22.少年と少女たち
そこに突然割り込んで来たのが、ラルコだ。
シーニャと同様、金髪碧眼の美少年にして、年齢も同じくらい。並んで立てば、双子かと見紛うほどよく似ている。
傍目にも正にお似合いとしか言いようがなく、しかもどちらかと言うと彼女の方から積極的に接近しているように見受けられる。
これではとても他の男に勝ち目はない、と誰もが思った。
それでも、多くの者は冷静だった。
シーニャのラルコに接する態度が、どう見ても恋する乙女のそれではなく、お気に入りの動物か、せいぜい弟の面倒をみる年上の姉のようだったからだ。
だが表面的には平静でも、ラルコに向けられる視線にはかなりの割合で複雑な感情が混じり込んでいた。
それは、マルジットの村でラキィとの間柄について密かに向けられていた感情に似ている。
だが、あの時はその全てが好意的なものだったのに対し、今回のそれは、多分に負の感情を含んでいる。
それが嫉妬と呼ばれるものであることを、ラルコはこの数か月の間に学んでいた。
クロウレがシーニャに恋心を抱いていることは、組の中ではただ一人を除いて全員が気付いていた。
そう。正義感が強く、物事の善悪については敏感でありながら、そちら方面には実に鈍い感覚しか持ち合わせていない、ダカルを除いて。
ラルコ達三人の周りでは、他の仲間が困った顔をして、あるいはニヤニヤと笑いながら、突然始まった小競り合いを眺めている。
ラルコもこれにはどう対処していいのか見当もつかず、ただ茫然と二人の言い争いを見ていた。
「関係ないやつは引っ込んでろ。おい、どうするんだ。俺とやるのか、やらないのか?」
クロウレが再びラルコに向き合う。
「ええっと……」
「ちょっとちょっとクロおー、いい加減になさいなー。
いくらなんでもおー、あんたとラルコくんじゃあー、勝負になんかならないよおー?」
今度はシーニャを介抱しているアマルルが、下から言い立てる。
「うるさい。だから俺が稽古をつけてやるって言ってるんだ。
先生も言ってただろう? こいつは2か月で俺達に追いつかなければならないんだって」
「だからってー、そんな真っ赤になってー、お稽古って顔じゃないよおー。
先生先生ー、このお馬鹿さんにいー、何とか言って下さいなあー」
アマルルも呆れてしまったのか。突然の指名に、だがスカラーツ先生は腕を組んだままにこやかに言い放った。
「ははは、まあクロウレの言う通りだな」
「ええー、先生ひどおーい」
「まあまあ。とは言っても、今のラルコでは稽古にすらならないのも確かだし、クロウレも弱い者いじめだなんて言われるのは嫌だろう?
よし、じゃあこうしよう。勝負は五日後だ。これから五日の間、ラルコには特別教練としてこの俺がみっちり仕込んでやる。そしたら、クロウレも遠慮なくやっていい。
その代わり、もし負けたら二度とラルコに突っかかったりするなよ」
「五日だって?! たった五日で俺よりも強くなるって言うんですか!」
「さあな、それはラルコ次第だ」
その言葉を受けて、クロウレは再びラルコを睨み付けた。
「ようし、やれるもんならやってみろ」
「えっ、ちょっと待って」
慌てるラルコの肩を乱暴に突き放し、クロウレはダカルに向き合った。
「ダカル、俺達も特訓だ! のんびりしてたら、このチビにやられちまうからな!」
「はいはい。お前が負けるということは、この俺よりも強いってことだもんな。せいぜい頑張ろうぜ」
最強を争う二人が、連れだって去って行く。その後ろ姿を見ながら、ラルコは肩を落とした。
「先生、本気ですか?」
「もちろん。大丈夫、君ならやれるさ。はっはっは!」
あまりに無責任な物言いに回りの仲間達も呆れたが、ラルコが読んだ先生の意識は、言葉通りに本気だった。
だからと言ってそれが安心の材料になるかというと、ちっともそんなことはなく、ラルコは大きなため息を吐くのだった。
―― * ―― * ――
「ふうん、それでラルコと馬鹿クロが勝負することになったという訳ね。そこまでは判ったわ。で?」
昼食の玉蜀黍の卵焼きにフォークを突き立てながら、シーニャはテーブルの真向かいに座る赤毛の少女、サコ・カリグーを睨んだ。
「どうして私が、勝った方の恋人にならなくちゃいけないの?」
「えっ、違うの?」
サコは本気で驚いた様子で、隣のアマルルを見た。
「あんたの頭の中はあー、それしかないのかなあー? いつの間にそんな話になったのおー?」
アマルルは、野菜炒めの中から苦手な黄苦菜の茎だけをより分けながら、サコに答える。
「だって、男の子達が自分のために決闘だなんて、女の子の夢じゃない。いいなあ、私にもそんな王子様が現れてくれないかなあ」
「だってじゃないでしょ。何でそうなるのよ」
「王子さまかあー。まあまあまあねえー、クロウの山猿はともかくー、ラルコくんなら頷けないこともないけどねえー」
「でしょでしょ? 私たちももうすぐ十二歳組になるんだし、恋人くらいいても、おかしくないよねっ」
「おかしくないねえー」
「だからどうしてそうなるのよ。進級は関係ないでしょ、もおっ」
サコを恋愛脳と責めていたはずのアマルルが、なぜかそちらに同調している。シーニャは裏切られた気持ちで、卵焼きを口に放り込んだ。
「恋人になるならないは、ともかくとしてもー。それでそれでー、シーニャ姫の気持ちはどうなのかなあー?」
「むぐっ?」
「むぐ、じゃないよおー。
元はと言えばあー、あんたがあのお猿の目の前でえー、毎日毎日ラルコくんとイチャイチャイチャイチャイチャイチャとおー、見せつけるようなことばかりしていたのがあー、原因でしょおー?」
シーニャは慌てて卵焼きを飲み下す。
「べ、別に私はそんな!」
「あんたがお猿にその気がないのはあー、判ってるけどおー。
ラルコくんに対してはどうなのかなあー? ねえねえどうなのかなあー?」
声色は柔らかいが、追及は厳しい。
フォークの先を突き付けてグイグイと迫ってくるアマルルに、シーニャは言葉を詰まらせた。
「ど、どうって……、その……」
顔を赤くして俯いてしまうシーニャを見て、サコとアマルルは顔を見合わせ、大きく頷いた。
「やっぱそうだよねえー」
「こりゃ、何としても王子様に勝ってもらわないとね」
「だねえー」
広い食堂の片隅とはいえ、少女たちのあけすけな会話は周囲に全て筒抜けだ。
その日の昼食が、三人が座るテーブルを除いて妙に静かだったことに、彼女らは最後まで気付かなかった。
そして別のテーブルでは、ラルコとクロウレの二人が、周りの者たちの視線を浴びながら頭を抱えていたことにも。




