負けることはないと考えているからだ。
ラルコもおそらく同じ判断を下していたのだろう。互角に見えながらその実、彼女に合わせているように見受けられた。だから自分も同様に、と。
それは、強者の驕りであり、油断。
ダカルがそう見ていただろうと同じことを、シーニャもラルコとの戦いのさ中に感じ取っていた。だからこそ彼女は、新たに得た力を遠慮なく全力でぶつけることができたのだ。
しかし今は、わずかに力を抑えた状態で戦っている。
だがそれを相手に気付かれる心配はない。なぜなら、彼女の戦いぶりは先ほどと同様、いやそれ以上の力を見せつけているからだ。
先の仕合では、彼女自身が自分の力量を把握し切っておらず、その力を完全に使いこなすには至らなかった。つまり全力でありながら、全力ではなかったのだ。
しかし一つの戦いを経て、その段階は既に越えている。シーニャは真の実力をひた隠し、一瞬の勝機をうかがっていた。
激しい撃ち合いの中、その時は来た。
シーニャが肘撃ちを放とうと足を踏み出した瞬間、ダカルはそれよりも速く右の手刀を振り下ろして脳天に叩きつけようとして来た。
シーニャはほんの少しだけ腰を下げ、身をすくめるような素振りを見せた。ダカルはそこに勝機を見出し、この一撃で決めようと片腕に更に力を込める。
その瞬間が大きな隙となった。
電光石火の反撃。
シーニャはダカルの手刀を左手で受けると同時に、身体を捻りながらその下に潜り込み、右の掌底を相手の脇に突き入れる。そして打ち下ろしてくる力をそのまま跳ね返すように、自らの右足を地面に叩き付けるように踏み込み、その反動を身にまとうアウラに流し全身をのバネを全開にして、下から突き上げた。
果たしてこれは、柔技と言えるのか。
体さばきは柔技そのものでありながら、破壊力は剛力を超える剛力。全身を一本の槍と化した渾身の突きは、ダカルの白銀の鎧を易々と破り、彼の腕を一撃で屠った。
鈍い破壊音と共に右肩の関節が外れ、突き上げの衝撃で身体がわずかに宙に浮く。
シーニャは地面を離れたその脚を蹴り飛ばし、絶妙な体さばきを繰り出す。長身のダカルの身体を自分の頭よりも高く、棒きれのように振り上げて、背中から地面に叩きつけた。
「ぐあっ……!」
ダカルが苦鳴を漏らし、動きを止める。
シーニャは息を切らせながら身を起こすと、ゆっくりと両手を上げた。
「はあっ、はあっ……。いやっ……たああー……あ……」
それは溜息なのか、歓喜の雄叫びなのか。地面に背を付けて動かぬダカルを見降ろしながら、自分でも信じられないと言う顔で、声を漏らす。
「ダカルに……、勝あっ……たあああ……!」
見守る観客達は、言葉もない。
ダカルは寝転がったまま、空を見上げながら笑い出した。
「クッ…クッ……。あはは、あははははっ……」
それから片腕を押さえながら身を起こすと、シーニャに向かって笑いかけた。
「すごいよ、シーニャ。参った、完敗だ」
「おおおーっ!」
「シーニャすげー!」
「本当にダカルに勝っちゃったのか―!」
皆がシーニャを取り囲む。
そしてアマルルはただひとり、ダカルに寄り添いその片腕を治癒術の光で包んだ。
「はいはいはーい、お疲れさまあー。というかー、私もまだ疲れが取れてないんだけどおー」
「はは、済まないなアマルル」
「まあまあねえー、しょうがないけどねえー。みんなこんなのが大好きだもんねえー」
「ほんとだ、しょうがないよな」
勝負に負けたうえ腕一本を壊されたというのに、ダカルの表情は晴れやかだ。
これまでの鬱憤を全て吐き出して済々した、という顔をしていた。
「でもさあ、なんでシーニャはいきなりこんなすごいことになっちゃったんだ?
こないだまでと全然別人みたいじゃないか」
ティグラが訊ねる。
「さあ? 私もわかんない。でもなんとなく、ああそういうことかって気がして。でもって、こうすればいいのかなって、やってみたら出来ちゃったって感じ」
「なにそれ」
「さあ?」
「ああ、それなら判るよ」
と、ダカル。
「物事を理解するというのは、理屈じゃないんだ。
どちらかというと直感に近い。何百回学んでも判らなかったことが、ある日突然判ってしまう。そういうことはあるよ」
「そういうものなの?」
「ああ、特にアウラに関しては、自分自身を理解するということが重要だ。おそらくここ最近の特訓と先日の暴走、それからこの3日間、ラルコとアウラを通わせ続けていたという濃密な体験が続いたことで、一気に限界を超えたんだろう。
自分でも気づかない内に。
でも……」
シーニャは黙ってダカルの話に耳を傾けていたが、その顔には釈然としない表情が浮かんでいる。
「でも、それはただの切っ掛けにすぎない。頭で判ったつもりになっていても、裏付けがなければただの勘違いだ。
その力は、君が何年もかけて磨いて来たものだ。君がこれまで続けてきた努力の全てが、その糧となっているんだ。
今回の出来事は、今まで積み上げて来たものの、最後の一欠片だったのさ」
「え……、じゃあ……」
「君の才能が羨ましいなんて言って済まなかった。
俺が間違っていたよ。才能なんかじゃない、君は努力と実力でその力を手にしたんだ。完敗だ」
シーニャの両眼から、涙がこぼれ落ちる。
「ありがとう、嬉しい。ああーん、嬉しいよー。ダカルに勝ったよおー」
声を上げて泣きだしたシーニャを、皆が囲んだ。
「良かったな、シーニャ」
「さすがだ、よくやったよ」
「これからはシーニャが11歳組最強ってことか」
それを聞いたダカルが声を上げた。
「おいおい。今回は負けたけど、俺はこのままで済ますつもりなんかないからな。次は絶対に勝ってやるから、覚悟しとけよ」
「望むところよ、いつでも掛かってらっしゃい」
ダカルとシーニャは視線を交わし、ニヤリと笑い合う。
その時、二人の間にゆらりと立ち上がる影がひとつ。アマルルだ。
「じゃあじゃあじゃあー、最強のお姫様にさっそく挑戦しちゃおうかなあー。
ふふふー、いいでしょシーニャちゃーん?」
「えっ? あ、うん」
不敵な笑みを向けるアマルルに対し、シーニャは戸惑いを隠せない。
彼女が知る限り、これまでアマルルが仕合を行ったことなんて一度もなかった。先日のラルコの特訓においても、一番乗り気らしい振りをしていたくせに、実際のところは後ろの方で騒いでいただけだったのだ。
(本気なの?)
