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39.裏庭にて


 翌日。

 ラルコたち十一歳組の面々は、裏庭の片隅に集まっていた。

 ダカル、ラルコ、シーニャ、トード、ティグラ、サングラ、ベアゴ。それにようやく回復したアマルルも加わっている。

 クロウレは、辛うじて命はつないだものの、まだまだ予断を許せる状況ではない。

 サコは、クロウレが死を免れたことで緊張の糸がほどけたのだろう。昨日はあのまま、彼の胸の上で意識を失ってしまった。

 今はクロウレの隣の部屋の、ラルコが使っていたベッドで眠っている。


 八人は、冬草の上に輪になって座って……、いた。

 ただそれだけ。何をするでもなく、みな気の抜けた顔で遠くの空を見上げていた。

 クロウレが、どうしてあんなことになってしまったのか。ラルコは事情をよく知っているはずのダカルに、問い正したい気持ちはあったのだが。

 ダカルは、いや他の皆も、そして当のラルコ自身もすっかり気力が萎えてしまい、朝からずっとこんな調子で言葉も交わさず、流れる雲を見つめながら、森の奥から届く鳥の声に耳を傾けていたのだった。


 既に鷺の月(二月)も半ばを過ぎ、寒空の中にもほんの僅かではあるが春の足音が聞こえ始めている。

 木々の芽はそれと判る程度に膨らみ、枯れた草地にも緑の色味が混じり始めている。森の奥からは時折、春誘鳥(ピープラ)の声も流れて来る。

 とはいえ、山頂を覆う白いものは溶ける気配を見せず、吹き降ろす風は氷の冷たさを孕んでいた。

 本格的な春は、いまだ遠い。


「ハクチュッ」


 沈黙の中に、突然響きわたる破裂音。アマルルだった。

 無言の視線が集まる。

 アマルルはグズグズと鼻をすすりながら、みなの注目を気にする様子もなく、変わらぬ呆け顔で前を見つめた。

 その正面に座っていたのは、ティグラだ。

 彼女の視線はまっすぐこちらに向けられていたが、その視界の中に自分が映っていないのは明らかだ。だがそれでも、少女に真正面からじっと見つめられて気恥ずかしくなり、横を向いたら、トードと目が合った。


「あ……、ひ、火でも焚く?」

「ん? ああ、そうだな」


 トードも、とくに意図があってティグラを見た訳ではない。彼がこちらを見たから、つられて眼を合わせただけだ。

 でも声をかけられたことで、この日初めて働く気力が沸いてきたのだろう。ノロノロと腰を上げると、近くの枯れ枝を拾い始めた。

 それを見た他の者も、無言で立ち上がりその辺に落ちている枝切れや吹き溜まりの枯葉などを拾い集める。

 それなりの量は、すぐに集まった。


「火、どうする?」

「厨房で種火をもらってくるか」

「あ、じゃあ私がやる」


 と、手を上げたのはシーニャだ。


「ああ、頼むよ」


 てっきり館へ走るのかと思ったら、彼女は何を思ったか、積み上げられた葉枝の前にしゃがみ込んで、その中に両手の人差し指を突き入れた。


「「ん?」」


 皆がいぶかし気に見つめる中、両手にアウラの光を灯す。

 その光は初めは手首の先全体を覆っていたが、やがて少しずつ前方へと集まって行き、それに従って輝きも強くなって行く。ついには、二つの指先が目もくらむような閃光を放ち始めた。

