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17.暁の館


 翌日から、新しい生活が始まった。

 最初に「聖王宮へようこそ」と挨拶されてしまったため、ラルコは聖王宮とはこういう場所なのかと勘違いしそうになっていたが、ドークの説明によれば、自分達がいるのは聖王宮の一角に過ぎず、聖王の居城である本殿はまた別の場所にあるということだった。

 そして一般に聖王宮という呼び名は、この森の中に点在する数々の宮殿や施設の総称であり、更に言えばカリグー山麓全体が、聖王宮の支配地なのだそうだ。

 ラルコが暮らすことになったこの建物は『暁の館』と呼ばれる施設で、ドークはここの館長だった。

 暁の館は孤児の養育施設、それもただの孤児院ではなく、シーニャの言葉によれば『勇者(アーロー)を育成するための修練所』ということだ。


 勇者(アーロー)

 シーニャの意識の中では、それは単に戦う者という意味でしかなかった。

 だがラルコは、不思議な響きを伴うその言葉を初めて聞いた時、自分の中に不可解なざわめきが湧き上がってくるのを感じていた。


 昂揚と…不安……。

 決意と…怖れ……。

 永遠と…破滅……。


 相反する感情が心の奥底でうねり、渦を巻く。

 だがその正体を見極める間もなく、その感覚は再び手の届かぬ深淵へと沈んで行き、ラルコは密かに息を吐いた。


(いつの日か、僕はそこにたどり着くことが出来るのだろうか)



―― * ―― * ――



 暁の館での活動は、概ね各種の修練が中心であり、年齢別に分けられた組ごとに、先生と呼ばれる大人達の指導のもとに教育課程が組まれている。

 修練は肉体的なものだけでなく、知識を得るための座学もあった。

 早い話が、学校と同じだ。


 ラルコは、とりあえず六歳組に編入されることになった。

 そうなった理由の一つは、彼の正確な生まれ年が判らないことだ。

 だが見た目には十歳前後の体格は備えているし、それに本人も気付いていなかったが、初めてマルジットに現れた時よりもわずかながらに身長が伸びていた。

 これからも、どんどん成長していくことだろう。

 だから、いくらなんでも六歳組というのは無理があると他の子供達はみな首を傾げたのだが、これにはもう一つ、やむを得ない理由があった。

 なんと、ラルコは読み書きがまるで出来なかったのだ。


 実は、マルジットの村にも学校はあった。

 当然ラキィもそこに通っており、一通りの学業は修めている。

 本来ならラルコもそこで読み書きくらいは学べるはずだったのだが。

 不幸なことに、ラルコが村にいた時期はちょうど収穫の最盛期と重なっていて、学校も家業が優先ということで、秋の農繁期休みに入っていたのだ。

 おかげで彼は自分と農作物の名前くらいしか教えてもらうことができず、学校というものの存在すら知る機会がなかった。

 その結果、一応と受けさせられた十歳組用の簡単な試験で、問題文が読めずに、零点というドーク先生も驚きの成績を叩き出してしまったのだ。


「ま、まあ仕方がないよね。大丈夫、君ならすぐに追いつくよ」


 ドーク先生にそう慰められても、苦笑いしか出て来ない。

 落ち込んだわけではないが、いつの間にか何でも知っているつもりになっていたのは慢心であったと、反省した。


「ラルコちゃん、いっしょにおべんきょうしようね!」


 と、先輩である六歳児と仲良く勉強を始めたラルコであったが、残念なことにこの組とはたった三日でお別れすることになった。

 それも当然。なにしろラルコは一通りの読み書きを半日もかからずに憶えてしまい、三日の間に六歳組用の教本を全て読破して、その内容を身に付けてしまったのだから。


 続けて七歳組に入れられたが、同じく五日で修了。八歳組も九歳組も十日ほどで通過した。

 そうやってラルコは、年末の白の月(十二月)が過ぎるたった一か月で四年分の学問を学び取ってしまったのだ。

 これには「すぐに追いつくよ」と励ましたドーク先生も、当初とは逆の意味で驚いた。


 年が明けて十歳組に上ると、さすがのラルコもやや足踏みをした。

 勉学については、障害というほどのものはなかった。

 相変わらず教本を一読するだけで自分のものにしてしまう天才ぶりは健在だったが、学習の範囲が広がり読むべき本の量も増えたせいで、それなりに時間を要することになったのは、やむを得ないことだ。

 それでも半月余りで修了してしまったのには、先生達も舌を巻いた。


 問題は、体術だ。

 暁の館では、学業以上に肉体の鍛錬に重きを置いている。走る、跳ぶ、投げるといった基礎技術はもとより、格闘術や各種武器の扱い、さらには精神を鍛える修行など。

 こればかりは、一度見ただけで憶えるというわけにはいかない。己の肉体と時間をかけた訓練が必要だ。

 頭で判っていても、身体がその通りに動かなければ何の意味もないのだ。


 ラルコは、当初の印象から十歳相当と見積もられていたが、体格的には同歳組の他の子らと較べても小柄な方だ。

 だが幸いと言っていいのか、ラルコは身体能力についても見た目以上のものを備えていた。

 なにしろ、農繁期のマルジットで大人でも音をあげる重労働に一か月にも渡って従事し、その小さな肉体を十分に鍛え上げていたのだ。

 多少の未熟さは腕力でねじ伏せ、年明け早々の紫雲の月(一月)の間には同歳組の全員を下して、明くる鷺の月(二月)には晴れて十一歳組に昇級することができた。



―― * ―― * ――



 だがそんなラルコの快進撃も、ついに止まる時が来た。


「ようこそ、十一歳組へ。待っていたよ」


 並みいる強敵を次々と退け前代未聞の飛び級を続けるラルコの前に立ちはだかったのは、シーニャ・ヴァルロシャークだ。


「君って、十一歳だったんだね」


「そうよ。あなたは年下だと思っていたけど、そんなことはどうでもいいわ。来た以上は歓迎する。

 ただし、ここから先は簡単に進めると思ったら大間違いよ。

 さあ、かかってらっしゃい!」


 十一歳組に入って、最初の格闘技の修練。

 シーニャがその対戦相手だった。



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