10.秋空の彼方へ
「いやだあーっ! お別れなんてだめー! 行かないでえー!!」
翌日。村はずれの街道で、地べたに座り込みラルコの腰にしがみついて泣き叫んでいるのは、ラキィの親友のファーチィだった。
その周りには、ラルコの見送りに集まった村の子供達が輪を作り、同じように別れを惜しんで……。いや、あまりにも明け透けなファーチィの醜態に、呆れていた。
大人達も、忙しい農作業のさ中にもかかわらず大勢が集まり、餞別にと持ち寄った麦や野菜などを荷馬車に積み込んでいる。
そして主役のラルコはというと、ファーチィに抱きつかれて身動きが取れないまま、見送りの者達にペコペコと頭を下げて挨拶をしていた。
その朝早くに、ガルブとリュカスは村長の家を訪れた。
リュカスが事情を話し、本日すぐに出立したいと申し出ると、村長は驚き、すぐに人を走らせて村中にこのことを伝えた。
村人達も、突然の別れに当然のごとく驚き嘆いたが、リュカスから王宮からの招聘である旨の説明を受けると、悲しむよりもむしろ喜ぶ者の方が多かった。なにしろ、王宮に招かれるなどそれ自体がとても名誉なことであったし、ラルコの今後を考えれば、王都行きは悪いこととは思われなかったからだ。
彼がこの国の人間でないことは、誰の目にも明らかだ。身内の者を探すにも、王都なら諸外国からの情報も集まりやすいだろうし、生活についても郡庁が責任をもって面倒を見てくれるということなので、不安はない。
ならば笑顔で送り出してやろうと、皆心ばかりの贈り物を手に集まったのだ。
ラルコは、この一ヶ月ですっかり村の人気者になってしまっていた。
娯楽の少ないこの村に突如現れた、金髪碧眼の美少年。その見た目だけでも注目を浴びるには充分だったが、これが意外にも働き者で、言いつけられたことは何でもやるし、教えればどんなことでもすぐに憶えてしまう。
さすがに力では大人に敵わないものの、小柄に見えて意外と腕力もあり、時にラキィよりも重い荷物を運んだりしていた。
農村であるこのマルジットにおいて、男の価値は働きぶりで決まる。彼は外見だけでなく、自身の実力で人々に一目置かれる存在となっていたのだ。
「おいファーチィ、そろそろ離れろ」
兄のダイクが妹の腕を取って、引き離そうとする。
「だあってえー」
だがファーチィはラルコにしがみついたまま、離れようとはしなかった。
「こら、いい加減にしろ。ラルコが困っているだろ?」
「うええーんん」
ファーチィはそれでも手を放そうとはせず、抵抗するようにラルコの腰に涙まみれの顔を埋めた。
「おい!」
腹を立てた兄が妹を無理やり引き剥がそうと肩を掴んだその時、ファーチィが急に「あれ?」と叫んで顔を上げた。
「なんだよ、いきなり」
「そう言えば、ラキィはどこ?」
グスグスと鼻を啜りながら、今更のように周りを見回す。
「え?」
ダイクや他の子供達も「そういえば」と周りをキョロキョロと見回した。
皆、急な知らせに驚いて慌てて駆けつけて来たので、ラキィのことにまで頭が回っていなかったのだ。
「ラキィは、家にいるよ」
と、ラルコ。
「どうして?! みんな来ているのに! 最後のお別れくらいちゃんとしなきゃダメじゃないの!」
「お別れはもうしたから、いいんだって。元気で行ってらっしゃいって」
「あ……っ」
興奮のあまり思わず大声を出してしまったファーチィだったが、そう言って俯くラルコの顔を見たとたん、口を噤んでしまった。
それから黙って立ち上がり、スカートの膝を叩いて泥を払った。
「そっか……、ラキィがそう言うなら。ごめんね、私も泣いたりしたらダメだよね」
後ろを向き、兄の手から大きな麻袋を受け取る。
「はいこれ、水芋だよ。私が採ったの」
「こんなに沢山? ありがとう」
ファーチィは、ラキィがあれ以来一度も泉に足を運ばず、ラルコを連れて行こうともしないことを知っていた。
意識してなのか、そうでないのか。おそらく、もう一度あの場所に行くのが怖かったのだろう。万が一それがきっかけで、ラルコとお別れすることになってしまったら、と。
でもそれがラルコにとって良い事なら、ラキィはきっとためらわないはず。
だから代わりに、ファーチィが密かに泉に通っていた。もし何か手がかりが見つかったら、すぐにラキィに教えてあげるために。
その度に、ラキィの大好物の水芋を掘っていたのだ。
(後でラキィにも、持って行ってあげよう。そして二人で、お腹一杯食べるんだ)
ガルブはラルコに向き合い、その頭をポンポンと叩いた。
「いいか、この荷は村のみんなの心づくしだ。後生大事にとっておいたりしねえで、さっさと食っちまうんだぞ」
「はい」
「残らず全部、きっちりと体の中に入れて、お前の血肉とするんだ。いいな」
「はい」
「俺からは、お前に改めてくれてやる物は何もねえ。お前にはもう、カンターラの名をやったからな。
忘れんじゃねえぞ。お前がこれからどこに行こうと、何者になろうと、お前はラルコ・カンターラだ」
「はいっ」
名前、それは己の存在をこの世に示し、自分と大切な人を魂で繋いでくれるもの。
ラルコにとって、それに勝る贈り物などあるはずがなかった。
「行ってきます……。お父さん!」
「おう、元気で行ってこい」
「さあ、ラルコくん。お名残り惜しいけど、そろそろ出発しようか」
荷造りを終えたリュカスが、ラルコに声をかける。
「はい」
リュカスが御者台に登る。ラルコは後ろの荷台に立って、麻袋を抱えたまま村人達に向かって頭を下げた。
「皆さん、お世話になりました。お元気で」
「元気でねー!」
「さようならー!」
皆が手を振りながら見送る中、二人を乗せた馬車は、はるか秋空の彼方の王都を目指してゆっくりと動き出した。




