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33.一丸となって


 ラルコは、昨日の出来事を全て二人に話した。

 ダカルが何を思ってクロウレの味方についたのか、その彼がどうして敵であるラルコに手を貸そうとしたのか。

 そしてどのような特訓をラルコに施したのかを。



―― * ―― * ――



 ダカルの仕合は、見学したことはあるが、実際に戦うのは初めてのことだった。

 戦ってみて、改めて実感した。ダカルの力量は、確かに十一歳組最強に間違いなかった。


 トードより鋭く、ティグラより力強く、そしてシーニャよりもしなやか。

 柔技(スプラア)の技術だけなら、シーニャの方が勝っているだろう。俊敏さについても、全身にアウラを満たした状態のラルコなら対応は十分可能だった。

 だがそれらを補って余りある実力の差が、彼との間にはあった。


 ラルコ達との一番の違いは、技の連携だ。

 彼の無駄のない体捌きと較べれば、ラルコも含め落ちこぼれ四人組のそれは、一つ一つの動きがバラバラで、隙が多い。

 原因の一つは、構える、振りかぶるなどの予備動作が大きいこと。それが技の連続性を阻害する要因となっている。

 ダカルは予備動作そのものが小さく、しかも前の動きが終わる前に次の動作が始まっている。そのうえ相手の動きに対する反応も抜群だ。

 その結果、攻撃も防御も全てが一体となってつながり、まるでダンスのような美しさと切れを醸出しているのだ。


 そして力の差は、アウラの操術において更に明白だった。

 彼のやり方は、基本的にはラルコに似ていた。不必要に外に顕さず、己の肉体を操る、というよりも肉体を活性化させるという点に、重きを置いている。

 ラルコも己の肉体を操ることについてはそれなりの力を発揮したが、回数を重ねるにつれ、練度の差は歴然となった。

 ましてや外装については、初心者の域を出ないラルコとは、較ぶべくもない。

 彼のまとう光の鎧は、トードのそれと同じくらいに淀みがなく、しかも苛烈な戦いの中においても乱れることがなかった。

 ダカルはそれらの技術を惜しみなくラルコに披露し、果ては手をつなぎアウラを通わせてまで、全てを晒して見せてくれた。


 その体験はラルコにとって、次の段階へと進む新たなる扉となった。

 同時に彼の真意も、しっかりと受け止めたのだった。


―― * ―― * ――



「なるほどね。まさかダカルまでこっちの味方をしてくれるなんてびっくりしたけど、聞いてみれば確かにあいつらしいわ」

「ダカルはやっぱりダカルってことか」


 二人とも、ラルコの話に一応は納得したようだった。

 もっとも、あのダカルに悪意などあろうはずもないのは、初めから判っていることではあったが。

 だがシーニャには、別の不満があるようだ。


「にしても、馬鹿馬鹿しい話ね。ロスコア人がみんな私達みたいだなんて、そんなことある訳ないじゃない」

「みんなとまでは言ってないよ。でも、自分達とロスコア人の資質の違いを考えてしまったのだと思う」

「だって、ラルコはキャラコルクのなんとかって村の出身なんでしょ? ブルメリア人じゃないの」

「いや、それもはっきりしないんだけど」


 まだ何か言いたそうな顔で、じっとこちらを睨み付けてくる。シーニャの憤懣は、ラルコにもよく理解できた。

 体力に劣る女子の身体に生まれ、アウラの制御すら満足に出来ない彼女にしてみれば、才能という言葉ほど自分に似つかわしくないものはないと思っている。そんな自分が羨望の対象になるなど、悪い冗談としか思えないのだ。

 それに彼女は、自分の非力を知りながらも、いや自覚があればこそ、これまで後ろ向きな考えを持ったことは一度もない。

 男のくせに、何を女々しいことを……。

 と、言いたいことを口には出さず、あくまで前向きな態度を貫こうとするのもまた、彼女の持つ賞賛すべき美徳の一つであった。


「ま、どうでもいいわ。

 さあ、そんなことよりもラルコ。あなたが会得したというその技を、早く私たちに教えてちょうだい」

「うん。じゃあ、さっきと同じようにやってみよう。手をつないで」


 ラルコはシーニャと向かい合い、右手で彼女の左手を取って、それから自分の身体の中をアウラで満たした。


(シーニャ、感じる?)

