12.千年の都へ
王都へ向かう旅は、まずまず順調なものであった。
平原を貫いてまっすぐに敷かれた街道は、整備もよく行き届いており、急な坂や峠などはほとんどない。難所と言えば、途中何箇所かの川越えをしなければならないくらいだが、これも大きな渡し舟のおかげで、馬車ごと渡ることができた。
天気も良く、秋風は爽やか。
このまま、どこまでも行ってしまいたいと思うくらいの、のんびりした道行きだった。
それでも『まずまず』と僅かながら条件を付けざるを得ないのは、金髪の少年の噂が既にかなりの遠方にまで広まっており、街に着くたびにラルコを一目見ようという野次馬が宿に押しかけ、大騒ぎになってしまうからだ。
護衛役であるリュカスの頑張りで、ラルコの休む部屋までは誰も入り込ませはしなかったが、その代わりリュカスは次から次へとやってくる来客の応対と警護でろくに休むことができず、翌日は御者台の上でウトウトするのが日課となってしまった。
しかも、移動中ですらラルコに気付いて物珍し気に声をかけてくる者も少なからずいて、その度に居眠りが中断されてしまう。
しまいには、ラルコが御者台で手綱を握り、リュカスは荷台で爆睡するという光景が当たり前になっていた。
そんな馬任せののんびり旅を続けて、約一月。季節も移り、風の音に冬の足音が混じり始めたころ、馬車はようやくブルメリア王国の首都、ガレイドの郊外へと達した。
―― * ―― * ――
ブルメリア王国は、大陸の東部に位置する東原諸国の中では、中堅規模の国家だ。
国土は、東西約500カマール、南北約300カマールの長方形に近い形。
東は大海に面し、南はアイダリー公国と、中原の雄オズバン帝国、西は国一つ分にも及ぶ広大な森林地帯であるタイガの森に接している。森の向こうには、内陸国家のヴァイザル王国があるが、今現在この国との間に直接の国交はない。
そして北面には大地の背骨とも称されるカラルカ山脈が横たわり、それを越えると北の大帝国ロスコアだ。
王国の人口は、約二千万。ブラージェ王家千年にわたる治世により国内の情勢は比較的安定している。また、東原全体を見渡しても、百年前の魔道大戦の終結以降は、幾多の小競り合いはあれども大きな戦乱はなく、少なくとも表面上は平和な日々が続いていた。
ただし、三年前に大陸北部においてロスコアと魔族との間で起きた争乱は、遠く離れたこの地にも幾ばくかの影響をもたらしはしたが。
領土内は、王室の直轄領である十二の郡と、二十四の貴族領に分かれている。マルジットがあるのは、王国西部の一角を占めるキャラコルク郡の中だ。
王都ガレイドは王国の中心よりは東寄り、大海から約100カマールの位置にある。
マルジットからは約400カマール。実は、通常であれば半月もあれば踏破出来てしまう距離なのだが、どういう訳か今回の旅に限っては、その倍近くもの日数がかかっていた。
果たしてこれは荷馬車を引いていたのが力のない年寄り馬だったことが原因なのか、それとも仕事をしたくない誰かが意図的にそうした結果なのか、それは定かではないが。
王都ガレイドは古来、王宮を中心に街全体を高い城壁で囲んだ、城砦都市だった。
しかし長きにわたる平和の中で、国の発展とともに人口や物流が増加し、城壁内にその全てを収容することが困難になってしまった。
あふれ出た人や物は、必然的に城壁の外に新しい街を作り出すこととなる。一度殻を破った街並みはその後も絶えることなく広がって行き、いつしか巨大な都市を形成した。
そして今や、王都は都市機能のほとんどが郊外へと移り、城壁内の旧市街は、王宮とそれを取り巻く官庁、そして聖教会や大学などが立ち並ぶ、政治文教地区へと特化していた。
いやむしろ、一般市民にとっては、城壁の内側こそがすなわち王宮であるという認識となっている。
その王宮を囲う城壁には東西南北の四つの門があり、それぞれに門衛騎士が配置されている。
かつてガルブやリュカスが所属していた東門騎士団は、その中の一つ。
もちろん、門衛と呼ばれてはいてもその任務は単なる門番などではなく、その実態は国家の守護神たる軍隊そのものだ。
王都には、他に門衛騎士団の上部組織である王宮騎士団と、王室直属の親衛騎士団があり、この六つを総称して王下六星騎士団と呼ぶ。
更にこれ以外にも十二の郡と二十四の貴族領には、それぞれに地方騎士団が置かれている。
これら騎士団こそが、ブルメリアの国防と治安の要なのだった。
―― * ―― * ――
二人を乗せた馬車は、城壁に向かって真っすぐに伸びる大通りを、ゆっくりと進んでいた。
王都の街並みの壮麗さは、マルジットはもとより、旅の途中で立ち寄ったどの街と較べても、圧倒的だった。
全面に石畳の敷かれた通りは、これまで通って来た広い街道よりもさらに幅広く、その両側を挟んで、見上げるような建物が延々と建ち並んでいる。
沿道にはそこかしこに市が開かれ、通りを埋め尽くさんばかりの大勢の人間が、夕暮れ時の椋鳥のごとく群れなし喧噪を放ちながら往来していた。
ラルコは、その煌びやかな景色に見とれながらも、騒音と共に頭の中に流れ込んでくる雑多な意識の流れに、耐え難い心地悪さを感じていた。
(だめだ、頭がクラクラする。どうにかしてこれを止めないと)
大きく息を吐き、気を落ち着かせる。ラルコは耳を塞ぐように自分の心を閉じ、人々の意識が入り込んで来るのを遮断しようとした。
だがそれでも、周囲を満たす声なき声は、さざ波のように次々と押し寄せて来る。
ラルコは何度も深呼吸を繰り返しながら、本当にこんな場所で暮らせるだろうかと、密かな恐怖を憶えていた。
馬車は、大通りを抜けるとそのまま王宮へは向かわず、いったん郡庁の出張事務所へ出向いた。
とりあえず業務報告をしなければならないのと、さすがにこのみすぼらしい荷馬車で宮殿の門をくぐるわけにはいかないというのが、理由だ。
「やっとご到着ですか、事務補佐官どの」
城壁の外側の、西門にほど近い場所にある出張事務所の玄関先で二人を出迎えたのは、リュカスと同年代と思しき、長い黒髪の女性だ。
胸元が大きく開いた白いブラウスに、黒のズボン。あごを上げ、腰に手を当てて重量感たっぷりの双丘と深い谷間を見せつけるように張り、リュカスを見下すように睨みつける彼女こそ、キャラコルク郡庁王都ガレイド出張事務所所長、カナミ・サザンテールその人だった。
「どーもどーも、サザンテール所長。
大変遅くなりまして、ホンット申し訳ありません。
いやあ、僕も一日も早くお役目を果たさなくてはと、粉骨砕身全力で頑張ったのですけどね。なにしろ管理部の連中ときたら、二言目には予算が予算がって、こんなオンボロ馬車しか用意してくれないもんですから。
おかげで、途中何度も遭難しそうになってしまいまして。
これはもう王都にたどり着くのは無理かと折れそうになる心を奮い立たせて、なんとかどうにか、ここまでたどり着きました。
これもひとえに、麗しき所長閣下のおむ…お顔を拝見せんがため。
いやはや、大変な旅でした」
ちっとも大変そうでなく、ニコニコと眼下の谷間に向かって語りかけるリュカスに、カナミは「ハァ」という大きな溜息を吐き、それから二人を事務所の中に招き入れた。




