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28.落ちこぼれ四人組


「へへ」


 ティグラは満足げに鼻をこすって、体を起こした。

 その下から、ラルコが頭を振りながら起き上がる。


「大丈夫か?」

「うう……、死ぬかと思った」

「あはは。どうだ、まともにやればこんなもんだ」

「何がまともよ。ラルコに蹴られてひっくり返っただけじゃない」

「クックックッ。いやあ、ティグラらしい仕合だった」


 と、傍で二人の戦いを見ていたシーニャとトード。

 やれやれと立ち上がった二人に、スカラーツ先生が声をかける。


「ようし、二人ともいいか。今のは途中までは良かったが、最後はとても仕合とは呼べないくらい無様だったぞ。

 ラルコ、自分の何が悪かったと思う?」

「はい。やはり僕は腕力が足りないと思います。まともにやり合ったらとてもかなわない、捕まらないようにするのが精いっぱいでした」

「ふむ。ではティグラは?」

「えー? 俺は別に。ラルコが卑怯な手を使わなければ負けないと思いまーす」

「馬鹿野郎、そんなことだからいつまで経っても、ダカルやクロウレに勝てないんだ」

「だって、あいつらは別格じゃないですか!」

「そんなことあるもんか。体格でも素早さでも決して負けてはいない、お前に足りないのは、勝とうとする気迫だ」

「そんなのいらねーもん」


「まったく。じゃあ、俺はこれからラルコにお前に勝つ技を教えてやるつもりだが、お前は興味ないんだな。

 そうだな、せっかくだから特訓を手伝ってくれた礼に、トードとシーニャにも教えてやろうか」

「えっ、ホントか? やったー」

「わーい、先生ありがとー!」


 両手を上げて喜ぶ二人に、ティグラが慌てた。


「えっ、ズルい! 新しい技なら俺だって教えて欲しいよ!」

「わかったわかった。

 じゃあ四人とも、そこに並べ。この際だから、落ちこぼれどもをまとめて面倒見てやる」

「えっ?」

「落ちこぼれって」

「先生ひどーい」

「何がひどいもんか。ラルコも含めて、お前らみんな春の進級が危ういんだぞ。

 落第したらどうなると思ってるんだ」


 四人が顔を見合わせる。


「どうなるんですか?」

「もちろん、花吹きの月(4月)になっても十一歳組のままだ。

 俺が合格と言うまで、今の十歳組と一緒に修練をすることになるな」

「えー、うそー」

「本気?」

「もちろん。

 それが嫌なら、文句を言わず修練にはげめ。落ちこぼれ四人組、整列!」


 その一声で、四人は一列に並んだ。


「ではまずラルコ、アウラをまとえ。さっき戦った時と同じようにだ」

「はい」


 呼吸を整え、体の中心に光をともす。そこから湧き出すアウラを体全体に行き渡らせ、だが無駄に漏らさず内側に留める。

 その姿は、傍で見守る三人の眼には、光が体を包み込むというよりも、ラルコの体そのものが仄かな光を放っているように映った。


「こりゃすげえな」

「ああ」

「最初の時よりもずっと上手になってるわ。本当にすごい」


 彼らとて、アウラの真実を体得した者達だ。見た目の派手さはなくても、ラルコが自身のアウラに対していかに繊細な制御をほどこしているのかを、三人とも一目で見抜いていた。


「よし、いいぞ。じゃあ次はお前らの番だ、これをよく見て真似してみろ」

「「ええっ!」」

「んなの、無理に決まってるじゃん!」

「いいから、とっととアウラをまとって見せろ」


 三人は一度顔を見合わせてから、各々に正面を向き、目をつぶって自分の中のアウラを沸き立たせた。

 ラルコはその様子を見ながら、それぞれの個性を興味深く観察していた。


 三人の中で輝きが一番安定しているのは、トードだ。

 色合いは、少し濃い目の橙色(オラージュ)。頭の天辺から足の先まで全身をムラなく包み込んで、厚みはあるが境界がはっきりしている。

 全体に力強さが感じられた。


 ティグラのそれは、くすんだ灰色だ。体全体をぼんやりと覆い、堅ささえ感じさせるトードのそれと較べれば、ふわふわと頼りなく、柔らかそうに見える。

 何度見ても、灰色熊(グリズル)の着ぐるみのようだ。


 そしてシーニャのアウラは、他の二人とは一線を画していた。

 青白い炎のように揺らめくそれは、身にまとうというよりも、体の中からほとばしっているという印象だ。

 そして時折、小さな火花を散らす。トードはもとよりティグラの様子と較べても、制御が上手く出来ていないのは明らかだった。

 だがそれは決して、シーニャが劣っているという意味ではない。なぜなら、輝きの強さそのものが、他の二人とは較べ物にならないくらいに圧倒的だったからだ。


「シーニャ、すごいな」

「ん……」


 シーニャは目をつぶったまま、精神を集中している。

 ラルコが感嘆の声を漏らしたのは、その意識を読んで、彼女がアウラを沸き立たせるために気を張っているのではなく、際限なく溢れ出してこようとするそれを必死で抑え付けているのだと知ったからだ。


「ラルコ、シーニャを手伝ってやれ」

「はい」


 ラルコはシーニャの手を取り、意識を繋いだ。


(シーニャ、シーニャ。聞こえる?)

