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20.魂の深淵と心の光


 ラルコは列の一番端、アマルル・タランドーの隣に胡坐をかいて座った。

 アマルルは、十一歳組の中では一番小柄な女の子で、ラルコよりも更に頭一つ小さい。並んで座ると、八歳組か九歳組の子のようにさえ見える。

 彼女のアウラの光は、薄紅の優しい色合いで体全体を繭のように包んでいた。

 他の者と較べるとやや力強さに欠けるように見えるが、その光はわずかの歪みも揺らぎもなく、ただ一色の絵の具で塗りつぶしたかのような安定した輝きを保っている。


 その向こうに座るシーニャは、少し青みのかかった白。凍てついた湖面のような色合いの光をまとっていた。

 その光は、アマルルとは違って陽炎のようにゆらめき、時折雷光が弾けるような小さな煌めきを放つ。清楚な外見でありながら男勝りの猛々しさを内に秘めた、彼女の本性そのもののようであった。


 ラルコは皆のアウラの輝きを眺めながら、同時にその内面を覗き見ていた。

 どの心の内も、外から見える光の様子と全く同じ。魂の奥底から泉のように湧き出してくる、あるいは炎のように燃え上がってくるアウラを己の身にまとわせ、魂と肉体を一つにしている。

 つまり目に映っている光も、心の内側にあるアウラが外に顕れているに過ぎないのだった。


「十歳組で、(ゼン)の修練をやっただろう? まずはあの要領だ。自分の内側へと意識を向け、自分が自分であることを意識する。

 そこから更に深いところまで潜って、己自身、すなわちアウラを見つけ出すんだ」

「はい」


 ラルコは目をつぶり、スカラーツ先生の言葉通り、意識を自分の中へと向けた。

 (ゼン)の修練とは、心を平静に保ち全身の神経を自分の中のただ一点、つまり己自身に向けて、自分の中に自分を見出すという修行だ。

 ラルコはこれを単なる精神集中のための技術と理解していたが、実はアウラの真実に達するための下準備だったという訳だ。


(先生は僕が既にそれを成し遂げていると言ったけど、僕自身はそれがどういうことなのか少しも理解していない。

 自分のアウラを見つける、か。ならばその答えは、きっとあそこにあるはず)


 かつて『勇者(アーロー)』という言葉を聞いた時に、心の奥底から沸き上がってきた不可解な騒めき。それはすぐに手の届かぬ深淵へと隠れてしまった。

 おそらくあの騒めきこそがアウラの片鱗。そしてそれが去って行った先に、求めるものは眠っているはずだ。


 僅かな手掛かりから物事の本質を見抜いてしまう彼の天才は、心を読む能力とはまた別のものであっただろう。ラルコは、先生の言葉と周り者達のやり方を見ただけで、アウラを引き出すコツを悟っていた。

