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34.決戦


 五日目の朝が来た。


 決戦の場は、平時と変わらず館の裏庭となる広場だ。

 暁の館は、カリグー山麓の東面、森と草原が交じり合うように連なる広い裾野の、中ほどに建っている。

 正面玄関のある南側が森に面しているため、北側に広がる草地は裏庭と呼ばれているが、館の敷地として認識されているのは柵で仕切られている500マールほどまでの範囲であり、その先には更に広大な草原が続いている。

 彼方を見渡せば、左手には天を目指すかのごとく反り上がる勇壮な山肌を望み、右手は果てしなく広がる大地が、緩やかな傾斜を伴って地平へと溶け込んで行く。夜明けには、朱色に燃え上がる東の空と、そこから生まれ出る金色の太陽を毎日見ることが出来た。

 四季折々の風も、陽の光も。カリグーの懐に抱かれた雄大な自然の全てが、館に暮らす子供たちの揺り籠となっていた。


 朝日が照らす中、ラルコは特訓を手伝ってくれた仲間達と共に、広場の中央でクロウレとダカルが来るのを待っていた。

 二人はあれ以来ずっと、他の者達とは別行動を取っていた。

 食事もどこで取っているのか、食堂にも姿を現さない。夜にはさすがに戻っていたはずだが、自室は別なので誰もあえて部屋を訪ねようとはしなかった。


 広場には十一歳組の仲間の他に、十二歳組から最年長の十五歳組までの面々と、先生達も集まっている。

 十歳組より下の子供らの姿は、見当たらない。

 アウラの修練を始めるのが十一歳組からであることと関係しているのかも知れない。どうやらこれは単なる興味本位ではなく、修練の一環としての見学のようだ。


 だがラルコは、集まった先輩達を見渡して妙なことに気付いた。

 十二歳組や十三組の者達は皆、単純にこの対決を楽しみにしている様子だ。かねてから噂となっていた金髪の美少年の戦いぶりをやっと目にすることが出来ると、はしゃぎ声を抑えようともしない。

 それに対し十四歳、十五歳組は騒ぎ立てるような様子はなく、静かに佇んでじっとこちらを見つめている。

 その視線には、敵意ではないが、明らかな緊張が含まれていた。


 どういうことなのだろう。もしかしたら、自分を警戒しているのだろうか。

 と、ラルコがそちらに意識を傾けようとした、その時だった。

 広場にざわつきが巻き起こった。クロウレとダカルが姿を現したのだ。


 筋骨たくましく浅黒い肌のクロウレは、まっすぐ前を見据えながら、広場の中央に向かってゆっくりと歩いて来る。

 全身に気迫をまとい眼光をたぎらせているが、ラルコを視界に入れているのかいないのか、彼に目を向けても、視線を交わし睨みつけて来るという気配は感じられなかった。

 その後ろから、長身のダカルがついて来る。唇をきつく結び、クロウレよりも更に固い表情で。

 その心に浮かんでいるのは、緊張と、不安と、後悔。

 数日前の自信に満ちた彼とは別人のような意識の乱れ様に、ラルコは訝しむよりも、むしろ戦慄を憶えた。

 そう感じたのは、ラルコだけではなかったらしい。

 ラルコの側に立って彼らを迎えた他の仲間たちも、軽く挑発の言葉を投げかけようとして、彼らの顔を見たとたんに口をつぐんだ。


「おいおい……」

「どうしたんだよ。お前ら本気になりすぎ……」


 トードとティグラが声をかけようとするが、その瞬間にクロウレに睨まれ、次の言葉を飲み込む。

 その間ラルコは、視線とは別に自分に向けられている激しい憎悪と、その後ろに立つダカルから流れて来る無念の意識に、危機感を募らせていた。


(いったいどうなっているんだ。この四日間に何があったというんだ)


 ダカルの意識を深く読み取ろうとしたが、本人もいまだ混乱の中にあるらしく、はっきりとは読み切れない。

 だが彼は、ラルコの視線に気付くと、こちらをじっと見据えて目で語りかけてきた。


(すまない、ラルコ)


 もちろん、彼がラルコの読心の力を知るはずはない。

 だが能力によってでなくても、その目にはすがるような想いと焦燥が表れている。それを読み取るのは容易だった。


「よし、ではこれより仕合を開始する。クロウレとラルコ以外は下がれ」


 スカラーツ先生の言葉で、ダカルとシーニャ達が離れて行く。


「頑張ってね、ラルコ」

「気を付けろよ。あいつ、何かおかしいぞ」

「うん、ありがとう」


 ラルコとクロウレ、そしてスカラーツ先生の三人を中央に置き、他の者達は百マールほど離れて円を作った。


「では二人とも、準備はいいか。

 約束通り、気の済むまでやっていい。アウラの真実を存分に使いこなせ。

 ただし、命にかかわるような急所突きと、アウラによる直接攻撃は無しだ」


「えっ? 先生、どういうことですか?」


 アウラを使うのはいいけど、アウラで攻撃してはいけないとは?


