好きに生きたい!
思えば、記憶が戻る前のシルビアは殿下との不仲を必死で隠していた。
それはもう胃潰瘍が出来るぐらいに。
用足しをして真っ黒なソレを見た時、シルビア新はシルビア旧のおかれていた状況にはっきりと怒りを覚えたのだ。
「パーティのエスコート無視とかまぁやってくれてるじゃないの。普通しないよね、そんな非常識な事。という訳でパーティも欠席と。だって胃潰瘍が出来てるんだもーん。立派な体調不良よねー」
断罪を迎えなくても、ストレスでどうかなっていたかもしれない。
ヒロイン怖い。
二歳上の兄にそれまではエスコートを頼んでいたのだが、それも必要なくなった。
しかもその兄はヒロインの攻略対象者だったりするし。
「よし、療養に行こう。傷心の侯爵令嬢は地方療養に行って王立学園は欠席と。ついでに庶民になった時の予行練習でもしましょうかね」
るんるんと療養先を選んでいると、友人のカルラとロッテも興味を示し、令嬢達三人は療養という名の小旅行を敢行する事になった。
軍資金は王太子殿下からのかつてのプレゼントの品々を売りさばいたもので調達してやった。
「お嬢様、お待ちください!学園は?お妃教育はどうなさるのですか?せめてご当主様に許可を得てからお出かけください!」
イケメン従者が真っ青な顔でシルビアを引き留めるが知った事ではない。
お妃教育?そんなの当然ボイコットよ。
だって婚約破棄からの貴族籍剥奪で追放よ?そんな無駄になる努力を何故しなければならないの。
シルビアは高笑いを決めこんだ。
「おーっほっほっほ。悔しかったら私を捕まえてごらんなさい!」
どうも従者の癖に美麗すぎると思っていたら。立派な攻略対象者のようだ。
「お嬢様!お待ちを!せめて私をお連れください!」
「やなこった!危ないのよ。アンタの近く!」
「どういう意味ですか?お嬢様~~??」
「攻略対象者のお前なんか●●●(規制)ちまえ!」
「お嬢様????」
「お前なんか、ビッチヒロインにコマされて、脱●●(規制)しちまぇ!」
ちょっとだけ、ちょっとだけ美麗な従者が自慢で誇らしかったシルビア旧よ。わかる、わかるよ。彼はイケメンで好ましい。でもシルビア新にとっても彼は地雷だ。近づくまじ。
「お前なんかお前なんか、安っぽい『身分なんかより大事な事ってあるよ…それは(ここでタメ)ハートなのっ!』ってセリフでコロコロしちゃう癖に!」
「お嬢様?言ってる意味がわかりません??お嬢様??」
「アディオス!いい夢見ろよ~。どっちみち王太子《本命》には勝てないだろうけど!」
言い逃げして逃げ切ったシルビアは友人であるカルラとロッテがチャーターしていた馬車に乗り込んだ。
「わくわくいたしますわ」
「私もです。学園の男子達にはほとほと愛想がつきていたから、新しい出会いに胸躍る思いです」
「私は出会いとかいいわ。もう不誠実な男性にはこりごり」
「あぁ~シルビア様はねぇ…」
馬車から魔導列車に乗り越え、一路隣国へ。
カルラとロッテにはさすがにそれぞれの家からのおつきの者がついていて、シルビアにも良くしてくれる。
隣国は観光立国である。風光明媚な観光地を女三人(従者や護衛はいるが)ぶらり旅。
間違っても隠しキャラが潜伏してそうな隣国の魔法学園都市とかには近寄らない。
「ドワーフの鍛冶屋体験良かったですわ」
「シルビア様の魔剣、玄人はだしって褒められてましたわね」
採掘の町に行って鍛冶屋体験をしてみたり、スパにゆっくり寄ってみたり。
「魔石掘り体験も楽しかったですわ」
「スレイプニルに私はじめて乗りました!」
魔石を掘ったり、神馬と呼ばれる馬に乗馬体験したり。
「海風が気持ちいいですわ」
「帆船は優雅でいいわね。中でやってるショーも楽しいし」
クルージングを楽しんだり、ショーを楽しんだり、とにかく楽しんだ。
そうしてストレスを発散していると、シルビアの心はほぐれ、自然と笑顔を浮かべるようになっていた。
「考えてみれば、私、小さな世界にいましたのね…」
「シルビア」
「妃候補になってからは、他の方に負けまいと肩肘張って…すぐ傍でこんなに心配してくれる大切な友達がいたのに、周囲の有象無象の言う言葉に踊らされて…」
