ヒロイン、本領発揮する
シルビアが、お妃教育を投げ捨てて早3週間。
王家と侯爵家で何が話し合われたのか知らないが、シルビアはある意味放任されていた。
おそらくは、一旦冷却期間をおいてルーカスの頭が冷えるのを待っているのだろう。
このままうまくフェードアウトをして、次の犠牲者≪あくやくれいじょう≫に役目を押し付けたい所である。
最近はルーカスの視界にすら入れてもらっていない感じだ。うっかりはち合わせたなら顔をしかめられるという嫌われっぷり。
ルーカス個人の方ではすでにシルビアとの婚約は解消されたとの認識らしい。
あれから一度もエスコートの話がないのだ。
こんなに嫌われているのに、何故正式に破棄といかないのだろうか。
やはり物語の強制力だろうか?卒業パーティでの婚約破棄までは破棄できないという制約でもあるのかもしれない。
しかし暇である。
シルビアからお妃教育を取ったら、暇な人になってしまった。
貴族令嬢の暇のつぶし方といえば、刺繍、読書、芸術の手習い…などを除けば、「社交」の言葉につきる。
家にいれば洗顔どころか着替え、はては風呂まで侍女がかいがいしく世話をやくので、自分で何もすることがない。笑い話ではないが、トイレすら一人で行かせてもらえない令嬢もいるらしい。
その為、令嬢の多くは、衣装選びから髪型の選定にはじまってパーティでの噂話に興じる事までが立派な暇つぶしになるのである。
「あー暇だわ。暇すぎてパーティに行くしかないとかもう、何かね」
それでも出来るだけヒロインであるマリアベルや攻略対象者が行きそうもないパーティを選んでいるのだが、そうそううまく逃れられないのが辛い所である。
エスコートを兄がしているので、この「兄」という攻略対象からは逃れられない。
実際何度か、マリアベルとニアミスしている。
どうも、シルビアがいない時を狙って突撃してきて兄に訳のわからない言いがかりをつけてくるらしい。
ゲームでの兄、ベルエールの攻略では、シルビアがマリアベルを罵っている場面からはじまる。
「妹がキツい事を言ってしまってすまない…」
王太子とその取り巻き達が執心しているという噂のマリアベルに対して、妹のフォローをするために声をかけたのがはじまりなので、「シルビアが兄と一緒のパーティでマリアベルを罵る」という条件が攻略の発動条件なのではないだろうか。
だからシルビアは絶対マリアベルを罵らない。そう決めた。
でも、言いたい。言ってしまいたい。
関わらないようにしていたのに、マリアベルはシルビア達のところへわざわざ近寄ってきて言わなくてもよい事を言ってきた。
「臭いの重ねづけは、よくないです。主張が激しい香りよりも、香りってほのかに香る方が上品だと思います。マーゴットさんはつけすぎじゃないでしょうか」
言ってることはわかる。正論だ。正直シルビアもマリアベルに賛成だ。
でも、マーゴットが香水の匂いをプンプンさせるのは気の弱い彼女が、自分の侍女に物言えないから。
義母の侍女だから。
「わ、わたしもそう思うけど、ヘレンが今はこれが流行りだと言ったから」
マーゴットの義母の実家は香料の元になる植物が特産の地である。ヘレン何がしは、それを踏まえ、最新の香水をマーゴットにふりかけた。
マーゴットに広告塔たれと、何メートル向こうまで届く位に。
さらに、この時代、お風呂に毎日入れる人は数が少ない。貴族といえども侍女の用意した湯で拭いてすますという家も多い。
前につけた香りが残ってしまっていても、マーゴットの家のように普段からふんだんに香水を使っている家ではヘレン何がしの鼻も馬鹿になっていて気にならなかったのだろう。
それに体臭のある人間もいる、令嬢なら気になってついつけ過ぎても仕方がない。
それにこれが肝心なのだが、マリアベルが言うほど、シルビアは気にならなかった。
マリアベルは少し過敏すぎるのではないだろうか。
まぁこういうのは個人差があるので何とも言えないが。
(言いたい、言ってしまいたい。『元庶民の方には馴染みがなかったかしら?私たちはこの香りを出すために調香師が素晴らしい仕事をしたって考えますけど。そのような物言いは、物知らずと言われても仕方なくてよ?恥ずかしくなくて?』ってゲーム通りに言いたい!)
マーゴットは元シルビアの取り巻きの一人である。正確には取り巻きの取り巻きだが。
ゲームではわからなかったが、シルビアはおそらく友人を守ろうとしたのだ。
正論を言えばいいというものではない、実際マーゴットは泣きそうになっている。
「でも、それはおかしいです。そのような事に浪費を重ねるより、もっと大切な事があるんじゃないでしょうか」
おかしいのはお前だ!
叫ばなかったのを誰か褒めてほしい。
「経済のお勉強は苦手?」
これも罵りのうちに入るだろうか。
香水ひとつと軽んじるなかれ。原材料となる植物の生産者さん、それを取引する商人さん、それを調香する調香師さん、他にも何人もの血と汗と涙の結晶が一滴に入っているのである。
それに侍女の仕打ちを断れないマーゴットの涙もな!
そうやって我慢しているシルビアの元に燃料投下していく馬鹿がひとり。
「ほっとけよ。マリアベル。お洒落と噂話にしか興味のない奴らに何を言っても無駄だ」
アーウェン!!!
くっそbudye8iytdodebdefvedbj!!!!!
シルビアの顔は怒りを通り越して無表情となりここに、ある伝説の幕が切っておろされた!
「…女性の扱いもわからないお馬鹿さんに言われたとて」
ふっとここで無理矢理にでも艶然と笑ってみせる。
「痛くもかゆくもありませんわ」
持っている扇子で口元を隠し、目には軽蔑の色を称え、やりきった。悪役令嬢゛嘲り゛のスチルの出来上がりである。
その日以来、「ファーミア侯爵令嬢シルビアに罵られたい」という訳のわからない秘密の会が出来たという。




