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27.旋風のティグラ


「どうしたのラルコ?! しっかりして! アマルル! アマルル来て!」

「はいはいはーい」


 シーニャの悲鳴のような叫び声に呼ばれて、アマルルが駆けてくる。


「どれどれどれー? どうしたのかなあー?」


 アマルルはラルコの傍に膝をつくと、両手をその体の上にかざした。

 大きく息を吸い、ゆっくりと吐いて行くにしたがって、その手が薄紅色の光を放ち始める。


「どう?」

「ああー、これはこれはあー。なるほどなるほどー」

「どうなのよ?」

「ふむふむー、ほろほろー」

「ほろほろって何なのよ。ねえ、ラルコは大丈夫なの?」

「体中の筋肉を傷めてるわあー。これはダメねえー」

「ダメって、そんな……」

「今からこれ治してたらあー、お昼を食べそこなっちゃうー」

「お昼って! それくらいちゃんと取っといてあげるから、先に治してよ!」


 泣きそうな声を上げるシーニャに、アマルルはクスリと笑った。


「うふふー、お姫様必死だねえー。大丈夫だよおー、王子様は私がちゃあんとしてあげるからあー」

「必死って、私は別に!」

「ラー……、トリートゥ……」


 顔を真っ赤に染めて抗議するシーニャを無視して、アマルルは呪文を唱え始めた。

 両手の光が輝きを増し、ラルコの体に流れ込んでいく。

 ラルコは光とともに熱い何かが全身に行き渡り、急速に痛みが薄れていくのを感じた。


「ああ、ありがとう。治癒術(ソワン)って言ったっけ? アマルルはこういうのが得意なんだね」

「そうねえー。私は格闘とかー、あまり好きじゃないからねえー。

 さてさてとおー、お昼に間に合うようにいー、ちょっとだけ頑張っちゃおうかなあー」


 どこまでが冗談なのか。そう言いながら目をつぶると、両手の光が更に輝きを増した。

 ラルコは身体の隅々にまで流れ込んでくる癒しのアウラに身をまかせながら、今の出来事を思い返した。


(アウラの働きで、神経の感覚や反応は爆発的に上げることができた。

 でも体の動きをそれに合わせようとすると、筋肉に自分自身を引きちぎるくらいの無理をさせることになってしまうんだ。

 せっかくすごい技が出来たと思ったのに、これじゃあまるで使い物にならないな。

 だいいち……)


 ラルコは、瞳を虹色に輝かせてしまったことに気付いていた。

 ほんの一瞬のことで、誰にも気付かれずに済んだようではあるけれど。あれだけは絶対に知られる訳にはいかないのだ。


(何があっても、ラキィとの約束だけは……)



―― * ―― * ――



 その後、アマルルの頑張りのおかげで、ラルコはなんとか昼の休憩までに回復することができた。

 午後の対戦相手は、十一歳組随一の巨漢、ティグラ・クマールだ。


「午前中の仕合を見てたぜ。たった一日で、ずいぶんとやるようになったじゃないか」

「そんなことないよ。まだまだ全然だ」

「そうかい? ま、お手柔らかに頼むぜ」

(お手柔らかもなにも……)


 ティグラと正面から向かい合ったラルコは、改めてその巨体を間近に見上げて、途方にくれた。

 こんな自分の倍くらいありそうな巨漢を相手に、いったいどう対戦しろというのか。


「はじめ!」


 スカラーツ先生の合図で、ティグラが猛然と向かってきた。

 ゴウッと風の音が聞こえてきそうな、猛烈な右の張り手。ラルコは素早く左に体を逃がしながら、裏拳でそれを弾いた。

 突進の勢いのまますれ違うティグラをやりすごし、背中に回ろうとする。と、ティグラの巨体がクルリと回転し、丸い胴体の陰から大木のごとき回し蹴りが襲い掛かってきた。


「うわっ」


 とっさに後ろに飛んで逃れる。

 だがティグラの回転は止まず、交互に軸足を変えながら、荒れ狂う嵐のような猛烈な連続蹴りを撃ち放ってくる。

 ラルコはその勢いに押されて、なす術もなく後ろへ下がり続けた。


(ん、待てよ? このまま下がり続けるくらいなら)


 ラルコはティグラに背中を向けると、まっしぐらに走り出した。


「あっ、おい待て!」


 ティグラが回転を止め、追いかけてくる。

 それを見たラルコは立ち止まり、再び向き合った。


「このやろうっ!」


 追いついたティグラが脚を振り上げ、回し蹴りで襲い掛かる。

 と同時にラルコは後ろへ飛び退り、またもや走って逃げ出した。


「ちくしょう、待て!」


 再びティグラが追いかける。そしてラルコは逃げる。

 この広い草原では、逃げる場所などいくらでもある。ラルコは既に相手の弱点を見切っていた。

 つまり、ティグラの蹴り技は破壊力抜群のようだが、大振り過ぎて簡単によけられてしまうのだ。

 どんな強力な攻撃でも、当たらなければ何の意味もない。ラルコは大げさに逃げながら、追って来るティグラの意識を読んで間合いを測り、反撃の隙を探った。


「くそうっ、このやろう! やる気あんのか!」


 業を煮やしたティグラが、ラルコを捕まえようと手を伸ばしてきた。


(今だ!)


 ティグラの手が肩に掛かろうとした刹那、ラルコはいきなり振り返って、彼の手首と肘を掴んだ。

 瞬時にアウラを沸き立たせ、肉体を極限まで活性化させる。掌に伝わるかすかな反応から相手の動きを読み取り、刹那の間合いを支配する。

 相手の突進の勢いを殺さず、逆にこれを利用して、力の加減と方向を操り一点に絞り込んで。


「やあっ!」


 気合と共に、ティグラを投げ飛ばした!


