35.生と滅の狭間に
20マール先まで投げ飛ばされたクロウレが、ゆっくりと身体を起こす。
ラルコは呼吸を整えながら、アウラを更に沸き立たせた。
(なんて激しくて強いアウラなんだ。でも、このまま続けていたらクロウレ自身が危ない……)
ラルコが危惧したのは、そのあまりの乱れ様だった。
ここまでの攻防は、ラルコが優位に立っている。クロウレの攻撃は激烈だったが、ラルコはその全てを受け切り、なおかつ反撃で圧倒していた。
身にまとうアウラも、激しい戦いの中で安定した輝きを保ち続けていた。
一方クロウレのアウラは、燃えさかる炎のように荒れ狂い、灼熱を放ちながら彼の身体にまとわりついている。
完全に制御不能に陥っているように見受けられるのだが、それでも撃ち合えば固く、強く、明確な手ごたえを伝えて来る。
だがラルコには見えていた。そこにクロウレの意志はなく、彼の心は激情の嵐に飲みこまれて、失われかけていることが。
(あれではアウラと肉体を一つにしているなんて、とても言えない。アウラが、肉体を人形のように操っているみたいだ)
魂が肉体を操るなら、それは間違いではない。魂とは、己自身に他ならないのだから。
だがラルコは、今戦っている相手の中に、クロウレの意識を感じることが出来なかった。
(あそこにいるのは、誰だ。僕はいったい、何と戦っているんだ)
戸惑いと焦りが、極限の集中を妨げる。クロウレが眼前に迫った時、ラルコは一瞬の隙を見せていた。
「があああっ!」
咆哮とともに放たれた剛拳が、顔面に炸裂する。
先ほどとは反対に、ラルコはその一撃で後方に打ち飛ばされた。
「くっ」
アウラで護っている身体に痛みはない。ラルコは草地の上に落ちる寸前、片手で地面を叩き身をひるがえして、きれいに降り立った。
そこにクロウレが追いすがり、連打を浴びせて来る。
「うららららああっ!」
嵐のような乱撃。打つほどに、蹴るほどに、彼のアウラは勢いを増し燃え立つ。
ラルコは息をもつかせぬ攻撃を左腕一本でさばきつつ、右手を振りかぶった。
(考えている余裕はない。この一発で、ケリをつける!)
ぶつかり合うアウラが火花と衝撃を走らせるが、慣れてしまえばどうということはない。それに相手の攻撃は単調なうえ、闘志がむき出しで先読みも容易だ。
対応は、片手で充分。
ラルコは息を吐きながら右腕に更なる気を流し込み、硬いクリスタルの武装で覆った。
激しい打蹴の間にわずかに覗く間隙に、渾身の一撃を叩きこむ。
白金に輝く光拳は、炎の鎧を貫きクロウレの胸を打ち破った。
かに見えたその瞬間、彼の赤黒いアウラが意志あるもののごとく蠢き、ラルコの右腕を絡め取った。
「なにっ!」
右腕を抑え込まれて身動きの取れなくなったラルコに、再び嵐の連打が襲いかかる。
同時に闇茜のアウラは更に触手を伸ばし、ラルコの体を取り込もうとした。
ラルコは左手で応戦しつつ、右腕のアウラを解き放った。
閃光がはじけ、まとい付こうとする触手を吹き飛ばす。
ラルコはその勢いで後ろに飛び退り、距離を取って離れた。
(くそっ、しくじった。
何だ今のアウラは、まるで生き物のように……)
クロウレが、獣のような咆哮を放つ。
アウラが紅蓮の炎となって燃え上がり、彼の身体を押し包む。
ラルコの眼にはその姿が、アウラがクロウレ自身を焼き尽くそうとしているかのように映った。
(いけない、このままでは……。先生!)
だが振り向いたラルコが見たのは、腕を組んだまま微動だにせずこちらを見据える、スカラーツ先生。
そして遠巻きに立ち並ぶ他の先生達も誰一人として、ドーク館長ですら動く気配を見せなかった。
(どういうことなんだ。他の人達には、この状況が見えていないのか!)
しかし他の子供達、十一歳組の仲間や先輩達はみな眼を見開いて、おびえ切った視線を向けて来ている。小さな悲鳴を漏らす者も……。
いや、違う。やはり十四歳組と十五歳組は、先生達と同じように静かな目でこちらを見ている。
(まさか、あの人達にはこうなることが最初から判っていたとでも!)
クロウレのアウラが、形状を変えたように見えた。
赤い部分が中央に集まり、外側は黒煙のようなアウラが揺らめいている。赤のアウラは次第に核を成し、鮮やかな真紅へと色を転じて、輝きを増していく。
クロウレは苦悶に顔を歪ませ、自らの胸を掻き抱きもがいていた。
(クロウレのアウラが壊れる!)
