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15.森の宮城


 リュカスと別れた後、ラルコはドークに連れられて、馬車で王宮を出た。

 ただし、馬車といっても王都への旅に使った荷馬車などではなく、御者付きで立派な客室を備えた黒塗りの四輪馬車(カローセ)だ。

 窓のカーテンは閉められ、外の様子は見えない。

 あるいは、外から覗かれないようにするための措置だろうか。だが耳に入る喧騒と、頭の中に押し寄せてくる意識の波によって、市街地を通っていることは分かる。


(でも、どこへ行くのだろう?)


 暫くするとその騒めきも静まり、郊外へ出たのが知れた。

 カーテンの隙間から射し込む陽の光の角度からみて、どうやら北に向かっているようだ。

 緊張が顔に出ていたのだろうか、向かい合って座るドークが微笑みかけてきた。


「不安かい?」

「いえ……」


 不安はないが、戸惑いはある。

 ドークの優しげな物腰は、王宮で初めて会った時の尊大な態度とはまるで別人のようだ。

 というよりも、彼はリュカスがいなくなった途端に表情を和らげ、穏やかな口ぶりでラルコに話しかけてきた。


(どういうことなんだろう。リュカスさんの前では演技をしていたのだろうか)


 とはいえ、それを相手に聞くわけもにいかず、本心を探ろうにも彼の意識は相変わらず霧の中だ。

 そういう性質なのか、それともあえて心を閉ざしているのか。もし後者だとしたら、彼はラルコの能力を知っているか、あるいは自分以外にも同じ能力を持つ者がいるということになる。

 そして最も可能性が高いのは、彼こそがその能力者であるということだ。

 そう考えると、ラルコは急に自分が丸裸にされたような寒気を憶えた。


(そうか。僕が他の人達にしているのは、こういうことなんだ……)


 相手の心は見えず、自分の本音は全て暴かれているという恐怖。

 この能力を知られた時、ラルコは人々に怖れられ、忌避されるだろう。あるいは憎悪されるかも知れない。

 さらに、それを利用しようとする者も現れるに違いない。

 誰に何を要求されようとも拒否すればいいのだろうが、もしも、それすらも許されない状況に陥れられたら。

 例えば、ラキィを人質に取られたりしたら……。


(そうだったのか)


 彼女が危惧していたものの正体を、今ようやく理解できた気がした。

 ドークは、一言答えただけで押し黙ってしまったラルコを暫く見つめていたが、再び声をかけて来た。


「僕達が今向かっているのは、カリグー山だ」

「カリグー山?」

「そう。ほら、王都からも見えていただろう?」

「はい」


 ラルコは頷く。

 その山は旅の途中からもよく見えていたので、リュカスが色々と話を聞かせてくれていた。


 カリグー山は、王都の北約二十カマールの位置にそびえる、王国随一の霊峰だ。

 標高は3,333マールとされるが、定かではない。山脈を成さず、広大な平原の中にただ独り威をあらわす、孤峰だ。

 山型はみごとな円錐を成し、ただどういう理由か山頂は一年中雲に覆われていて、下界にその姿をさらすことはない。

 その神秘さと、どの方角からも望める優美な姿は女神の現身(うつしみ)とも称され、山頂を飾る笠雲は金冠に、山襞になびく白樺(ブーラン)の連なりは絹衣にも例えられる。


「聖王宮は、カリグーの森の中にあるんだ。もうすぐだよ」


 それからドークは腰を上げ、窓を開いた。

 外の景色に目をやると、馬車は既に森の中に入っていたようだ。吹き込んでくる冷たい風にも、微かに木々の香りがまじっているような気がした。


「王宮って、嫌だよね」


 ドークが窓の外を眺めながら、ポツリとつぶやいた。


「え?」

「僕は、あの場所が嫌いなんだ。

 ゴミゴミして、ギスギスしていて。あそこにいると気分が悪くなる。役人も嫌いだ」


 そう言って、ラルコを見る。


「君もそう思わないかい?」


 ラルコは思わず「はい」と答えそうになり、慌てて口を閉じた。


「いえ……、あの……」


 ドークはクスリと笑い、続けた。


「でも、あれが人間なんだ。僕達が守らなければならない、愛すべき人間達なのさ」


 そして再び窓の外に目をやり、その後はずっと黙ったままだった。




―― * ―― * ――



 それからほどなくして、馬車は森の中に建つ、大きな屋敷の前に到着した。


「さあ、今日からここが君の家だ。仲間も大勢いるから、紹介しようね」


 それは王都にあったような石造りの巨城ではなく、木造の、教会に似た造りの館だった。

 中央に高い尖塔を備え、左右の棟の広がりは、端が木々に隠れてしまって見えないほどに広大だ。

 正しく城と呼ぶにふさわしい堂々たる佇まいであったが、不思議と威圧感はなく、どちらかというと落ち着いた雰囲気をまとっていた。

 玄関ホールの中は外観に違わず豪奢な造りで、そこに家が一軒建ってしまうのではないかと思えるほどに広く大きかった。

 だがそこには誰もおらず、周囲にも人の気配は感じられなかった。


「ついておいで」


 ドークはそのままホールを抜け、奥へと向かう。ラルコもその背中を追った。

 真っ直ぐに伸びる長い廊下を歩き、突き当りのドアを開けると、そこはなんと建物の外だった。どうやら裏口まで来てしまったらしい。

 その先は広々とした裏庭、というよりも草原が広がっていた。

 そこには、大勢の人間が思い思いの場所に散らばり、何かの訓練かあるいは遊びに興じている。見れば大人は数人しかおらず、ほとんどが子供のようだった。

 大人達は皆ドークと同じ貫頭衣を身に付けており、子供達は丈の短めなズボンの上に前開きの衣を帯で結んだ格好だ。動きやすそうだが、冬着にしては少し薄手のように見えた。


 子供達は、ドークの姿を認めると一斉に駆け寄って来た。


「先生!」

「ドーク先生、お帰りなさい!」

「先生、どこに行っていたの?!」

「お帰りなさい!」


 皆、口々にドークに話しかける。


「わかったわかった。みんな、集まりなさい」


 すると周りに群がっていた子供達はサッと後ろへ下がり、彼の正面に整列した。


「みんなに紹介しよう。今日からまた一人、新しい家族が増えるよ」


 全部で百人以上はいる。

 年齢もさまざまで、二・三歳くらいの小さな子供から、大人と大差ない背丈の少年まで。皆、興味津々の表情でラルコを見ていた。


 その中に、ひときわ目立つ一人の少女がいた。

 年恰好はラルコと同じくらいだろうか、特に背が高いわけでもない。だがその顔立ちは、他の子らとは明らかに異なっていた。

 金色の髪に、白い肌。そして真っ直ぐにこちらを見つめる大きな眼は、空色に輝く。髪が長いことを除けば、ラルコにそっくりだ。


 ラルコも思わず、その子を見つめ返してしまう。

 少女はラルコと眼が合うと、全身を歓喜に震わせ、ついにはもう我慢しきれないといった様子で、ダッと駆け寄ってきた。



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