 だが、知ることと成すことは更に別物だ。

 彼は、息をつめ膝を抱えるように意識を一点に集中して、自分の心の奥へと潜って行った。


 静かに……。

 静かに……。

 水底に向かって身を沈めるように……。

 深淵はどこまでも深く、暗く。果てのない広がりと、永遠の時を感じさせる。

 次第に視覚も聴覚も失われ、自分がどこにいるかすらも判然としなくなってきた。


 それでもラルコは、アウラを求めて更に深い場所へと潜ろうとした。

 深く……。

 もっと深く……。


 沈むにつれて、息苦しさが増してくる。

 禅を開始してから、どれほどの時間が経過しただろうか。だが時間よりも、むしろ深さの方が問題だった。

 身を沈めようとすればするほど、不可解な圧力が全身を襲い、胸を締め付けてくる。

 まだ何も見つけていない……。

 更に……。

 更に……。


 そこが限界だった。ラルコはついに耐えきれなくなって、大きく息を吐き出した。


「はああーっ」


 目を開くと、そこは元とは何も変わらぬ修練場の中。

 いや、修練場そのものは変わっていなかったが、状況はすっかり変わっていた。仲間達が周りを取り囲んで、彼をじっと見つめていたのだ。


「大丈夫か?」


 正面に座り込んで心配そうに声をかけてきたのは、リーダー格のダカル・カリグーだ。


「え? 僕……」

「良かったー。死んじゃうかと思ったあ」


 その隣で、シーニャが泣き出しそうな声を漏らす。見れば他の者達も皆、心配そうな表情でラルコを見ていた。


「うん」


 ダカルはラルコの額に手を当て、何かを確かめるように小さく頷いた。


「問題ないようだ」

「問題ないって、いったいどうしたの?」

「ラルコ、君は午後の間中ずっと、自分の中に潜り続けていたんだぞ。見ろ」


 言われるままに窓の方に目をやると、既に陽は傾きかけて、西日が差し込んで来ている。


「いつのまに……」

「だから心配ないって言ったじゃないか。彼のアウラには少しの乱れもなかっただろう?」


 スカラーツ先生は、座り込んでいる皆の後ろに立って、腕を組んでこちらを見降ろしていた。


「アウラって? 先生、僕のアウラが見えたんですか?」

「ああ、薄くだがアウラの光が見えていたよ。私だけじゃなくて、皆にも見えていたさ」

「うん」

「ああ」


 先生の言葉に、仲間達も頷く。


「金色の、朝日みたいにきれいな光だったよ」


 と、シーニャ。


「初めてであそこまで出来るなんて、すごい才能だよ。僕らはみんな、最初の光を出すまでに半年以上もかかったんだ」


 ダカルも感嘆冷めやらぬといった様子だ。


(アウラの光……。僕は本当にできたのだろうか)


 皆の興奮とは裏腹に、ラルコにはその実感が全くなかった。つまりは、それ程までに精神を集中していたということなのかもしれないのだが。


(でも、これでは全然だめだ。自分自身が判らないのでは、見つけたうちに入らない)


「ふん、あんなのじゃ全然だ」


 ラルコの気持ちを代弁するかのように言い捨てたのは、クロウレ・タンリートだ。


「おいクロウ、何を言っているんだ。ラルコは今日が初めてなんだぞ。お前が初めて光を見たのは、何か月目のことだ?」

「ふん」


 声を荒げて言い返すダカルに、クロウレはもう一度鼻を鳴らして、横を向いた。


「いや、クロウレの言う通りだよ。本当にまだまだだ」


 ラルコは大きく深呼吸をして、ダカルに言った。

 スカラーツ先生も、腕組みしたまま頷く。


「そうだ、全てはここからだぞ。ラルコにはあと二か月で、皆に追いついてもらわなければならないんだからな」

「「二か月だって?!」」


 皆が先生を見上げる。


「何を驚いているんだ。お前達は春になったら、十二歳組になるんだぞ。それまでにラルコが追いつかなかったら、一緒に進級できないじゃないか」

「でも、魔導術だけじゃなくて体術や勉学だってあるのに……」


 不安げなシーニャの言葉に、スカラーツ先生はニヤリと笑った。


「少なくとも、勉学の心配は不要だ。というより、シーニャはラルコよりも自分の心配をした方がいいぞ。とっくに追い抜かれているからな」

「えっ?」

「ラルコは十歳組にいる間に、十一歳組どころか既に十二歳組の勉学内容にまで進んでしまっているんだよ」

「そんな、嘘でしょ?」


 シーニャに見つめられて、ラルコは慌てた。


「えっ、先生! 僕、そんなことしてませんけど!」

「君なら平気だろうという、ドーク館長の指示でな。アリア先生が組級なんかお構いなしに教本を与えていたらしいよ」

「本当ですか。どうりで、十歳組になったら急に本が増えたと思った」


 十歳組の先生は、アリア・ローリースという年配の女性だ。

 ラルコに次から次へと教本を押し付けてくる心の内が、妙に楽しそう、というより面白がっているみたいだと感じていたが、そんな裏があったことまでは読み切れなかった。


「じゃあ! 魔導や体術まで抜かれたら、ラルコはもっと上の組に行っちゃうんですか!」


 シーニャが悲鳴のような声を上げる。スカラーツ先生は腕を組み直し、大きく頷いた。


「うむ。だからそんなことにならないように、お前達も頑張るんだぞ」


 皆は顔を見合わせ、それから慌てて場内に散って、自分たちの修練を再開した。




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