シーニャの暴走と似て、だが明らかに非なるもの。
彼女のそれが、内からあふれ出たアウラのごく一部を放出しただけだったのに対し、今、眼前で繰り広げられているのは、クロウレの魂そのものが崩壊し果てようとしている、その前兆だ。
このままでは、彼の命が失われてしまう。
いやそれどころか、もしもあのアウラが全て力となって解放されたら、シーニャの時とは較べものにならないほどの惨劇をこの場に生むことになるだろう。
ここにいる、全員の身が危うい。
(こうなったら、僕のアウラを使って力ずくで抑え込むしかない)
可能かどうかは判らない。だが誰の助けも得られない今の状況では、他に方法などない。
ラルコがクロウレに向かって駆け出そうとした、その時。クロウレが顔を上げ、こちらを睨みつけた。
その両眼が爛ときらめき、振りかぶる右腕が眩いほどの光をまとう。
「がああっ!」
咆哮とともに撃ち放たれたのは、真紅の光弾。空気を切り裂き、音よりも速く一直線に向かってくる。
ラルコはとっさに全身をクリスタルの鎧で護り、正面から迎え撃とうとした。
が、自分の意志とは無関係に身体が動いたのは、アウラの働きによるものか。ラルコは寸前で身体をそらし、鎧をまとった左腕でかすめるように弾いた。
光弾はわずかに軌道を変え、後ろに立ち並んだ者達の頭上を越えて、広場の隅に立つ一本の木に当たった。
轟音が辺りを揺るがし、立木は根元から粉々になった。
あれをまともに受けていたら、ラルコもただでは済まなかっただろう。
「みんな、離れろ!」
悲鳴と怒号が交差する中、ラルコは背後に向かってそう叫びながら、前に突進した。
その目指す先から、更なる脅威が襲いかかる。
クロウレが両手をこちらに向け、光弾を次々と浴びせかけて来たのだ。
(しまった、避け切れない!)
破滅の光が、嵐となって向かってくる。
逃げ場のない絶体絶命の危機に、アウラが燃え上がった。
両の瞳が虹色に煌く。同時に視界から色彩が消え、世界は白と黒のみに染め上げられた。
音が消え、風が眠る。世界が凍りつく。
以前一度だけ経験した、異次元の反応速度。ラルコが超速の境界を越えたのだ。
向かい来る光弾も、こちらに達することはない。
時の止まった世界の中でただ一人、ラルコは動かぬ光の奔流の中を駆け抜けた。
アウラで身体を動かすのでなく、アウラが身体を支配する。ラルコはそれによって肉体に何ら負担をかけることなく、光の速度に達していた。
だがこの時、ラルコに明瞭な意識はなかった。
魂の命ずるまま、己を害そうとする者を滅すべく、悪意の発する源へと一直線に向かっていたのだ。
それは、目の前にあった。
黒い靄の中で煌めく、妖しい光の核。これが崩壊する時、そこに蓄えられた昏い力の全ては解放され、周囲に死と破壊をまき散らすことになるだろう。
そうなったら、ラルコだけでなく、近くにいる全ての者の命が危険にさらされる。
(ソレハ、マモラネバナラヌモノダ)
守ること。それは魂の誓約。
その使命を果たすことでのみ、自分はこの世界に存在することを許されている。
そう、魂が告げた。
その命に従い、ラルコは黒いアウラの中に手を突き入れ、光の核を掴んだ。
熱い。まるで溶けかかった岩のようだ。
動きは止まっているが、そこに封じられている膨大な力は、感じることが出来た。
掌にアウラを込め握りしめると、既に壊れかけていたそれは、わずかな抵抗をみせた後、熟した橙柑のようにぐしゃりと潰れた。
殻を破られた力は、奔流となって一気にあふれ出すかに見えた。だがそれが動き出すより速く、ラルコは光の泉を自分のアウラで包み込んだ。
その源にあるのは、求めるものを得られなかった無念と、尽きることのない慟哭。
ラルコのアウラはそれを力づくで抑え付けるのではなく、赦し、解し、自らの中に受け入れた。
慈愛のアウラの中で、灼熱の塊は少しずつ溶け、光を減じていく。
やがてそれは小さな結晶となり、最後は淡雪のように静かに消えて行った。
危機は去った。
闇に堕ち破滅へと向かおうとしていた負のアウラは、白金の光によって癒され、昇華した。
ラルコの瞳から虹色の光が消え、再び時が動き出す。
世界に色が戻り、音も、風も、陽の光も揺らめきを奏で始めた。
夢から醒めるように、現実が戻ってきた。
そしてラルコは、見た。
クロウレが、顔が接するほど間近に向き合い、光の消えた虚ろな眼でこちらを見つめているのを。
自分の手が彼の胸を突き破り、その心臓を握り潰しているのを。