「ああすまん。つまりだな、アウラをまとった状態での殴る、蹴るは構わない。だがそれ以上の攻撃は駄目ということだ」


 それ以上……、とは?

 ラルコがもう一度尋ねようとする前に、先生は手を上げた。


「では二人とも下がって」


 ラルコとクロウレが、距離を取る。

 スカラーツ先生も後ろに下がり、そして。


「始めっ!」


 合図と同時に、ラルコは自身のアウラを燃え立たせた。

 肉体とアウラを重ね合わせ、更に光鎧で身を包む。だがその鎧は、クリスタルの外殻ではなく薄絹のような滑らかさを備えていた。

 この四日の間に、ラルコの操術は更に進化していたのだ。

 対するクロウレもまた、己の体をアウラの光で包み込んだ。

 赤く、黒く。ゆらゆらと燃え上がるそれは、炎の灼熱と深い闇を備えた、ラルコとは正反対の様相を呈していた。


(あのアウラは、いったい何だ。あれではとても……)


 とまどいつつラルコが身構える。それよりも早く、クロウレは地面を蹴りこちらに突進してきた。

 右の拳がラルコの顔面を襲う。

 ラルコは軽く身をかわしながら、左手で弾こうとする。

 ラルコのまとう白金(プレトゥヌ)のアウラと、クロウレの闇茜(ガラスロジェ)のアウラ。二つのアウラがぶつかり合った瞬間、激しい火花がその間にほとばしり、落雷のような衝撃を双方に伝えた。

 ラルコとクロウレは互いに飛び退り、驚愕と共に自分の腕を見つめた。


(大丈夫だ。身体に異常はない)


 ラルコが安堵する暇も与えず、クロウレが再び襲いかかる。

 繰り出された右拳をラルコはまたも弾く。先程と同じ火花と衝撃が二人を襲ったが、今度はあらかじめ予期していたため、衝撃が走ると同時に自分の意思で抑え込むことが出来た。

 間髪を入れずクロウレが豪拳を放つ。ラルコが弾く。回し蹴りが襲う。腕で受ける。ラルコの拳が顔面を狙う。クロウレが払う。掴みかかる。蹴り飛ばす。かわす。殴る。蹴る。払う。

 二人の拳が、脚が、ぶつかり合うたびに閃光が弾け、衝撃が空気を震わす。

 いつ果てるとも知れぬ激しい撃ち合いの中で、だがラルコは思いもしなかった状況に戸惑っていた。


(まさか、こんなことが……。いったいクロウレはどうしてしまったんだ)


 ラルコが驚いたのは、クロウレの攻撃の激しさにではない。

 その戦い方が、あまりにも稚拙だったからだ。


(攻撃の意思が丸見えじゃないか。それに動きも鈍いし、技も何もあったもんじゃない。

 これでは、十歳組の子と戦っているようなものだ!)


 無論、戦いの最中に相手の意識を読むなど、ラルコ以外の者に可能なはずがない。だが十一歳組の他の者達はみな、戦いに際しては鏡明止水、無心の境地で臨んでいた。

 おそらくそれは、アウラの真実を得ていることと無関係ではないのだろう。頭で考えて身体を動かすのではなく、(アウラ)で感じ、(アウラ)で動く。その(すべ)を体得しているのだ。

 だが今のクロウレは、それが充分に働いていない。

 身にまとうアウラの力は相当なものだが、肉体とそれがうまく結ばれていないのだ。

 むしろアウラの揺動が激しすぎて、体の動きを妨害しているように見える。明らかに、暴走寸前の様相だった。

 

 繰り出された右拳を、ラルコは体を捻ってかわしながら片手で掴み取った。

 クロウレが振り払おうとする。その手首を絶妙な間合いで捻り返し、力の流れを支配し何倍にも増幅させて、相手に押し戻す。

 柔技(スプラア)。シーニャ直伝、その技を更に洗練させた絶技が炸裂し、クロウレはきれいに弧を描いて、背中から地面に叩きつけられた。


「ぐううう……」


 苦鳴を漏らしつつ、クロウレが立ち上がろうとする。

 その脚を払いつつ、再び腕を取って振り回す。重心を崩されたクロウレの身体は容易く宙に浮き、渾身の力で投げ飛ばされて、草地の上を転がって行った。


「ふううっ」


 ラルコは大きく息を吐き、呼吸を整えた。




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