30.四者四様
「さてと、ティグラはどうだ?」
「ううー……っ」
灰色と白のアウラをまとったティグラは、今にも力尽きそうなほどに全身を震わせながらも、先ほどと変わらぬ形状を保っている。
逃げ腰な口ぶりとは裏腹のこの集中力は、じゅうぶん称賛に値するものではあるが、その正面に立ってニヤニヤと笑いながら腕を回しているトードを見れば、それがやる気のなせる技なのか、それとも殴られる恐怖との戦いの結果なのかは、微妙なところだった。
むしろ感心すべきは、余裕の表情で安定したアウラを操るトードの方だ。
スカラーツ先生は二人の様子を見較べてから、彼に声をかけた。
「ふむ。どうだトード、お前もラルコと同じようにやってみるか」
「えっ。無理だよ、こんな器用なこと。俺にできるわけないじゃん」
「いいからやってみろ。右手に意識を集中して、拳を強いアウラで覆うんだ」
「んー。こうか? んんーっ」
トードが右手を顔の前に掲げ、意識を集中する。
すると拳を包むアウラが輝きを増したが、その代わりに全身のアウラが乱れ始めた。
「んっ、んんっ……くっ!」
さらに気を込めると、体を包むアウラは風に吹かれたようにふうっと消え去ってしまい、代わって拳が橙色の炎を激しく立ち昇らせる。
だがその炎も不安定にゆらめいた後、すぐに消えてしまった。
「ぶはあーっ」
トードは大きく息を吐き、地面に膝をついた。
「はあっ、はあっ……。な、なんだこりゃ。ラルコはこんなややこしい事をやってるのか。まるで手足をバラバラに操っているようなもんじゃないか」
「ラルコだけじゃないぞ。ティグラがやっているのも同じことだ」
「えっ?」
トードが思わずティグラを見る。ティグラはトードと目が合うと、汗まみれの顔にニヤリと笑みを浮かべた。
「せん……せい……。トードを……殴っていいですか? こいつ、俺より先にアウラを解いちゃいましたよ」
「ああ、それもそうだな。いいぞ」
「ちょっ! 先生!」
「へへ……」
ティグラはトードを見据えながら、拳を振り上げた。
「逃げるなよ。うらあっ!」
「くっ」
トードはとっさに後ろに飛び退りながら、再びアウラを沸き立たせ、全身を包んだ。
その腹部に、同じくアウラをまとったティグラの拳が突き刺さる。
「ぐうっ」
間一髪。渾身の一撃は光の鎧に阻まれ、トードはティグラの拳を腹部に受けたまま、その場に踏みとどまった。
「くそっ」
「へへっ、そう簡単にやられるかよ」
「ちくしょー。先生ー、同じアウラをまとった同士じゃ、殴り合っても意味ないんじゃないですかあ?」
「そんなことあるもんか。アウラも肉体と同じこと、一つとして同じものなんてない。人それぞれ、そして日々変わり行くものだ。
戦いはいつも、強い方が勝つ」
「うーん」
「ということで、ラルコはどんな感じだ?」
と、再びラルコに目を向けた三人は、驚愕に目を見開いた。
「ラ、ラルコ。お前、いったい何してんの……」
「おいおい、俺はそこまでやれとは言ってないぞ」
なんと、額に汗をにじませ、必死の形相で前方に突き出すラルコの右腕が、鉄の鎧どころか、光輝く一本の剣と化していたのだ。
長さはさほどではないが、短剣にしては幅が広すぎる。いうなれば、両刃の長剣の剣先の部分だけが、拳から生えているような感じだった。
もちろん、実体があるわけではない。だが手を伸ばせば触れられそうなほどに、その剣は明瞭な存在感を顕わにしていた。
皆の声が耳に入っていない様子のラルコは、自分の右腕を凝視しながらブツブツと何かを唱えていた。
「固く……強く……鋭く……。固く……強く……鋭く……。固く……強く……」
言葉もないティグラとトードの傍らで、スカラーツ先生が感嘆の声を漏らす。
「詠唱だ……」
「「詠唱?」」
「そうだ。想いを口に出すことで、意識をより一点に集中し、心象を確定する。本来なら十三歳組で学ぶ技だ」
二人が顔を見合わせる。
「それってもしかして……」
「アマルルがやってるのと同じなんじゃ……」
「そうさ。アマルルが医術師を目指しているのは知っているだろう?
