21.再戦と挑戦
次の日も、午前中は格闘の仕合、午後に禅の修練という教程だった。
「さあ、来なさい」
シーニャは昨日と変わらず、右手を背中に回し、左手を前に掲げるという構えだ。
対するラルコは、シーニャの真似をするように、体を半身にして片手を前に出した。ただし左手ではなく、短棒を持った右手の方をだ。
「始め!」
スカラーツ先生の合図で、二人は同時に地面を蹴った。
ラルコは、迫りくるシーニャの左手を払うのではなく、短棒を真っ直ぐに構えて正面から突きかかる。
だがこちらに向けて開かれた掌は、先端が触れる寸前で蝶が舞うようにヒラリと翻り、すれ違う棒の側面を甲で弾いた。
ラルコの体勢がわずかに乱れた一瞬の隙に、シーニャの右手が側頭部を狙ってくる。
ここまでは、昨日とほぼ変わらぬ流れだ。
側面からの鋭い突きを、ラルコは頭を下げ間一髪でかわした。
だが下を向いた顔面の間近に、蹴り上げられた膝頭が待ち構えていた。
それだけではない。空振りしたはずの短棒が直角に向きを変え、無防備な後頭部に振り下ろされる気配を感じた。
急所への上下からの挟み撃ち。まかり間違えば命の危険すらある、昨日の側頭突きよりも更に過激な攻撃だった。
避けられないと一瞬で判断したラルコは、足を踏み出して彼女に体当たりを喰らわせた。
だがシーニャは、バランスを崩しながらも攻撃を緩めない。頭部への直撃は逃れたものの、胸と背中に鋭い蹴りと突きをくらうことになった。
(くっ……!)
それでもラルコは突進を止めず、相手の胴をしっかりと抱え込んで、力づくで押し倒そうとする。
「放せっ、くそ。こっのおおおおおっ!」
シーニャは逃げるのを諦める代わりに、背中が地面に着くまでの僅かな間隙に、十数発もの蹴りと打撃を連続で繰り出した。
前後からの一点集中の連続攻撃に、肋骨がミシミシと音を立て、心臓が止まりそうなほどの衝撃が体の中を突き抜ける。
(ぐああっ……)
だがそれも一瞬のこと。その直後に二人はもつれ合って地面に倒れ込み、シーニャは背中と後頭部をしたたかに打ち付けて、声を漏らした。
「ぐうっ!」
ラルコはその隙に彼女の上に馬乗りになり、両腕を抑え込もうとした。
が、それよりも速く、シーニャは短棒を喉元へと鋭く突き上げてくる。
ラルコがとっさにその手に掴みかかろうとした刹那、シーニャは棒を手離し、逆に彼の手首を掴み取った。
「あっ」
一瞬、動きを止めてしまうラルコ。
シーニャがニヤリと笑う。
彼女がわずかに手首を捻ったと思った次の瞬間、ラルコは自分の体が宙を舞い、空を見上げているのに気付いた。
いったい何が起きたのか、と考える間もなく、背中から地面に叩きつけられる。
「ぐはっ」
衝撃で思わず目をつぶりかけた視界一杯に、さっきとは逆に自分の上に馬乗りになって短棒を両手で掴んで突き下ろしてくる、シーニャの姿が映った。
「うらあああっ!」
「うわっ!」
ラルコは、反射的に右手を繰り出した。
全体重を乗せて、倒れ込むように打ち掛かってきたシーニャの顔面に、ラルコの拳が炸裂する。
間一髪。彼女の短棒は、額に触れる寸前で止まった。
「あ……っ」
(しまった。女の子の……顔を……)
手を引いたラルコの上に、鼻から血をたらし白目を剥いたシーニャが倒れ込んで来た。
「あー。勝負あり、そこまで」
スカラーツ先生が、ポリポリと頭を掻きながら合図した。
「シーニャ!」
ラルコは彼女の体を抱えて、身を起こした。
「しっかりして! シーニャ!」
「はいはいはーい、後は私がやるからあー。君はちょっとどいててねえー」
そう言いながら二人の前に膝をついたのは、アマルル・タランドーだ。
「さてとおー……」
彼女はラルコからシーニャの体を受け取ると、横抱きにして顔の上に左手をかざした。
「ラー……、トリートゥ……、コンソラトゥール……レタブリース…ルミナ…レホーミィ……」
目をつぶり、小声で呪文のような言葉をつぶやく。すると、左手が昨日見たと同じような薄紅色の光を発し始めた。
仄かで優しい。見ているだけで心が温かくなってくるような、真冬の燈火にも似た光。
それもそのはず、ラルコの心に流れてきた彼女の意識は、癒しと慈しみで溢れんばかりに光り輝いていた。
「心配しないでねえー。ちょっと脳震盪を起こしているだけだからー。鼻血も大したことないしー、昨日の君の傷よりはずっと浅いよー」
アマルルが、目をつぶったままラルコに語りかける。
「そ、そうか」
「それよりもおー。ねえねえラルコくーん?」
「なに?」
「君はー、いつまでそこにいるのかなあー?
そんなにマジマジとおー、女の子の恥ずかしいところを見つめたりしたらあー、いけないんだよー。
後でこの子が知ったらー、怒られるよおー?」
「あっ! ご、ごめん!」
彼女の掌が放つ神々しいまでの輝きに眼を奪われていたラルコは、その下にある鼻血と涎にまみれた痛々しい顔に言われて初めて気付き、立ち上がる。
その慌てぶりに、アマルルがクスリと笑った。
その時。
「おい」
ラルコの肩を、後ろから掴む者がいた。
「お前、まだ戦う元気はあるだろ? 次は俺とやろうぜ」
十一歳組の中でも一・二位を争う強者、クロウレ・タンリートだ。
(あっ、しまった!)
振り向いたラルコは、怒り心頭といった形相で睨みつけてくるクロウレに、思わず目を伏せてしまう。
それをどう受け止めたのか、彼は更に眉を吊り上げた。
「おい、まさか逃げる気じゃないだろうな」
「クロウ!」
その腕を、ダカルが掴んだ。
「なんだお前は、昨日からやたらとラルコに突っかかって。新入りがそんなに気に入らないのか!」
「違う!」
「じゃあ何だ!」
「こいつはシーニャに酷いことをしたんだぞ! 女の子相手に手加減もなしで! きれいな顔に傷をつけやがったんだ!」
「仕合中のことだ! 手加減なしはお互い様だろう!」
「なんだと!」
(ああー、まいったなあ……)
ダカルはごく単純な正義感から、ラルコをかばおうとしている。
だがラルコは、クロウレが自分を気に入らない理由を既に昨日の時点で、いや、それ以前から気付いていた。
実に簡単な話、クロウレはシーニャに特別な感情を抱いていたのだ。
シーニャは、際立った容姿もさることながら、その明るい性格から、館内での人気は非常に高い。
密かに好意を持つ男も多かったが、彼女自身には特に想いを寄せる相手がいるわけでもなく、年齢的にも女性としての魅力が花開くのはまだまだこれからということもあって、積極的に行動する者はなかった。
男達の間では互いの牽制の意味も含めて、『今はまだ見守るだけの蕾の一輪』という暗黙の認識があったのだ。