(うん……。すごい、これが君のアウラなの……。

 なんてきれいな流れ。こないだ怪我した時にも触れたけど、あの時とは全然違う)

(あの時はまだ、アウラなんて知らなかったからね。

 じゃあ、さっきと同じように襟をつかみに行くから、構えて)


 片手を繋いだまま、ラルコが左手を肩の高さまで上げると、シーニャはそれに合わせるように右手を構えた。


(行くよ)


 シーニャの視線は、ラルコの左手に集中している。右手はその正面、触れんばかりの近さだ。

 その二人を、トードとスカラーツ先生がじっと見つめている。


 ラルコの指先がほんの微か、震えるほどに動いた。

 その一瞬を見逃さず、シーニャが掴みかかる。が、その一閃は空を切り、同時に彼女の襟首は、ラルコの手の中にあった。


「なっ!」

「もう一度。いい?」


 手を引き、再び向かい合わせで構える。

 シーニャが今度こそ逃すまいと、ラルコの左手に全神経を集中した。その直後。

 あっさりと襟を掴み取られていた。


「どう? 判った?」

「ぜ、全然……」


 油断など、決してしていない。一瞬たりとも目を離さず、彼の指先を見つめていたはずなのだ。


(じゃあ、今の感覚を再現してみせるから)


 ラルコは記憶を蘇らせ、アウラの流れを示して、自分の眼に何が映っていたのか、二人の間で何が起きたのかをシーニャに伝えた。


 それは、ぴたりと閉じられている扉の隙間から、わずかに漏れ出る光を見るようなもの。

 明るい部屋の中からは気付かなくても、廊下の暗闇に立って見れば、一筋の光を見つけるのは容易い。

 シーニャはたしかに、ラルコの動きに全神経を集中していた。だが、観察から攻撃に転じようとした一瞬、自分の肉体を動かそうとした刹那、ほんのわずかだけ意識がラルコを離れ、己の内側に向いた。