あの子はお前らと違って勉強熱心でな。ずっと以前から書庫の魔導書を読み漁って、ひとりで学んでいたのさ。
我々教師陣も、あの子なら道を誤ることはないだろうと、特別の許可を与えて個別に指導していたんだ」
「道理で……」
「あいつの治癒術は、先生以上だもんな」
「だがまさかラルコがこんなに早く、しかも独力でやってしまうとは予想外だったな。
しかし、だ」
スカラーツ先生はラルコの前に立って両腕を大きく広げると、彼の鼻先で、パンッ! と大きな音を立てて手を打った。
「わっ!」
己の拳に意識を集中していたラルコは、突然目の前で発せられた破裂音で我に返った。
同時に、体を包んでいたアウラの光も一瞬で消え失せる。
「そこまでだ、ラルコ。また暴走しかかっていたぞ」
「せっ、先生……」
「やれやれ、いったい君はどこまで突っ走って行ってしまうんだろうな。
まあでも、そこまで出来れば合格だ。今日はこれくらいにして、もう一度最初からおさらいを……」
と言いかけたスカラーツ先生だったが、ふとラルコの背後に目を向けた次の瞬間、またしても驚愕の声を放った。
「ああっ!」
極度の集中状態から立ち戻って息を吐いたラルコも、先生の声に何事かと振り向き、同じく声を上げた。
「あっ!」
「「シーニャ!」」
トードとティグラの二人も続く。
「せっ、先生……。助けて……」
ラルコの背中に隠れていた彼女もまた、同じように右手にアウラの光をまとわせていたのだ。
ただしラルコのそれとは違って、右手のみならず全身を青白い炎に包み、更に右腕からは四方に雷光をほとばしらせている。
完全に暴走状態だった。
「馬鹿、ラルコの真似をしようとしたんだな。だから君にはまだ早いと言ったのに」
「だ、だって……」
シーニャは左手で自分の右腕を掴み、あふれ出すアウラを必死に抑えつけようとしている。
だが青い電撃は鎮めようとすればするほど、いっそう激しさを増していくように見えた。
「仕方がない。
いいかシーニャ、無理に抑えようとするな。深呼吸をして、気持ちを落ち着かせて。
それから俺が合図をしたら、思いっきり地面を殴れ」
「は、はい」
スカラーツ先生は素早く周囲を見渡し、広場に向かって声を限りに叫んだ。
「みんな! 今すぐここから離れろ!」
突然の声に、近くにいた者達が何事かと振り返る。
「早く! できるだけ遠くに逃げるんだ!」
その真剣な様子で理解したのか、あるいはシーニャの雷光を見て驚いたのか、皆が一斉に広場の外に向かって駆け出す。
先生は近くに誰もいなくなったのを確認してから、ラルコ達三人に声をかけた。
「お前らは俺の後ろに隠れろ。アウラで身を守るんだ」
「はい!」
ラルコ達が先生の背中でうずくまり、アウラをまとう。その三人の体を、スカラーツ先生は更に自分のアウラを沸き立たせ、光の結界のようなもので包み込んだ。
「先生……、はっ、早く……。あっ、あっ……!」
「よし! シーニャ、地面を殴れ!」
「は、はいっ! うわああああっ!」
シーニャは崩れ落ちるように足元に膝をつくと、悲鳴まじりの絶叫とともに、暴発寸前の拳を地面に叩きつけた。
次の瞬間。
金髪の少女を中心に生まれた蒼白い太陽は、傍にいた四人はもとより広場の四分の一ほどを閃光の渦に巻き込んだ。
轟音が大地を揺るがし、熱気が木々を灼く。
激しい旋風が吹き荒れる中、広場の縁では逃げ出した大勢の子供達が驚愕に目を見開いて、突然の惨劇を見守っていた。
やがて光球はゆっくりと天に昇り始め、そして森の木々と同じ高さに届いたところで、陽の光に溶け込むように静かに消え去った。
光が去った後には、アウラをまとった姿でうずくまる先生とラルコ達の四人。傍らには力尽きたシーニャが、黒焦げの地面の上に倒れ伏していた。




