23.曙虹
午後は予定通り、禅の修練だ。
「じゃあみんな、今日も昨日の続きだ。君らはアウラの真実を得たとはいえ、まだまだ自在に操るというには程遠いからな。
せめて、もっと自然にアウラの光をまとえるようにならないとな」
「先生ー。ラルコはこんなことよりも格闘の練習をした方がいいんじゃないんですかー?
でないとお姫様が、おっと……」
十一歳組一の巨漢、ティグラ・クマールが、シーニャに睨まれて口をつぐむ。
「へへっ、そんなに怖い顔すんなよ。俺はラルコを応援してるんだからさあ」
だがその笑いを含んだ目は、応援というよりも面白がっているようにしか見えない。シーニャは言い返すこともなく、フンッと横を向いた。
「おいおい、こんなとは何だ。これは五日後の対決に向けても必要なことなんだぞ。
とにかくラルコには、今日中に自分のアウラを見つけてもらう。それが出来ないうちは次の修練はなしだ」
ラルコは、今日中と言われて不安になった。
先生の言葉に、嘘やおだては感じられない。だが自分には、そんなことが出来るという気がまるでしないのだ。
あるいはもしかしたら、昨日の修練は本当に惜しいところまで進んでいて、もう一歩進めば出口にたどり着いていたのかもしれない。
だが、その保証などどこにもない。あるのは、果てしない暗闇の記憶だけだった。
「じゃあティグラ。応援してくれるというのなら、せっかくだからちょっと手伝ってもらおうか」
「えっ、俺?」
「他のみんなは、自分の修練を始めてくれ。二人はこっちへ」
先生は、ラルコとティグラを向かい合わせに座らせて、両手を繋がせた。
「まずはティグラからだ。禅でアウラの光をまとってみろ」
「ほーい」
ティグラは気の抜けた返事をすると、目をつぶった。程なくして、その大きな体が仄かな輝きに包まれた。
白、というにはやや黒みを帯びたくすんだ色合い。暗く見えるのは輝きが弱いためではなく、そういう色味を帯びた光の靄のようだ。
丸々と太った体に灰色の光をまとい、背中を丸めて座るティグラは、まるで森の灰色熊といった様子だった。
「じゃあラルコ、君も禅を始めて」
「はい」
ラルコも目をつぶり、深い呼吸を繰り返して、精神を集中した。
「そのまま、ティグラのアウラを感じられるか?」
「はい」
ティグラのアウラは、目を閉じていても開いている時と変わらず、瞼を通してはっきりと見える。
その胸のあたりに、ひときわ強い光を放つ太陽のような輝きがあった。
(もしかしてあれが、ティグラの……)
つないだ両手から、彼のアウラが流れ込んでくるのが感じられる。同時に伝わってくるティグラの意識は、深い森の緑と風の匂いがした。
(これは、故郷の想い出か)
おそらくそれが、彼の心の拠り所となっているのだろう。
自分にとって一番大切なものを魂の核として、アウラを紡ぎ出す。何もない所にただ漠然と自分を見出そうとするよりも遥かに確実な方法だ。
(そうか、それなら僕にだって)
マルジットの村がある。
どこまでも続く麦穂の波と、青々と生い茂る木々。畑を埋め尽くすキャラデの葉が、森から吹く風に揺れる。そして優しい村人達……。生まれた時の記憶はなくても、間違いなくあそこが自分の故郷だ。
ラルコは息を整え、昨日と同じように意識を自分の中心に向けた。
何も聞こえず、何も感じない真っ暗な空間。その中心で、たった一つの大切な想いを呼び起こす。
(思い出せ。風の匂いと……、降りそそぐ太陽……、金色の麦畑……。そしてあの懐かしい、ラキィの笑顔を……)
その瞬間、ラルコの心の中心に光が生まれた。
ラルコはその小さな煌めきを、両手で包み込むように、そっと掲げ持った。
(これが、僕のアウラ?)
だが、何か釈然としないものがある。
そこにあるのは、確かに懐かしい故郷の思い出、魂の拠り所に間違いない。だがこれが自分の本質かと問われれば、そうだと言い切ることはできない。
やはりこの光は、ただの足掛かりに過ぎないのか。
(ならば……)
あの深淵に向かうしかない。
ラルコは光を胸に抱き、更なる深みへと向かおうとした。
その光は、闇の中の道標のようにラルコの心を照らす。まるでラキィが傍にいてくれるような安心感をもたらしてくれた。
だがその時ラルコは、まだ自分の心がティグラと繋がったままなことに気付いた。
(ティグラ……)
心で呼びかけてみる。するとすぐに返事が来た。
(お? ラルコか?)
(うん)
(へえ、アウラをつなぐとこんなことも出来るのか。面白いな)
(そうみたいだね。君のおかげで、きっかけを掴むことができた。ここから先は一人でやってみるよ)
(そうか、そりゃ良かった。応援してるというのは嘘じゃないからな、頑張れよ)
(ありがとう)
ティグラが手を離したのか、彼のアウラが離れていくのを感じた。
(よし)
ラルコは改めて大きく息を吸い、深淵へと自分を沈めて行った。
深く……、深く……。
どこまでも……深く……。
何も見えず……、何も聞こえない……。
時間すら忘れて……。
だがラルコの胸には、小さくも確かな光があった。
(この導光がある限り、僕が自分を見失うことはない)
更に深く……、どこまでも深く……。
やがて、無限と思われた暗闇の奥底が、微かに明るみを見せ始めた。
(あれが……)
ぼんやりと、仄かな白色の光を放つ水底。近づくにつれて、次第に明るさも増してくる。
ようやく、ここまで来た。
間近に見据え手を伸ばすと、それは波打つように光彩を煌めかせ、虹色に輝いた。