 シーニャが指先を寄せる。すると触れ合う寸前、その間に雷撃が走り、バチッと音を立てて弾けた。

 衝撃で枯葉が軽く飛ぶ。その後に、小さな炎と煙が立ち昇り始めた。


「ふう」


 シーニャは軽く息を吐くと、何事もなかったかのように焚火の前に腰を下ろした。


「なあ、シーニャ。今のなに?」


 隣に座るトードがたずねる。


「ん、なんとなく出来る気がした」

「へー」


 トードは、気持ちのこもらない声を返すと、シーニャにならって焚火を見つめた。

 が。


「「じゃなくて!」」


 トードとティグラが立ち上がった。


「何なんだよ、それ!」

「おかしいだろ! 雷を操るなんて、なんでいきなりそんな凄いことが出来るようになってんだよ!」

「うるさいなあ。これくらいどうってことないでしょ?」


 シーニャは地面に座り込んだまま、両手の指を立てた。

 それから先ほどと同じように先端に光を灯すと、ゆっくりと接近させる。すると、二つの指先の間でバチバチと音を立てて雷光が弾け飛んだ。


「い、いつから出来るようになってたんだ?」

「さっき」

「え?」

「だからあ、なんとなく出来るような気がしたのよ。

 こないだ、アウラを暴走させて庭を焼いちゃったじゃない? あの時みたいな感じで、でもこうやって二本指で通わせた方がうまく出来るかなって」


 そう言いながら今度は、右手の親指と人差し指の間で同じように雷光を飛ばしてみせる。


「あ、この方が簡単」


 皆が顔を見合わせる。

 その間も、シーニャは親指と人差し指を近づけたり遠ざけたりしながら、その間を走る雷光を弄んでいる。


「シーニャ、ちょっといいかな?」


 ラルコも腰を上げ、声をかけた。


「なに?」

「ちょっと立って。アウラをまとって見せてくれないか」

「いいけど」


 シーニャは立ち上がると、軽くお尻の泥を払った。

 そしてあくびでもしそうな緩い表情のまま、全身に蒼白の光をまとう。

 その姿を目にした皆が、息を飲んだ。


「すげ……」

「シーニャ、どうしちゃったんだ」

「へえー」


 以前の、陽炎のように揺れる不安定さは影をひそめ、トードやアマルルのような均一の輝きを放つ。しかも彼女自身には何の気負いも感じられず、ごく自然体のままその姿を保っていた。


「シーニャ、もっと気を込めてみて」

「ん」


 軽い表情のまま。だが身体を包む光は急激に輝きを増し、それでも乱れる様子はない。


「もっと」


 輝きが更に強くなり、刺すような鋭さを見せる。表情が厳しくなり、同時に以前と同じような小さな火花が弾け始めた。

 にもかかわらず、アウラ本体の安定した様子は変わらない。


「いいよ、力を抜いて」

「ふう」


 シーニャは小さく息を吐き、ラルコに余裕の笑みを返した。

 ラルコは、彼女の正面に立ち自分もアウラの光をまとった。


「シーニャ、いいかい?」


 自分以上に洗練された輝きを放ちながら拳を構える彼に、シーニャも顔から笑みを消して、構えをとる。

 その直後、ラルコがいきなり左手でシーニャの襟を掴みに来た。シーニャはそれを右手で払う。

 続いて右拳が顔面に襲いかかる。シーニャはそれも左手で難なく弾いた。

 そこから先は嵐のような連打。その全てをシーニャはさばき切り、なおかつ反撃さえしてみせた。

 しかもそのほとんどが目や喉、みぞおちなどの急所狙い。ラルコがそれを防ごうとすると、すかさずその手を捕らえて柔技(スプラァ)を仕掛けてこようとする。ヘタに拳を緩めようものなら、指一本でもへし折ろうと狙ってくる。

 対するラルコもただ受けるだけではない。防御をそのまま攻撃に転じ、打突と柔技を織り交ぜて休む暇を与えない。シーニャも同じだ。

 反撃に次ぐ反撃、息つく暇もない互角の攻防が続く。


 終焉は突然。ラルコの正拳がついに鉄壁の防御を突破してシーニャの顔面に炸裂し、彼女を後方に打ち飛ばした。

 のではなかった。

 拳が鼻面に触れる寸前、シーニャは信じがたい反射速度と柔軟性で自ら上体をのけぞらせ、打突と同じ速度で頭を後方にそらして攻撃をよけ切っていたのだ。しかも同時に膝を放ち、ラルコの伸び切った胴体を下から蹴り上げようとしていた。

 無論、ラルコはその攻撃も左手で受けて防いだ。


 上体を水平に見えるほどに後ろにのけぞらせ、片膝は前方に、両手は胸の上にラルコの拳に添えて、片脚で立つ。

 対するラルコは彼女の上に重なるように上体を一直線に突き出し、左手は彼女の膝を捉えていた。

 見事なバランスと、初めから示し合わせていたかような息ぴったりの姿勢。まるでダンスのフィニッシュシーンを見ているようであった。


「「おおー……」」


 観客たちの間に、溜息のような歓声が漏れる。


「あははっ、すごいやシーニャ」


 ラルコは彼女の背中に手を回し、抱き起した。

 シーニャは興奮に頬を上気させつつ、にっこりと笑い返す。

 仲間たちの拍手喝采が沸き起こった。


「すげー!」

「シーニャやるじゃん!」

「シーニャちゃんすごおーい」


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