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ヒロインの誤算

「ベルエール様!」


 ファーミア侯爵の長男、ベルエールは背後から見知らぬ女性に声をかけられた。


「ええっと、君は?」


 よほど親しい仲でない限り、女性から男性へは声をかけたりしない。

 ベルエールは同じ侯爵家かもっと地位の上の関係者で該当人物がいたかどうか瞬時に考えた。


 今夜は公爵家主催のパーティである。

 主催者の関係者で自分の知らなかった親戚でもいただろうか。


「わたしっ、マリアベル・ストマックって言います」


 ストマ…ストマック…聞いた事のない家名だが、何者なんだろうか?


「私はベルエール・ファーミアです。レディ」


「わたしっ、シルビアさんと同じクラスなんです」


 妹のシルビアの王立学園での友人だろうか。しかし妹の口から名前を聞いた事も家に遊びに来た事がないように思うのだが。


「それはそれは、さぞ優秀なのでしょうね」


 妹のクラスは12クラスある内の成績優秀者ばかり集められたクラスである。こう言っておけば間違いがなさそうだった。


「あのっシルビアさんからわたしの事何か聞いてらっしゃいませんか?」


「いえ?」


「あのっ、わたし、シルビアさんから良くは思われていないようで…」


 ここに来て、ベルエールはムっとした。わざわざ、こういう場であなたの家族と折り合いが悪いなどと言い出す神経を疑う。


「すまないね。妹からは何も聞いてないんだ。…知り合いが来たようだ。失礼するよ」


 珍しい桃色の髪のそれなりにかわいらしい娘だったが、マナーを弁えていない態度が癇に障った。


 ベルエールは出入り口に友人の姿を見つけ、さりげなくその娘から離れた。


「クリストフ!」

「やぁ、ベルエール、この間ぶりだね」


 隣の伯爵領の次男のクリストフも、ベルエールを見つけ破顔する。


「あれ?今日はシルビア嬢をエスコートしてないんだね?」

「ああ、我が妹は今日は留守番だ」


「残念だなぁ。目の保養が…」


 幼馴染である二人はとても気易い関係でポンポンと言葉が出てくる。


「あれ?さっき君が話をしていたのって、ストマック男爵が最近、引き取ったというご令嬢じゃないか?今日は伯爵以上が参加するパーティなのに、一体誰が連れてきたんだろう。気がしれないな」


「妹と同じクラスなんだと、いきなり話しかけてきてね」

「おいおいおい、それってかなり失礼なマナー違反じゃないか」


 普通爵位が低いものから爵位の高いものへ声をかけたりしない。

 よほど親しければ別だが、初対面である。侯爵家に喧嘩を売っているとみなされても仕方のない行為だ。


「…何か変わった令嬢だという噂が流れてるね」

「それはどういう?」

「君に対して取ったような態度を誰にでも取るらしい」

「ストマック男爵は、ご令嬢の教育をどのように考えているのだろうか」

「まぁま、あのように可愛らしいんだ。甘やかしてるんじゃないか?」


 それで困るのは周りまわってストマック男爵その人なのだ。

 貴族社会には貴族社会の厳格なルールというものがある。

 それを無視するという事はその社会からはじかれる、という事になる。


「いくら可愛らしくてもね。ちゃんと守るべきことを守らないんじゃね」


 貴族らしい仕草で、クリストフは笑った。


「ああ、それでこの前言っていた灌漑についての資料なんだけど…」


 若い二人はすぐに次の話題に移っていった。


 その後は、主催者の公爵に二人で挨拶に行って、公爵家の令嬢と踊り、他の何人かの令嬢と踊った。

 その中で、宰相家の嫡男が件の男爵令嬢をエスコートしているのに気がついた。


 宰相家とファーミア侯爵家は国を担う重鎮だが、昔から意見の相違も多い。

 ベルエールは、あれは嫌がらせの一種だったのかと一人納得した。


「伯爵以上のパーティに男爵令嬢を伴って来るとは、とんだ愉快な感性の持ち主だね。もしかして自滅覚悟の捨身の冗談でも言いたいのかね?」


「そのセンスのなさに、宰相家に同情するね」


 ベルエールの親しくしている他の貴族子息もそう言って笑った。


 なので、ベルエールは、少しだけ感じた不快な気持ちを忘れ、社交に勤しむ事が出来た。


 ところが、ところがである。


 パーティも佳境に入った頃、再びベルエールはストマック男爵令嬢からの突撃を受けたのである。


「…という訳で、身分を理由に人を差別してはいけないと思うのです」


 ベルエールは頭痛を覚えた。


 なんだこの生き物は?


「シルビアさんに何度その事を諭しても分かってもらえなくて…」


 だんだんベルエールは面倒くさくなってきた。


「…シルビアがクラスメイトに失礼したようだね。学園内では身分は関係ないという話は私も知っているよ。卒業生だからね。その点は兄である私から謝らせていただくよ」


 なんだか言わされた感がものすごくしたのだが、もう相手をするのも面倒くさい。


 なんなのだこの娘は。自分は何のいちゃもんをつけられているのだろうか。


 マリアベルと名乗った娘はベルエールの謝罪を聞くと頬をバラ色に染めて目を潤ませた。


「お兄様にわかっていただけて良かったです」


 なんの茶番だか知らないが、宰相家の嫌がらせだとしても納得できない程、おかしい。

 妹にはクラスメイトとはいえ、付き合う人間はよく選びなさいと言おう。


 クリストフから哀れむような目で見られつつ這う這うの体でマリアベルから避難してくると、クリストフのエスコートしている令嬢がうらやましそうにつぶやくのが聞こえた。


「どこのご令嬢かしら、あの布、なかなか手に入らないの。マルボロース商会が扱っている最高級の布を使ったドレスよ」


「ただの身の程を弁えない男爵令嬢さ。何のドレスを着てこようが君の美しさの敵ではないさ。…ふぅん一丁前にスポンサーは確保しているんだね。宰相家とマルボロース商会がね、へぇ面白い組み合わせだね」


 クリストフがベルエールの脇をちょんちょんと肘でつつく。


「どうするかい?侯爵家に宣戦布告する気なのかな、宰相家は。だとしたら僕は君の家に全力で味方するけど?」


 ベルエールはそれを受けて肩をすくめた。


「それこそ程度の低い挑発には乗らないでおくさ」


「これぞ貴族流!だね」


 ベルエールとクリストフはその場にいた者たちでグラスを合わせ、再び談笑に戻っていった。



 

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