その頃の悪役令嬢
「あー、暇、ひま、暇すぎる~」
父である侯爵に自部屋に軟禁状態にされ反省を促されているのに、悪役令嬢シルビアはこれっぽっちも自省してなかった。
「外出したい!外出したい!だいたい、女子どもが護衛や家来をつけていないとお外では高確率で攫われるとか治安悪すぎ~。何やってんのよ警察は!」
この世界にはおまわりさんも派出所もない。だいたい夜間コンビニへ出かけても平気なのはあの時代の日本だからこそだ。
「あ、そっか~。こっちじゃ警邏隊とか言ったわねー」
ぐるりとベッドの上で転がって足をバタバタさせる。
「何やってるのよ!政治家は!しっかりしなさい!」
と言う事は、とシルビアは考える。
父親が悪い。
父親である侯爵は国の重鎮として政治にかかわっているらしい。
「あ~~!あのムカツク父と同じようなのがいっぱいいるのか~。世も末だぁぁ~」
前世での父親は軽い感じでトモダチのような感じだった。
「こっちの世界の貴族の父親ってあんなもんなの?」
侯爵のシルビアを見る目は冷たかった。
「『これ以上殿下の気持ちを掴みきれなかったならば、お前の評価はさらに下がる事になる。例のマリア某という男爵令嬢もどきを排除して期待された役割を全うするように。これ以上失望させるな』」
昨日、父である侯爵に言われた事を口真似して言ってみる。
「なんていうか、娘の私のことまるで記号か何かのように考えているような、そんな言い方だったな~。
っていうか『男爵令嬢もどきを排除』って政争みたいじゃん。まぁマナーとか酷かったからなぁ。マリアベルを指して言うには『男爵令嬢もどきって』言い得て超ウケルんだけど」
父にとっては政争なのか、とシルビアは思い直す。
「ああいう言葉を真に受けて私、暴走しちゃうんだよなー」
暴漢に襲わせてマリアベルを排除しようとしたり、殿下の飲み物に催淫剤まぜて色じかけしようとしたり、ゲームではシルビアは色々やらかしていた。
まぁ、いろんな人物にそうするよう唆されていたようだが。
きっと追いつめられて、正常な判断が出来なくなっていたのだろう。
「シルビアってさぁ、私のことだけど、超不器用よねー」
もっとやりようがあっただろうに、悪手、悪手を選んでしまっていた。
「でもさぁ、いまさらねー。嫌われてるし、挽回とか無理。私だって私のこと嫌いな人と仲良くできないもん。はなはだ不本意だけど素直にざまぁされてやりますとも。嫌だけど!」
枕を掴むとボスボスと叩く。
「あーでも、嫌だなぁ、身に覚えのない事で断罪されるのって、まだギリギリ罪は犯してないし!
そうそう、そういえば今日は例の実習日じゃないの」
ゲームでは、高い魔法技術をかまして鼻高々なシルビアのその鼻をへしおるヒロインのイベントがあったはず。
そして、焦った悪役令嬢シルビアはヒロインをこき下ろすべく悪口三昧言っているところを、王太子に聞かれてさらに嫌われるのだ。
「あー休みで良かったわ。つまんないけど! はぁ『●す鬼』読みたい!『鬼ぃ様!!』お腹すいた!反省するまでご飯抜きとか立派なネグレクトですからね!石頭の馬鹿お父様!!おにぎり食べたい!おにぎり~~」
手足をバタバタさせて暴れているうちにふと気がついた。
「売ってなきゃ作ればいいじゃない」
公爵家の厨房には材料くらいはあるだろう。前世で多少の調理経験はある。シルビアは何も出来なかったけど。
「ゲームでは、ヒロインがお弁当を作って騎士団の演習場に差し入れするシーンがあったし、あるんじゃないかしら、お米」
今は、屋敷中に使用人がいる。決行するなら夜だ。
シルビアはふて寝して夜を待った。
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屋敷中が静まりかえる深夜、悪役令嬢シルビアの自室のドアがそっと開けられた。
さすがに、夜、令嬢が屋敷内を徘徊するなどとは思われていなかったらしく、見張りの侍女はいない。
そろり、さらにドアは開けられる。そのドアに何かがふれた。
「ん?なにこれ」
シルビアが屈んでみると男物のチーフがかけられた何かのようだった。
そっとチーフをはずしてみる。
「これは、マフィン…」
そっと廊下のはしからはしを目で探す。
でも、誰もいないようだった。
「お兄様のチーフよね、これ」
すると、これは兄からの差し入れなのか。
ふふっ。
シルビアは花が咲くような微笑みを浮かべた。
「でもおにぎりも作って食べる」
シルビアの足取りは軽かった。
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炊飯器がなかったので鍋で炊いたのだが、少し芯が残ってしまった。
具も見当たらなかったので単なる塩むすびだったが、食べたいものが食べられてシルビアは満足だった。
「はぁ食った食った」
令嬢らしからず腹をさすってひとごこちついた後、せっかくなので誰もいない屋敷内を散歩としゃれこんだ。
廊下のところどころに飾られた絵画や高価そうな壺、それに生けられた生花たちを月明かりの下で鑑賞する。
「ちょっとした美術館なみねぇ」
前世の家では床の間などもなく、小さな頃は玄関に花などを生けてあったが、プリザーブドフラワーとかに代えられていた。母がパートに出始めたからである。
こうした花のひとつひとつ、置物のひとつひとつに使用人の手が入っているのがわかる。
ふと窓の外を見ると、まだ父である侯爵の執務室からは灯りが漏れていた。
国の重鎮としての仕事を終えてから、家に帰って今度は自領の仕事をしているのである。
「まぁ、あんな風になるのも仕方ないかも」
父の肩には国政どころか治める領民の生活、この屋敷で働く使用人の生活が懸かっているのである。
自分の事も大事に出来ないのに、人の事を思いやる心なんか育めないだろう。
「まぁ、ちょっと、今の家族を大事にしてみようかな」
厨房に戻り、紅茶をいれると父はまだ怖いので同じく灯りがついている兄の部屋にもっていく。
シルビアの母が生きていたならば、もう少しシルビアや自分の夫や息子に気を配れていただろう。
「お兄様、マフィンをありがとう」
そう、はにかみつつ言うと照れくさいので驚いている兄を尻目に部屋から急いで出る。
残されたシルビアの兄、ベルエールが呆けたようにシルビアの出ていった自室のドアを見ていた事にシルビアは気が付かない。
翌朝、厨房の片づけが不完全で、料理長が困惑、執事長も困ってベルエールに報告したが、彼は笑ってとりあわないように伝えたという。
もちろんこの件は朝早く登城していった侯爵の耳には入らなかった。