(ラルコ?)

(大丈夫。落ち着いて、深呼吸をして)

(うん)


 シーニャはラルコの声に素直に従い、大きく息を吸った。


(ゆっくりだ、ゆっくり吐いて。時間をかけて)


 意識を繋いでいるおかげで、目をつぶっていても彼女の様子は手に取るように判る。

 シーニャが静かに息を吐いていく。薄く開いた唇の隙間から、漏れ出すように。ゆっくり……、ゆっくりと……。

 心が落ち着くに従って、燃え立つようなアウラの揺らぎも、次第に安定を見せてきた。


(自分の体とアウラの形を意識して。二つを重ね合わせるように)

(う……ん……)

(いいぞ。もう少しだ) 


 それから数回、深呼吸を繰り返す。

 ラルコやトードほどとはいかないものの、ティグラと同じ程度には、何とか形が整ってきた。

 ラルコはそれを確認するとそっと手を離し、先生を見た。


「うん、いいだろう。みんな、眼を開いて自分の状態をよく確かめろ」


 三者三様、それぞれにアウラの真実を体現し、常人にはない力を発揮している。だが洗練さという点において、ラルコに見劣りするのは確かだ。

 アウラという存在に触れてから、たった三日でここまでの成長を見せたラルコの天才ぶりは、大勢の才気あふれる者達が集うこの暁の館においても、異常なものと言えた。

 だがここはまだ、ほんの入り口に過ぎない。全てはこれからだった。


「いいか、お前たちはまだ、やっとアウラをまとえるようになったというだけだ。次にやるべきは、これを思い通りに操ることだ。

 アウラを動かすのは、強い想い。まずは、衣服を身に付けるイメージだ。

 トード」

「ほい」

「お前はなかなかいい線を行っている。だがまだまだ緩い、漠然と頭からかぶっている感じだな。

 内と外との明確な境界、一枚の布をイメージしろ。裸に全身タイツを着ている感じだ」

「んんー? 先生、も少し判りやすく言ってよ」


 文句を言いながらも、トードはもう一度目をつぶって集中する。

 橙色の光が輝きを増し、だがそれとは裏腹に厚みが減るとともに、境界がより明確になってきた。


「よし、いいぞ。そのまま続けろ。

 次はラルコだ」

「はい」

「君はトードとは逆だ。内側に入りすぎている。

 体の中を満たしているアウラはそのままでいい。それとは別に、体の外を覆う膜をイメージしろ。アウラを外に漏らすのではなく、内と外の二つのアウラを操るんだ」

「ふ、二つって……」

(この人は、なんという無茶なことを言うのか。

 肉体とアウラを重ね合わせるだけでもギリギリの状態なのに、この上もうひとつ別のアウラを操れだなんて)


 だがラルコの明晰な頭脳は、次の瞬間にはもう答えを導き出していた。


(そうか、別のアウラを新たに生み出す必要はないんだ。体を支配しているアウラは、神経と筋肉、そして皮膚にも浸透している。

 この表面の部分だけを意識して強化すればいい)


「いいぞ。でもまだちょっと弱いな、もう少し固さをイメージしろ。

 そうだな、自分が黄金虫(スカラビィ)になった感じで」

「うーん……?」


 判りやすいような、判り辛いような。

 それでもラルコは、明確なイメージを頭に浮かべていた。


(殻で覆われる感じかな……)


「よし、ではシーニャ」

「はい」

「君はまだその先は早いな。とりあえずは、今の状態を維持し続けることに専念しろ」

「え? は、は……い」


 シーニャは不満そうな声を漏らしながら、それでも集中を切らさない。

 スカラーツ先生はその様子に軽く頷いてから、ティグラに向き合った。


「ティグラ」

「へーい」

「今から、お前の腹を殴る」

「ええっ?!」

「痛い思いをしたくなかったら、全身を引き締めろ。アウラにもっと気を込めて、鎧とするんだ。

 いいか、いくぞ!」

「ちょっ、待っ!」



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