「うわあっ!」


 巨体が宙に舞い、ラルコの頭を越えて放物線を描く。

 背中から地面に叩きつけられたティグラは、だがすぐに立ち上がった。ラルコの上着の襟を、掴んだまま。


「あっ」

「くらあっ」


 捕まってしまったら抵抗などしようがない。力任せに担ぎ上げられ、頭と襟を掴まれて思い切り放り投げられてしまった。

 更に、ティグラはそのラルコに向かって拳を放つ。

 だがラルコは、避けようのない空中で逆さまになった状態で、冷静にティグラの動きを見つめていた。


(集中しろ。感覚を研ぎ澄まし、体中の筋肉を支配するんだ)


 体中をアウラで満たす。

 瞳が虹色に輝きそうになるのをギリギリで抑えつつ、向かってくる相手を見据える。

 繰り出される拳を両手で受け、それを支点に反動を利用して体の向きを変えて、ティグラの腕を抱え込み肩口に脚を絡めた。

 手首を掴んで思い切り捻ると、巨体がクルリと一回転して地面に投げ出された。


「ぐあっ」


 背中を強かに打ち付けたティグラが、声を漏らす。

 ラルコの体も一緒に投げ出されたが、それでも腕を離さず、体全体を使って更に捻り上げた。


「わあああっ! いててて! 参った、参った!」


 ティグラが地面をバンバンと叩いて悲鳴を上げる。

 その声でようやくラルコは体を離し、立ち上がった。


「ふう」

「うーん、勝負ありだが。おいティグラ、こんなに簡単にやられてしまったらラルコの修練にならないじゃないか」

「えーっ、だってこいつ卑怯なんだもん! ちゃんと向かってこないで、あんなに逃げ回りやがって」


 苦い顔で手を上げるスカラーツ先生に、立ち上がったティグラが腕をさすりながら文句を言った。


「何を言ってるんだ、お前が間抜けなだけだろう。どうして馬鹿正直に追いかけたりするんだよ」

「だって!」

「あはは、ごめんティグラ」


 ラルコは笑いながら頭を下げた。

 確かに、あれはちょっと卑怯だった。意識を読むのもそうだが、自分には少しズルいところがあるのかも知れないと、ラルコは思い始めていた。


「謝ることはない。君はティグラの弱点を見抜いて、的確に対処しただけだ。

 とはいえ、これは真剣勝負じゃなくてラルコの修練が目的だからな。次は逃げるのは無しにしよう。いいな、ラルコ」

「はい」

「よおし、今度は思いっきりぶちのめしてやるぞ」

「お手柔らかに」


 と、今度はラルコが請う。


「はじめ!」


 スカラーツ先生の合図と同時に、ティグラが突進してきた。


「りゃ! りゃ! りゃ! りゃ!!」


 先ほどと変わらぬ旋風脚。しかもただの単調な回転蹴りなどでなく、軸足を変え、時に前蹴りや後ろ蹴り、上下段を蹴り分けて容易に間合いを掴ませない。

 それどころか、腕まで振り回して拳や手刀を繰り出し、隙あらば掴みかかろうとしてくる。

 この丸々とした体でどうしてこれほど、と眼を見張りたくなるような変幻自在の連続技に、ラルコはまたもやジリジリと下がり続ける。


「おらおらっ、逃げるな! 向かってこい!」


 そう言われても、こんな竜巻の中に飛び込んで行こうという気にはとてもなれない。

 やっぱりこのまま黙って見ていて、相手が疲れるのを待つのが一番の得策のような気がするのだが。

 だがそれでも、ラルコの眼はティグラの隙を見抜いていた。


(やはりこの大きな体は、強みであると同時に弱点だ。

 手や脚は自由自在だけど、体の中心はあまり動いていない。急な変化には対応し辛そうだ)


 回転し続けている間は他の動きができず、回転を止めると動きが直線的で単調になる。激しい攻撃を繰り出しているように見えるが、冷静に分析すれば、この動きは完全な防御型だった。

 だからこそ、これを攻略するのは並大抵のことではない。

 嵐の攻撃を何とかかいくぐって技を仕掛けたとしても、非力なラルコの拳や蹴りでは、分厚い肉の壁に阻まれて何の痛手も与えることは出来ないだろう。

 やるならやはり、先ほどのような関節技だ。

 その為の隙を、いかにして作るか。


(よし)


 ラルコは静かに、足を前に踏み出した。

 ティグラの攻撃は激しいとはいえ、トードやシーニャに較べれば大雑把で繊細さに欠ける。集中して動きを見極めれば、隙を突くのは不可能ではない。

 上段蹴りが来た刹那、ラルコは体を思い切り沈めてその下に潜り込んだ。

 頭の上を通り過ぎようとした右脚がすかさず向きを変え、脳天めがけて襲いかかってくる。それを両腕を交差させて受けつつ、軸となっている左脚の膝を裏側から刈り取るように蹴り飛ばす。

 支えを失ったティグラは、大袈裟に両腕を広げてひっくり返った。


「うわああっ!」


 ラルコの真上にだ。


「わっ!」


 横倒しになった巨大な肉の塊が眼前に迫る。

 ラルコはとっさに身を転がして逃れようとしたが、ティグラは巨体に似合わぬ俊敏さでそれを許さず、手を伸ばしてラルコの体を捕まえると、自ら身を投げ出してのしかかって来た。

 ラルコの小さな体が、肉塊の下敷きになって見えなくなる。

 わずかに外に出ている右手が、力なく地面を叩いた。

 スカラーツ先生はそれを見届けると、手を上げた。


「勝負あり。ティグラの勝ち」


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