38.光
ラルコは大きく息を吸い、自分の中へと潜って行った。
目指すは、初めて自分のアウラを見出した時に訪れた、魂の水底。暗い深淵の先にある、光り輝く魂の海だ。
あてもなく闇の中をさまよった前回とは違い、二度目の今日はさほどの労もなくたどり着くことが出来た。
それも当然のこと。確信さえあれば内面世界には距離も時間も関係ない、求める場所は常に自分の中にあるのだから。
ラルコは光の境界に達すると、臆することなくその中に入って行った。
そこは圧倒的な輝きに満ちた、白の世界。その中心に身を漂わせ、心を鎮めて、意識を開放する。
果てしない世界の、果ての彼方まで視界を広げ、すべての事象を感じ取る。
(ここは、僕の魂の世界だ。そしてこの世界のどこかに……)
握りしめた手を、静かに開く。
掌にあるのは、クロウレの胸の中に残されていた、魂のかけら。
この瞬間も、現実世界ではラルコの右手はクロウレの胸の上にある。掌を通じて、二人の内面世界と肉体はつながれていた。
クロウレと戦ったあの時、ラルコは破滅に向かおうとしていた彼の憎悪を溶かし、癒し、自分の中へと受け入れた。
その魂は自分の一部となって、この場所のどこかに眠っているはず。それを元通りに修復して再び肉体に送り戻せば、彼は生き返ることが出来るかもしれない。
ラルコはこの小さな破片を核として、クロウレの魂を復活させられないだろうかと思い立ったのだ。
だが果たして、それが自分に成せるか。
(さあ、おいで……)
ラルコは破片を掲げ、光の海に呼びかけた。
掌の上で、真白の世界にひとりたたずむその小さな影は、周囲に満ちる圧倒的な光の中では、今にも溶け消えてしまいそうなほどに儚い。
この無限の世界に己を示すには、あまりにも小さすぎる存在だった。
ラルコはしばらくの間、誘いの言葉を念じながら世界の隅々にまで感覚を広げ、待ち続けたが……。
白い世界には、何の変化も訪れなかった。
(駄目か)
既に彼のアウラは消え去ってしまったのか。それとも、自分に何かが足りないのか。
ラルコは諦めず、もう一度呼びかけた。
(クロウレ……、そこにいるのなら応えて……)
だがやはり、応答はない。
ラルコは少しやり方を変えてみることにした。
(このかけらは、クロウレの壊れた心そのものだ。やはりこれを癒す方が先か)
ラルコは破片を見つめた。
そこにある影の色味は、『悲しみ』と『絶望』と、『虚無』。それをアウラの光で癒し、溶かす。
もしもその中にほんのわずかでも『希望』が残されていれば、それがラルコにとっての希望にもなる。
だが何もなかったとしたら、すべては消え去り、復活の手掛かりは失われてしまう。
はじめは、自分の中にあるクロウレのアウラを呼び寄せ、それによってこのかけらを癒すつもりだった。
自分自身のアウラによる癒しであれば、影は減じることなくそのまま光へと転じ、消え去ることはないと考えたのだ。
でもやはりこの状態のままでは、周囲に働きかけるほどの力を呼び起こすには、無理があるのかもしれない。
ラルコは慎重に、文字通りわずかな『希望』も見逃すことのないよう見定めながら、掌の上のかけらにアウラの光を与えて行った。
少しずつ、少しずつ。羽根の先で撫でるように。
それでも、黒いかけらはラルコの強い光に屈するように、次第に影を失っていく。
このまま最後まで溶け切ってしまうかと思われた、が。
(いた!)
それは、真昼の空に星を見るほどの奇跡。
そこに必ずあるという確信がなければ、いや確信があったとしても、目に映るそれが錯覚でないという思い込みでもなければ、決して見えるはずがない。
それほどまでに小さな、兆し。
手放してはいけない。今度こそ守らなければならない。
(大丈夫、怖がらないで)
光にそっと呼びかける。
それは透明にきらめき、その身に新緑の香りを映し出す朝露の雫。クロウレの魂に刻まれた、原風景の色だ。
(さあ、友を呼ぼう)
始めはおずおずと、それから少し恥ずかしそうに。
ラルコの誘い応じるかのように、光は輝きを増していく。
(感じる……。ちゃんと生きている)
光の海に眠っていたクロウレが、目覚めた。
間近に……、彼方に……、清流のきらめきが微かな息吹をあげる。
小さな小さな、星屑たち。互いに求めあうように、引き寄せられてくる。
希望の光を高く掲げると、無数の星たちはさらに輝きを増して舞い集い、星雲となって渦を巻いた。
やがてそれは一つの星となり、初夏の陽射しに似たきらめきをほとばしらせる。
ラルコは、静かに目を開いた。
クロウレの胸の上に、緑鮮やかなアウラの光が見えた。
それを両手で掲げ、優しく、そっと、胸の空虚に納める。
若葉色の光が、全身に染みわたって行く。
ラルコはそれを見定めると、胸の上に右手を重ねた。
「さあ、君も一緒に」
ラルコの誘いに、サコは立ち上がり、彼の隣に手を添えた。
他の三人も同じように、クロウレを囲んで手を重ねる。
五人同時に、アウラの光をほとばしらせる。
クロウレの中心で、五つのアウラが渦を巻く。やがてそれは彼のアウラと一つになり、身体の隅々にまで行き渡った。
彼の全身が、まばゆいほどの光に包まれた。
「クロウレ……」
サコが、ささやくように呼びかける。
その時、皆の掌の下で、小さな、ほんの小さな応えがトクンと……ひとつだけ。
「クロウレ」
小さな応えが、もうひとつ。
「クロウレ! クロウレ!」
またひとつ。もうひとつ。一つ打つごとに、鼓動はより確かなものとなっていく。
そして……。
「ああ……」
皆の手を押し返すように、胸が大きく膨らむ。
ふうう……と、微かな音を立てて息が吐き出される。
ほんのわずかではあるが、顔肌に赤みが差したような、気がする。
それから波打つように繰り返す胸の動きを、五人は掌で存分に味わった。
「わああーっ! クロウレ! クロウレ!」
サコが彼の身体の上に身を投げ出し、泣きながら声を上げる。
ラルコはその様子を見ながらホッと息を吐き、手を引こうとした。その瞬間に体の力が抜けてしまい、膝を落としそうになって、シーニャに後ろから抱き止められた。
「大丈夫? またこんな無茶するから」
「はは、ごめん」
「うん。でも、お疲れ様……」
シーニャはラルコを抱き締める手に、力を込めた。
サコが、クロウレの胸に体を預けたまま、ラルコの手を取った。
「ラルコ」
「うん」
「ありがとう……」




