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24.刹那の邂逅


 虹色の光を放つ水底に、手を差し出す。


(この輝きは、ラキィと一緒に見た僕の瞳の色と同じだ。やっと見つけたぞ)


 だが、触れようとしても触れられない。

 形あるように見えたそれは、ラルコの指先を何の抵抗もなく受け入れた。


(ここが底ではない、更に先があるというのか。ならば)


 不思議と恐怖は感じなかった。

 ラルコは虹色の水底に、ためらいなく自分の身を沈めて行った。

 そこは、先ほどまでの暗闇とは真逆の、圧倒的な光の海。その汚れなき白光の中にあってさえ、ラルコの胸にある星は輝きを失わず、鮮やかな金色の煌めきを保ち続けていた。


(これが……僕のアウラだ。僕はこの光のもとに、全てを守る勇者(アーロー)となる)


 静かに目を開く。

 そこは元いた場所と何も変わらぬ、修練場の中だった。


「先生」


 正面でこちらを見据えているスカラーツ先生を呼ぶ。


「やったか、ラルコ」

「はい」


 周りには、他の仲間達。皆、目を見開いてラルコを見つめている。


「ラルコ……。あなた、自分がどうなっているか判る?」

「どうって……」


 心配そうなシーニャの言葉に、手を上げてアウラの光に包まれた自分の体を確かめようとした。

 その刹那。

 頭の中に、彼女だけでなく周りの者たち全員の意識が、怒涛のようになだれ込んで来た。


「うっ」


 ラルコは思わず、両手で頭を押さえた。


『ラルコ』

『大丈夫?』『ラルコ』

白金(プレトゥヌ)の輝き』『凄い』『ラルコ』『馬鹿な』『ラルコ!』

『信じられない』

『光の子』『眩しい』『ラルコ!』『ちくしょう』

『ラルコ!』

『ラルコ!!』

『ラルコ!!!』


 以前、王都を訪れた時に感じた意識の洪水。いや、それ以上の奔流が頭の中に渦巻く。

 それも人の意識だけではない。目を閉じても、周りの景色が鮮明に見える。しかも正面だけでなく、後ろに立つ者達の顔までもがはっきりと。

 それどころか、修練場の壁の向こう側も。館の隅々、外に広がる草原も、森も。

 そこにいる鳥や動物たち。

 吹き抜ける風。

 陽の光。


(これは……、あの時と同じだ)


 タイガの森の泉で、初めて意識を持った時。

 あらゆる感覚が全身を襲い、ラルコは押し寄せる情報の波に耐えきれず気を失いかけた。

 だが今回はそれをもはるかに超える、自分が世界そのものになってしまったかのような、圧倒的な一体感。


=ラルコ!=


=ラルコ!= =ラルコ!=


=ラルコ!= =ラルコ!= =ラルコ!=


=ラルコ!= =ラルコ!= =ラルコ!= =ラルコ!=


 無数の声がこだまする。

 無数の光が見える。

 あれは館に集う大勢の仲間達の、アウラの輝きだ。

 大きさも強さもさまざま。やはり上級の者ほど強く、大きい。

 更にいくつかの光は、際立った輝きを放っている。中でも突出して強い光を放っているあれは、ドーク館長だ。


 その者たちが、一斉にこちらに振り向くのを感じた。

 彼らもまた、ラルコの輝きに気付いたのか。

 暁の館の中だけでなく、遠く離れた山中、聖王宮の別の場所にも同じような光が無数に見える。


(これがすべて、アウラの光……)


 そしてラルコの目は、カリグー山の山頂に向けられた。

 厚い雲に隠された白一色の空間。そこに建つのは白亜の城、いや神殿か。その中に、太陽のような圧倒的な輝きを放つ、一つの巨大なアウラがあった。


(あれは……誰……?)


 ラルコはそこに向かおうとした。

 肉体はここにあっても、意識だけで飛んでいける。なぜかそう感じたのだ。

 鳥が羽ばたくように大空に向けて魂を躍らせ、一息に山頂を目指す。

 だが……。


:: 静 : ま : り : な : さ : い ::……


 突然、天空を揺るがす大きな鐘の音のような声が鳴り響いた。


(あっ!)


 神殿に近づこうとしたラルコは、その声に弾き飛ばされ、逃げ帰るように意識を戻した。

 次の瞬間、全ての感覚が元に戻った。心の中を満たしていた無数の声も、世界と共にあるような一体感も、きれいに消え去ってしまった。

 身にまとっていた、アウラの光すらも。


(い、今のは……)


 顔を上げると、そこはやはり館の修練場の中だった。


「ラルコッ!」


 シーニャが飛びついて来た。


「ラルコ! ラルコ! 死んじゃうかと思った!」


 泣きじゃくる彼女の肩を抱きながら、ラルコは今の出来事を思い返した。


「ぼくは……」

(何をしていたのだろう)


 あれはいったい、誰の声だったのか。

 その答えは、スカラーツ先生がすぐに教えてくれた。


「聖王様……」


 呆然と呟く声に、周りの者達もざわめく。


「聖王様だって?」

「あれが?」

「あんなものすごいアウラ、初めてだ」


 その言葉に、ラルコは我に返る。


「今の、みんなにも見えていたの?」


 するとダカルが答えた。


「当たり前じゃないか。あんな強烈な光、感じられないわけがない」

「ラルコも凄かったんだよ。光の中に溶けて消えちゃうんじゃないかって思うくらい」

「シーニャ……」

「怖かった、怖かったの。うわあーん」


 再び抱きついて声を上げる。

 皆の意識を読んでみると、見えていたのはあの太陽のような光と声だけで、ラルコの体験まで共有したわけではないらしい。

 少しの安堵と共に、いったい何が起きたのかもう一度確かめてみようとしたが、ラルコ自身も混乱の中にあり、頭の中がさっぱり整理できなかった。


「よし、みんな落ち着け。

 とにかくラルコは、自分のアウラを見つけることに成功した。さっきのは、それが少し暴走してしまっただけだ。

 無事に戻ってこられたのだし、あまり気にするな。次はもっとうまくやれるだろう」


 スカラーツ先生は、立ち上がって皆に告げた。


「ちょっとはしゃぎすぎて、聖王様に見つかっちゃったみたいだけどな。

 でもラルコ、聖王様にお声をかけて貰えるなんて大したもんだぞ。俺だってそんなことは一度もないのに」


(あれが……聖王様……)


 だがそのラルコにも、眩いばかりの輝きと天鐘のように鳴り響く声以外は、何ひとつ見えてはいなかったのだ。




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