と、一時は心配したシーニャであったが、よくよく考えれば、悪ノリとおふざけはアマルルの真骨頂だ。今回も、単に挑戦者一番乗りを名乗りたかっただけで、深い意味はないのだろうと思い直した。
ならば。
「いいわよ。掛かってらっしゃい」
「わあい。じゃあ、いっくよー」
そう言って、柔技の真似事のような構えを取る。だがそれは素人同然、不格好で完全に隙だらけの様子だった。
シーニャが苦笑を噛み殺しながら同様に構えた、その時。アマルルがアウラの光をまとった。
「うっ……」
シーニャよりも一回り小柄な肢体を繭のように包む、薄紅色の輝き。ラルコやダカルとは異質の、だが洗練さにおいては勝るとも劣らないその光に、シーニャは一瞬動きを止めた。
(そうか、この子もアウラの真実については第一級の実力者。でも、その性質は戦いには不向きなはず。
ということは、防御力か)
「レー……レー……、レトゥルー……、トゥリンポアー……、ミャー……ミャー……、ミャー……ミャー……」
アマルルが、いつもの治癒術とは異なる、初めて耳にする詠唱を口ずさむ。
するとアウラの繭が、色味はそのままに、次第に大きく膨らんできた。
薄紅の光がジリジリと迫ってくる。シーニャは後ろに下がり距離を取って様子を見ようとして、だがすぐに足を止めた。
(見ているだけでは、何も判るはずがない。
ごめんね、アマルル。こうなったら初手から全力で行かせてもらうわ)
シーニャのアウラが鋭さを増す。蒼氷のきらめきが全身を包み、振りかぶる右腕から雷光がほとばしった。
「らああっ!」
結界の中に臆することなく飛び込み、雷撃を打ち込む。
と思われたが。
薄紅の光に触れたその瞬間、シーニャの身を包む光鎧が煙のように消え失せ、彼女はなぜか突進の勢いのままアマルルに体当たりして、抱き止められた。
光の繭が消えた後に立つのは、満面の笑みを振りまくアマルル。そして彼女に両手で抱えられ白目を剥いて気を失っている、シーニャ。
勝負は一瞬。というより、そもそもこれを勝負と呼べるのだろうか。
周りを取り囲むラルコ達は、言葉もない。
「うふふー。やったあー、最強のシーニャちゃんに勝ったよおー」
シーニャの肢体を抱えたまま、アマルルが勝利を宣言する。
ティグラがゴクリと息を飲み、それからようやく声を放った。
「い、今、何したの?」
「シーニャちゃんのアウラをねえー、はさみでチョキンって」
「え?」
「治癒術というのはねえー。対象者のアウラの流れを読み取ってー、小さな小さな乱れを一つずつ一つずつ拾いながらー、丁寧に丁寧に整えていくんだよおー。
それはそれは慎重にいー、細かなつながりと全体の調和に齟齬がないように注意しながらあー、レースを編み込んでいくみたいにチマチマチマチマとねえー。
シーニャちゃんの治癒術はー、まだまだその初歩中の初歩。みんながよくやってる、ただアウラを流し込むだけなんてのはあー、本当は治癒術とは言わないんだあー」
ラルコとダカルが顔を見合わせる。昨日、自分達がクロウレに施した、あれのことか。
「でもでもでもねえー。アウラの操術に限らず物事というのはあー、作るよりも壊す方が、ずうっと簡単なんだよおー。なあんにも考えずー、パーンてやるだけだしー。
こんなの子供でも出来るよねえー。まあまあまあ、私達だって子供だけどー」
「つまり……俺達の格闘術なんて、お前ら医術師の治癒術に較べれば子供のお遊びみたいなもんだと」
ニコリと笑うその眼が、一瞬昏い光を放ったように見えた。
「私もねえー。この何日かずうっとクロウのお世話をしててねえー。とっても疲れたんだあー。もうおなか一杯なんだあー。
それなのにいー。またまた目の前でえー。こーんなお下品な壊し方をされてえー。
シーニャちゃんてば、戦うにしてももう少しきれいにできるよねえー。
ラルコくんもラルコくんも、あの時もうちょっと別のやり方なかったのかなあー。
なあんて、思ってたらあー。そしたらー。
みんなも急に元気になっちゃってー、大はしゃぎしてるもんだからあー。
私はこんなに疲れてるのになあーって、それ見てたらあー。見てたらあー。
ちょっとだけちょっとだけ、ほんのちょっとだけ……。
ぶっ殺してやろうかなあー……って……」
立ち並ぶ皆の顔が蒼白になる。
全員横一列にアマルルの前に並び、膝をそろえ、地面に両手をついて。
「「「「申し訳ありませんでした!」」」」
それを無言で見降ろす、変わらぬ明るい笑顔。




