悪役令嬢は不在中につき
「…今日は、というか最近、何だろうな…少し物足りないというか…静かだったな」
「は、殿下」
王立学園の生徒会室でルーカスは中庭を見下ろしていた。
最近とみにあの場所が気になるルーカスである。
あの場所とは、他の校舎からは影になっていて見えないが、何故か生徒会室のひとつの窓からは見えてしまうあの、シルビアと友人が花見と昼寝をしていた中庭である。
「今日はいないのか…」
ルーカスとて鬼ではない。
自分の仕打ちが、相手に少なからずダメージを与えるであろう事くらいは想像がついていた。
確かに、ほんのちょっぴりとは罪悪感を感じていたのである。
「パーティのエスコートをしなかったのは、さすがに褒められた事ではなかったな」
その背中から、モノクルを片手で弄りつつ、宰相の息子のレーベルが声をかけた。
「あのシルビアにはその位で丁度いいんです。侯爵様の威光を笠に着てやりたい放題なんですから」
「そうそう、全然こたえてそうもないよ。どうせ『お兄様』に泣きついてエスコートしてもらったんでしょ?だいたい決まった相手がいない場合、親族にエスコートしてもらうのが普通でしょ?」
大商人の息子、グランが両手を軽くあげるというオーバーアクションをしながら軽く言った。
「いや、ファーミア侯爵はいらしていたようだが、シルビア嬢の姿は見なかったな。まぁ進んで見たい訳ではないから、姿が見えなくて良かったが」
騎士団長の息子のアーウェンは腕を組んだままだ。
「アーウェンはぁ~マリアベルを見すぎ~~。他の令嬢なんか目に入らないんじゃない?」
「あのようにかよわく、儚いと、いつか害されかれぬと心配でな」
「あれれ?アーウェン、顔が赤いよ? でもそれは同意だね!僕達が気をつけてあげないと、馬鹿な娘達が暴走しちゃうからね!どうしてちゃんと認めてあげないんだろうね。マリアベルは凄い才能の持ち主なのに」
「これからの王国は、優秀な人間を適材適所に使わないと。…周囲の国に遅れをとる訳にはいかないからな。女どもにはそういった大局を見る目がないのが困ったものだ」
カチン!生徒会室で、ただ一人、きちんと仕事をしている会計のダニエラが固まった。
そう、色々言っているが彼らは女性であるダニエラに仕事をまかせて偉そうな事を言っているだけなのだ。だが、庶民出身で辺境の町長の娘であるダニエラが彼らに何を言えようか?
「そうだね~。いかに見目がよくて上物物件を捕まえるかとかに血道をあげているからね。馬鹿な子達だよ。いくら身を着飾ってても性格ブスとか俺、お断りだな~」
ナニサマダオマエ
ダニエラは込み上げる怒りで目の前が真っ暗になった。
オマエモショミンワクナンダヨ、ナニイッチョマエニキゾクレイジョウヒハンシテンノ?
「無能もいらんな」
グッ!各サロンの予算申請の金額をチェックしていたダニエラの手が止まる。
ソレハオマエダ。
王太子殿下の専任護衛を自称し、生徒会では何もしないアーウェンに対して怒りが湧き上がる。
セメテコウキナカタガタノケイゴケイカククライジブンデカキナサイヨ
声に出さずに、湧き上がる怒りのまま心で毒舌をかます。
「そこへ行くと、マリアベルは凄いね!例の実習の事聞いた?光魔法がすごかったらしいねー」
「将来が楽しみだな」
「教会のお偉いさんも、あとは国の防御の要になるだろうって魔術団の方からも目をつけられてるみたい」
ダニエラは少しだけ冷静になった。
あの場には、そう、ダニエラもいたのだ。
(あれは単なる目立ちたがり屋のデモンストレーションですわ)
皆が抑え気味に魔法を放ったのに、マリアベル男爵令嬢は完全にオーバーパワーだった。
「まだうまく魔法をコントロールできなくて、やっちゃった♪」とテヘペロしていたが、そんな危ない状態であれだけの魔法をぶち放たないでほしい。
危険で迷惑行為だ。
あの場にはムキになって反発しそうなシルビア嬢はいなかったから、よけいに悪目立ちし、周囲はドン引きだったのだ。
(あれは単なる周囲の令嬢に対するマウンティングですわ。こんな魔法使える私すごいでしょってね。なんていけすかないのかしら)
そう言ってしまえばスッキリするだろうけれど、ダニエラは不屈の自制心で自分の口を閉じた。
「彼女がそれを望めばそうすればいいさ」
そう言いつつ、おのおのの男子が都合よくマリアベルの事を考えているのがわかってダニエラは秘かにため息をつきたくなった。
宰相の息子、レーベルはマリアベルが自分と肩を並べて次々と改革を断行していく様を、騎士団長の息子のアーウェンはマリアベルを守る崇高な騎士としての自分を、グランはきっと七つの大陸を渡りあるく大商人となった自分とその補佐をするマリアベルを、それぞれ夢見ているだろう事は、彼らの言動から何となくわかって来ていた。
でもそれって、本当に彼女のことを好きって言えるのかしら。自分の夢、いぇ妄想を実現させる便利なアイテムとしてマリアベルを必要としているってことじゃないかな。
どうも、マリアベルは男子達のそんな欲望をわかっててそうふるまっているフシがある。
ダニエラは、生徒会役員として彼らを一番身近に見ていたからそう気が付いた。
ダニエラが件の令嬢の事をそう考えていると、噂の人物がやってきた。
「ね、ね。美味しいクッキーを焼いてきたの。お茶にして一息入れましょう~」
そこは美味しく焼けてると思うんだけどって謙遜するところじゃないのか?そう突っ込んでいると、ダニエラに対して彼女はこう告げた。
「ねぇお茶淹れてよ。殿下達、お疲れじゃないかしら。甘いものは疲れた頭にいいのよ」
シルビアに身分を笠に着せられていると訴えたその口でダニエラのことを顎で使い、庶民だと軽く見たような言い方をする。
それに疲れているのは私だ。さっきから男どもは油を売るのに忙しかったからな!
今度こそドス黒いものをただよわせてダニエラは席を立った。
「君は他の女の子と違うよね?」
ダニエラの態度を見てグランがそう釘をさしてくるが、ダニエラの心はからっからに乾いていた。
「何のことです?」
乾いた声でそう返すとお茶を淹れるために隣の給湯室へ歩き去る。
瞳のハイライトが消えているであろう事は鏡を見なくてもわかる。
(ええ、他の女の子とは違いますわ。だってマリアベルさんも、グランも、アーウェンも等しく大っ嫌いですから)
「…どうしたのかしら?こわぁぁい」
ウソツケチットモコワガッテイナイクセニ
オマエノメハカチホコッテハイシャヲミルメダ
「…予算案がなかなかまとまらなくて苛立ってるんだろう」
レーベルがとりなすが、よけいに腹が立つ。
ダッタラオマエモハタラケヨ!!
色ボケに効く薬があったらお茶に入れるのに!ダニエラは本気でそう思った。




