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19.アウラの真実


 どれくらい気を失っていたのだろうか。目を覚ますと、他の者たちによる仕合が行われていた。

 戦っているのは、ダカル・カリグーとクロウレ・タンリートの二人だ。

 長身で引き締まった体のダカルと、子供とは思えぬ筋骨を備えた色黒のクロウレ。どうやら勝負は互角のようだが、どちらの者も、技の速さやキレはラルコとは桁違いで、その素早い動きには目が追い付いていくのもやっとだ。


(はは……、これは全然敵わないな)


 ラルコは地面に仰向けに転がったまま、暫く二人の仕合を眺めていた。


(あれ? 地面に?)


 いや、体は冷たい草の上だが、頭は何か柔らかいものに乗せられている。

 これは、誰かの膝か? そう思って視線を上に向けると、そこにはニッコリと笑って彼を見降ろす、シーニャの顔があった。


「よかった、気がついた? でもまだ起きないで。もう少しそのままでいてね」

「あっ。ご、ごめん」


 慌てて体を起こそうとすると、シーニャは「だーめ」と言って両手でラルコの頭を押さえ付けた。


「まだ体に力が入らないでしょう? ごめんね、嬉しくてつい本気でやっちゃったの。

 今、傷を治しているところだから、もうちょっと我慢して」


 その時ラルコは、自分の頭に添えられている彼女の掌から、何か温かいものが流れ込んで来ていることに気付いた。


「感じる? 私の(アウラ)を、あなたに与えているのよ」

「アウラ……?」


 それは以前、王宮でドークが言っていた言葉だった。

 あの時は、ドークの意識が読めなかったためその意味が判らなかったが、シーニャの口から発せられた言葉には、彼女の意識が乗せられている。


(そうか、やっと判った)


 ラルコが読み取る人の意識とは、通常の場合、具体的な文字や文章というよりも感情やイメージといった曖昧なものであることが多い。

 人の頭の中は、それほど論理的には出来ていないのだ。

 短絡的で直感的。文字ではなく漠然とした概念でものごとを考えている。

 だが強い思索を展開する時には、その意識は言葉として捉えられるほどに明瞭になる。


 一番鮮明になるのは、一対一で会話をしている時だ。

 その時、人の意識は口や耳とほぼ完全に同期する。だからラルコは、初めて聞く単語でも音と同時にその意味を知ることが出来るし、相手の言いたいことも本質を違わず理解することが出来るのだ。

 そして今、『アウラ』という単語を発したシーニャの頭の中は、彼女が抱いているその言葉のイメージで溢れ返っていた。


 (アウラ)とは、人の心であり意思、魂が持つ力。

 それは精神の在り方であると共に、現実に行使することのできる力でもある。これを自在に用いれば、人は肉体で成す以上の事象をこの世に顕すことが出来るのだ。

 つまり、魔導の原点だ。


 ただしそれを行うことが出来るのは、人の中でもごく一部。

 生まれ持った才能に加えて、たゆまぬ研鑽と訓練により、アウラの真実に対する理解と操術の習得を成し得た者だけだ。

 そしてその生まれ持った才能こそが、ラルコがこの館で暮らす者たちに感じていた、得体の知れないものの正体だった。

 聖王宮は、全国から人並み外れた強いアウラを有する孤児を集め、その才能を磨き上げるための修練を施していたのだ。


 シーニャは既にその才能を開花させ、自分自身のアウラを操る術を身に付けていた。

 彼女がいま行っているのは、自分の持つアウラをラルコに与え、傷口に直接作用させることによって肉体の損傷を癒すとともに、衝撃で乱れた精神の回復を促すことだった。


「あの一発で、あなたのアウラの流れを乱してしまったから、体中がガタガタになっているはずよ。治癒術(ソワン)でちゃんときれいに整えてあげるから、安心してね」

「まったく、無茶をして。アウラを乱すどころか、もう少しでラルコの頭を割ってしまうところだったじゃないか」


 声のする方に眼をやると、タクロ・スカラーツ先生が傍に立って二人を見降ろしていた。


「先生……」

「君に大怪我をさせたのは、加減を知らないこの子なのだからね。最後まで責任もって面倒見て貰うといいよ」

「はいっ!」


 と、嬉しそうに返事をしたのは、ラルコではなくシーニャだ。



―― * ―― * ――



 その日の午後は、屋内での修練となった。

 広い修練場の板張りの床の上に、ラルコを除く九人の子供が思い思いの姿勢で座っている。傷が癒えたラルコは、スカラーツ先生の隣に立ってその様子を見ていた。


「では、始めなさい」


 全員がそろって目を瞑る。すると皆の体が、一斉に不可思議な光を放ち始めた。


「見えるかい?」

「はい」


 ラルコは、まだズキズキと痛む左のこめかみを手で押さえながら、答えた。

 スカラーツ先生は、そんなラルコを見てクスリと笑った。


「まだ痛むか? 仕方ない、シーニャの治癒術(ソワン)はあまり上手とは言えないからな」

「そうなんですか?」

「ああ。でもおかげで、彼女にもちょうどいい修練になったよ。

 それに、君も自分の未熟さをきちんと噛みしめておくべきだろう。あまり簡単に治ってしまっては、痛みというものを軽く考えてしまうからね」

「はい」


 そんな会話を交わしているうちに、皆が放つ光は次第に強さを増してきた。

 それは身体が光っているというよりも、まるで体の中から光の靄が漏れ出してくるかのように見える。

 光り方も一様ではなく、輝きの強さや色合いには個々に明白な違いがあった。

 白……、青……、朱……、草色……、紫……。

 炎のようにゆらゆらと立ち昇るもの……。繭のように体を包み込むもの……。まとわりつくように渦を巻くもの……。

 九人の子供たちは、それぞれに異なる個性を持つ光に包まれ、静かに床の上に座している。

 ラルコはその輝きの中に、手を差し出せば触れられそうなくらいの力強さを感じていた。


「十一歳組からは、これを学ぶことになる。

 十歳組までは、その一歩手前の、集中力を高める修練に留めているんだ。なにしろ小さな子では負担が大きすぎるからね。

 この光は、普通の人間の目には映らない。これが見えるのは、アウラの真実を悟り得た者だけだ。

 でもラルコ、君がこれを見ることが出来るということは、館長の言った通り君は既にそれを成し遂げているということだね」


(アウラの真実?)


 それが意味するものをスカラーツ先生の意識から読み取ろうとしたが、彼の中にあるイメージは、底知れぬ深淵のように遠大で掴みどころがなく、ラルコの理解をはるかに超えていた。

 そして、ドーク館長。あの人は、ラルコ自身も知らない彼の能力を見抜いていたというのか。


「今みんながやっているのは、魔道術の基礎中の基礎。己の心の奥底に潜むアウラを自らの意思で活性化させ、体の表面に顕れるほどに沸き立たせる技だ。

 では、君もやってみたまえ」

「はい」




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