シャボン玉遊びとフラフープ
ファーミア侯爵の嫡男ベルエールは、その瞬間にある光景がフラッシュバックしていた。
それは、母がまだ生きていた頃の懐かしくせつない思い出。
「ベルエール、貴方の妹ですよ」
母の腕に抱かれていたのは小さな小さな大切なもの。
「貴方が赤ちゃんの頃とよく似ているわ」
そう言われたけどまだ自分も幼かった。母の腕を独り占めしている妹が邪魔に思えた。
ちょっとだけ不貞腐れつつも、手をのばすと、妹にぎゅっと指を掴まれた。
思ったより強い力に、びっくりしたけど感動を覚えた。
「生きてる…」
その力強さが命の輝きのように思えたのだ。
「おにいさま…」
せつなさそうに妹の口から漏れた言葉にベルエールの何かのスイッチが入った。
妹が王太子の婚約者候補になってから、自然と距離があいてしまった二人の心の距離。
しかし、妹は、かわらず自分を頼りに思ってくれているようだ。
これは兄としての自分の出番ではないだろうか?
叱責され、食事を抜かれた妹の部屋の前に、マフィンの入った袋を置いた。
気が付いては欲しいが、気が付かなくてもよい。ただ、兄が妹を心配していることを知って欲しいような気がして少しだけアピールしてみたくなったのだ。
そしてそれは通じたようだった。
妹が紅茶を淹れて、自分をねぎらってくれた。
その日からたびたび、夜になると、どちらかの部屋でどちらかが用意したお菓子をつまみながら紅茶を飲むという嬉しい日課がはじまった。
「おにいさま」
そう呼びかける妹の声は柔らかく可愛らしく、ベルエールに兄としての喜びを与えてくれる。
鈴のなるような声で、その日あったことや出会った人の事を話す妹のなんと愛しい事であろうか。
それに、たまに肩を指圧してくれるのも気持ちがよい。
今日もベルエールは妹の好きそうなお菓子を用意してそわそわと妹の訪れを待っている。
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シルビアは今日も中庭にいた。
父親に叱られたのでしぶしぶと授業には出てはいるが、今は昼の長めの休み時間である。
「やばい、少し太ったかも?」
胃潰瘍が治ったので、食べ物が美味しく頂けるようになったばかりか、夜に兄とお菓子を食べているのである。増えない理由はなかった。
「胸まわりと腰まわりがキツイ」
このままだと、服のサイズなおしが必要であろうか。
だが、侯爵家はお金があるので問題はない。
「ちょっとお行儀悪いけど見逃して~」
カルラとロッテに断ると胸の留め金をはずして襟元をくつろげる。
「はぁ、少し楽になった~」
そんなカルラとロッテはシルビアが持ってきたものに釘づけである。
「それは何ですの?」
「ええ、昼休みに二人と遊ぼうと思って持ってきたのよ」
シルビアの用意したのはシャボン玉である。
「この液をちょんちょんとこの穴の開いた麦わらの茎の先につけて、そうっと息をふくのよ」
「まぁ、面白いですわ。!」
「こっちの大きなわっかを液に浸してこうふると…」
「まぁ、今度のは大きいですわ!」
「こうして、シャボンの泡の中に入る事もできますのよ」
「楽しいですわ!私たちもやってみても?」
「どうぞどうぞ」
「風に乗って飛んでいきますわ。楽しい~」
カルラとロッテがきゃぁきゃぁ楽しんでいると、シルビアは大きな輪を自分の腰にまわしている。
「シルビア、それは?」
「ふらふぅぷですわ。ちょっと太ったので運動をしようかと」
「まぁ、なんだか不思議ですわね。輪っかが腰の位置でまわってて落ちてきませんわね」
「これにはちょっとしたコツがあるのよ~」
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そんな楽しそうな中庭の3人をうらやましげに見つめる影がひとつ。
「楽しそうで…いいな」
いよいよ、生徒達の各サロンの予算審議が佳境に入って、生徒会室の中は大騒ぎである。
「…これほど進んでないとは、君達は何をしていたのかね?」
生徒会顧問の教師が突然、進捗具合を確認しにきたのである。
「お、俺は鍛錬に行ってくるから!」
まんまと逃げおせたアーウェン以外は書類の山に悲鳴をあげつつも今更ながら滞っていた仕事に精を出している。
さっき会計のダニエラから「ざまぁ」という言葉が出たような気がするが気のせいだろうか?
そしていつもなら生徒会室に入り浸っているマリアベルも一度も顔を見せていない。
どこかで情報が飛び交っているのであろうか。
目ざとそうな人間は生徒会室には今日は近づいても来ない。
意外とちゃっかりしてるんだな。と、ルーカスはもはや定位置となりつつある例の窓際に立ちながらそう思って見ていた。
「殿下、手伝ってくださいよー」
「グラン、自分の持ち分は自分でしないと」
「えー。そんなぁ」
生徒会室役員の悲鳴を軽くながしつつ、ルーカスは中庭を見やる。
そこには襟元をくつろげたシルビアの姿が…。
「…っ!」
思わず視線が持ってかれそうになるのを、必死で我慢する。
「殿下、何見てるんですか?」
「な、何も見ていないし、見えていない」
不審げに、近くに寄って中庭を覗こうとするレーベルを押しやって慌てて、席にもどる。
「さて、中間決済サインが必要なものがあればよこせ」
「えー待ってくださいよぅ」
グランの不平を聞きつつ、ルーカスは胸を押さえていた。
(し、心臓に悪い…シルビアめ)
次にシルビアに会った時には胸元に視線がいかないようにするのに苦労しそうだな、だが紳士たるもの、絶対に見てはいけない…。
葛藤しつつ、ルーカスは決めたのだった。