 そのわずかな間隙、意識の死角を突いてラルコは攻撃したのだ。


「信じられない。こんなの、教えられたからって出来るようなことじゃないわ」

「そんなことはないよ。アウラをきちんと使いこなせば、君にもできるさ」


 続いてトードにも同じことをして見せたが、結果は同様だった。

 トードは何度も食らい付き、やり直しを求めたが、何度やってもラルコを捕まえることが出来なかった。

 さらにティグラをぶっ飛ばした光鎧に至っては、「ダカルの真似をしてみただけだよ」と、涼し気に言い放つ。

 初日の仕合でシーニャの技に手も足も出なかったのが嘘のような、圧倒的な上達ぶり。五日どころではない、ラルコはたった一日で一年分の進化を遂げてしまったのだ。

 彼の天才は、アウラの真実によってその真価を発揮したようだ。


「く……っ」


 先ほどまでの強気はどこへやら。シーニャはガックリとうなだれ、拳を震わせた。


「さ……才能の差……」


 それまで黙っていたスカラーツ先生は、うんと軽くうなずくと、ラルコの左手を取った。


「よし、ちょっとアウラをまとってみろ」

「はい」


 ラルコの体が白金の光に包まれる。


「ふむ」


 先生は何かを確かめるように再び声を漏らすと、いきなりラルコの顔めがけて拳をふるった。

 突然の攻撃を、ラルコは軽く頭をそらすだけでかわす。一瞬の間も置かず次の一撃が襲う。それも難なく逃れる。

 その後も次々と繰り出されて来る鉄拳の全てを、ラルコは平然とかわしてのけた。それも片手をつないだままでだ。


「なるほどな、大した上達ぶりだ。これならクロウレとも互角にやれるだろう」

「ありがとうございます。でも……」

「ああ、互角ではまだ足りない。

 しかし困ったな。他の三人も一緒に成長してもらおうと思っていたのに、一人だけこんなに先に行かれたのでは、修練にならないな」

「じゃあ、先生が相手してやればいいじゃん」


 トードの言葉に、スカラーツ先生は首を振る。


「それは駄目だ」

「どうして? 先生が手助けするのは不公平だから?」


 と、シーニャ。


「そうじゃない、俺がやるとラルコを殺しかねないからだ」

「「えっ」」

「俺は、手加減というものが苦手なんだ。

 実は、以前よそで色々やらかしてしまってな。こうして教師なんて柄にもないことをやっているのも、しばらく子供たちと生活を共にして手加減というものを憶えろと、ドーク館長に言われたからなんだ」


「しばらくって、三年前に私が来た時にはもう先生やってたわよね」

「俺が来たのは五歳の時なんだけど、その時にはもう」

「手加減……、まだ憶えられないの?」

「一番成長してないのは先生じゃねーのかよ」


 スカラーツ先生は無言で空を見つめ、頭を掻く。


「でも、それじゃあどうするの?」

「うーん……」


 と、そろって腕を組んで唸っていた時だった。


「つまり、私達の出番ということね!」


 突然の声に皆が振り返ると、そこには四人の男女が立っていた。


「あんた達ばかりこんな面白そうなことやってないで、私達も仲間に入れなさいよね!」


 腰に手を当て、声を張り上げているのはサコ・カリグーだ。

 その後ろに、アマルル・タランドー、サングラ・カリグー、ベアゴ・ノーポールの三人が並んでいる。


「先生があー、遊んでくれないからー、飽きちゃったんですけどおー」

「ぼ、僕は別にいいんだけど……」

「……」


 小柄なアマルルが相変わらずの笑顔を振りまきながら文句を言い、細身でとても戦い向きとは言い難い体つきのサングラは、目をそらしたままボソボソとつぶやく。

 唯一、大柄で筋骨隆々の肉体を持つベアゴは、無言でじっとこちらを見ている。普段から無口な彼が口を開くところを、ラルコはまだ見たことがなかった。


「えっと、それはとても有難いんだけど」


 ラルコがスカラーツ先生を見上げる。


「そうだな。この際お前達にも手伝ってもらおうか」

「ちょっと待ってよ。先生には落ちこぼれなんて言われちゃったけど、格闘に関してだけなら、あなた達よりも私達の方が上のはずよ。

 大丈夫なの?」

「お前らが相手じゃ、ラルコだって困るだろう。女二人にヒョロヒョロに、一見まともそうに見えるベアゴだって、いつもただ突っ立ってるだけだし」


 シーニャとトードが言い立てるが、サコは動じない。


「あら、それは一対一でやった場合の話でしょ? 一人で相手にならないのなら、二人掛かり、三人掛かりでやればいいのよ。

 ラルコくんがいくら強くなったからって、六対一ならそう簡単にやられやしないわ。

 そうでしょ、先生?」

「ああ、こうなったらそれしかないだろう」

「でしょでしょ? よーし、みんなで力を合わせて頑張ろー!」

「おーっ!」

「お、おー」

「おー?」

「……」


 サコの掛け声に、元気一杯に応えたのはアマルルただ一人だけで、他の者達は渋々、いやむしろ本当にいいのかと首を傾げつつ、力なく声を上げた。

 そしてラルコは。


「あのー」

「どうしたの? まさか怖気づいたんじゃないでしょうね」

「いや、そうじゃないんだけど。その前に……」


 そう言いながら、広場の隅を指差す。


「アマルル。済まないけど、あそこに倒れているティグラを、介抱してあげてくれないかな」




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