「いいの。私達はシルビアが大切だから…」
「カルラ、ロッテ…こんな私を許してくれるかしら?」
「もちろんです!」
「だって友達ですもの」
社交界へデビューする前から、年齢の近い三人は気が合って仲良くしていた。
シルビアは侯爵令嬢、カルラは伯爵令嬢、ロッテにいたっては子爵令嬢だが、身分に関係なく何かと一緒に行動していた。
周囲は侯爵令嬢であるシルビアに追随している令嬢達…とカルラとロッテの事を考えているようだったが、マリアベルに対するシルビアのキツイ態度をそれとなく諌めたり、マリアベルと王太子の逢瀬を見せないようにそれとなく道を違えたり、心配していたのだ、彼女達は。
シルビアが道を間違えないように。
他の令嬢方がマリアベルの事でシルビアを煽っても、カルラとロッテは困惑気な表情をしているだけだった。
「私が断罪されて侯爵令嬢でなくなっても、仲良くしてくれる?」
「そんな事!あたりまえよ!」
「そんな事させない!」
「でも、このままだと私…」
シルビアは二人にこのままだと、王太子の逆鱗に触れ、婚約破棄されて断罪され家を追放されるかもしれないと話をした。
「ひどい…」
「シルビア、何もしてないのに」
そう、友人二人は知っていた。侯爵令嬢で王太子の婚約者であるシルビアの威光を笠に着て、マリアベルに対して執拗な嫌がらせをしている令嬢達がいることを。
「でも、あれはないわ。敵を作りすぎよね」
「そうね。客観的であろうとしている私達でさえイラっとするもの」
「私達には婚約者はいないけど、あの娘に婚約者や恋人にちょっかいを出された人ってけっこういるものね」
温厚なカルラとロッテでもイラっとくる娘、マリアベル。
「その報復がすべて私の仕業にされるとか…もうね。何者かの悪意を感じるわ」
それはきっとゲームのシナリオという強制力であろうとシルビアはため息をついた。
「だからね。私、もう逃れられない運命なら好きなようにしようと思ったの」
「シルビア…」
三人は抱き合って泣いた。貴族令嬢が出来る「好きな事」だなんて知れている。
何故なら、ビッチヒロインにこまされて脱●●(規制)する未来が内定している美麗な従者が
笑いながら青筋立てて、シルビアを捕獲に来たからだ。
「お嬢様、旦那様はお怒りですよ」
「自分の子どもを政略のコマとしか考えていないあの父ならそうでしょうね。心配よりまず自分の言う事を聞かない事に激怒するわね」
「お嬢様…旦那様のことをそんな風におっしゃっては…」
「何?事実でしょ?」
「…とにかく、お帰りください。私も一緒に謝りますから。」
そんなやりとりを心配気に見守る友人二人。
「シルビア…」
「ありがとう、カルラ、ロッテ。楽しかったわ。私、三人でしたこの旅行の事を忘れない…」
涙に泣きぬれて別れをする三人の娘達。
それを見ながら、将来ビッチヒロインに●●●●ハーメンバーにされる未来が内定している従者は秘かにこう思っていた。
(何?この、いかにも僕が悪いみたいなプレッシャー。職務でやってる事なのに…)
貴族令嬢のカルラとロッテから責められるような目で見られ、胃のあたりがシクシクと痛んでいるようだ。
(ちょっと休養が必要かもしれない、有給休暇を申請しよう…イタタ。やばい意識したらキリキリ痛んできた…)
シルビアの脱走を許した事で当主である侯爵に搾られ、執事長の上司にもこってりと小言をくらった上での追撃である。彼の胃は悲鳴をあげていた。
(田舎に帰って、入り婿先を探すかな…)
ど田舎の故郷を嫌って、華やかな王都での高位貴族に仕える仕事についたのだったが、彼は自信を失っていた。
(身分なんか…関係ない…か。ははっ、僕は自分の容姿を鼻にかけて不遜だったな…。田舎に帰って身の丈にあった生活もいいかもしれない)
シルビアを連れ帰った従者はその足ですぐ退職を願い出た。
表向きはシルビアの逃走を許したという責任をとって。
そしてシルビアはシルビアで…。
「しばらく頭を冷やせ!」
激怒した侯爵の父に部屋に監禁されたが、舌を出すのだった。
「やった!堂々と学園が休めるわ。あの恋愛頭のイカレポンチと顔を合わせなくてせいせいするわね!」