18.冬晴れの対決
鷺の月(二月)初頭の、とある晴れた日の朝。
館の裏手に広がる草原の一角で、ラルコとシーニャが対峙していた。
既に陽は高く昇り、空は青く晴れ渡っているが、真冬の空気はなおも冷たく吐く息も煙る。
地面は昨夜遅くに降った雪に薄っすらと覆われ、麻色に枯れた草地に、白の色彩を添えている。
その凍った大地の上を、二人は裸足で踏みしめていた。
暁の館では、修練の一つとして一対一の格闘戦を行っている。
それも、十歳組までは素手による組手のみだが、十一歳組では武器を使った仕合が組まれることもある。
ただしあくまで訓練の一環なので、武器と言っても模擬的なものではあるが。
傍には同じ十一歳組に所属する八人の仲間と、担当教諭であるタクロ・スカラーツが並んで立ち、対決を興味深げに見ている。
スカラーツ先生は、ドーク館長と同じ黄土色の貫頭衣と冠帽を身に付けている。
ゆったりとした衣装で隠されているが、袖口から覗く赤銅色の腕の形だけで、十分に鍛え上げられた肉体を備えているのが見て取れる、筋骨たくましい若い男だ。
そして、同級の子供たち。
ダカル・カリグー。
クロウレ・タンリート。
トード・ボワロ。
サングラ・カリグー。
アマルル・タランドー。
サコ・カリグー。
ベアゴ・ノーポール。
ティグラ・クマール。
このうち、カリグーの姓を持つ三人は赤子の頃に引き取られた生粋の聖王宮育ち。そしてシーニャとアマルル、サコの三人が女子だ。
男子は背丈も肉付きも様々だが、一番小柄なトードですらラルコと較べれば明らかにたくましい体躯を備えている。
新入りのラルコの対戦相手としてまずは女子をあてがわれたのも、無理からぬことだった。
とはいえ……。
「さあ、かかってらっしゃい。女の子だからって手加減なんかしないでね」
二人は、短刀を模した木の丸棒を手に、十マールほど離れた位置で向き合っていた。
(手加減するなって、言われてもなあ)
丸棒は、拳三つ分ほどの長さで、先端も丸く削られ尖った部分はない。
だが材質は固い樫の木からなり、重さも十分だ。これで思い切り殴ったりしたら、ただでは済まないだろう。
いくら背格好が同じくらいだとはいえ、女の子相手に本気になどなれるはずがない。
「始め!」
スカラーツ先生の合図に、ラルコは腰を落として身構えた。
(よし、何とか捕まえて、ねじ伏せるか)
対するシーニャは、背筋を伸ばしたまま。丸棒を持った右手を背中に回し、左手を前に突き出して掌を大きく開くという、不思議な構えを取った。
(剣を隠して、目くらましか。いや、それだけじゃない……)
彼女は体を横向きにして左腕をこちらへ真っ直ぐ伸ばし、掌で自分の顔を隠すように掲げている。
おそらく向こうは指の隙間から覗き見ているのだろうが、こちらからは視線も表情も読み辛くなっている。
なるほど、これは一対一の戦いでは確かに有効かもしれない。
だがラルコは、シーニャの意識の流れを感じることができる。
特に戦いに際して、人はより強い意思を放つので、彼女のそれも普段以上に明確に読み取れるはずだ。
そうして相手の動きを事前に察し、先手を取る。
なんとも卑怯な戦法だとは思っているが、自分自身でも止められないので仕方がないのだ。これも己の力と割り切って、ここまで戦い抜いてきた。
案の定、シーニャは指の間からラルコの構えをつぶさに観察し、隙を探っていた。
おそらく彼女は、そこを狙ってくるだろう。それを先読みして、迎え撃つ。あるいは、わざと隙を見せて誘うことも可能だ。
そして、彼女が見出したラルコの隙とは……。
全身だった。
(っ……!)
それを知ったラルコの衝撃は大きかった。
なんとシーニャの目には、ラルコの構えは話にならないほどに隙だらけとしか映っていなかったのだ。
さらに、彼女の心は戦いのさ中であるにも関わらず、風のないの水面のように穏やかで、強い意志を放つどころかむしろ無心に近い状態だった。
これでは動きを読んで先制することなど、出来やしない。
「くっ」
次の瞬間、ラルコは地面を蹴っていた。
(悠長に待ち構えていたのではやられてしまう。こうなったら、こちらから仕掛けるしかない!)
だが、短棒を振りかざし突進するラルコを、奇妙な違和感が襲う。
(シーニャの左手が、いきなり大きくなって……。いや違う!)
ラルコが前に出たのとほぼ同時に、シーニャもまたこちらに向かって来ていたのだ。それも、左手を前に掲げたまま。
距離感が狂わされ、一瞬の躊躇が生まれる。
それはラルコが想定しなかった、新たな隙。シーニャがそこを見逃すはずがなかった。
間合いを一気に詰められ、目前に掌が迫る。
ぶつかる寸前で、それを払いのけようと短棒を振り下ろした刹那、視界の端に白いものが飛び込んで来た。
何? と視線を向ける暇すら与えられず、それは稲妻の速さでラルコのこめかみを貫いた。
「がはっ!」
全身に落雷を受けたような衝撃が走る。勝負は一瞬だった。
(シーニャの……右……)
左の掌で相手の視界を奪い、その陰から右手の短棒が無防備な側頭部に襲い掛かる。
しかも彼女は、短棒の側面で叩くのではなく、先端を立てて渾身の力で突いてきた。もしもこれが本物の短剣であったら、ラルコの頭は間違いなく串刺しにされている。
いや、一歩間違えば、たとえ丸棒であっても頭蓋を粉砕されていたことだろう。
情け容赦など一切ない必殺の一撃を喰らって、ラルコはなす術もなくその場に崩れ落ちた。




