※強制力?
聖龍祭は雨にたたられ、宿はずぶ濡れの服や髪を何とかしようとする人々であふれかえっていた。
ここが屋敷だったのなら、十分人手が足りていただろうが、今ばかりはシルビアつきの侍女達も走りまわっていた。
そんな中シルビアは、ゲーム中でヒロインが聖龍祭で龍を呼び出し、「古の聖なる乙女の再来」として国をあげて騒ぎになる場面があったなーとぼんやり考えていた。
いくら関わらないようにしていても、ルーカスとの溝は埋まらないし、着々と悪役令嬢としての評判を積み上げている自分である。
今はやさしい兄も厳しいにしても親としての愛情はあるのだと思う父にも、いつかは嫌われ、一人寂しく断罪されてしまうのであろうか。
龍も出たし、まぁあれは偽りの映像であったけれども、これからマリアベルばかりが良い思いをして自分は貧乏くじを引き続けるのだろうか。
シルビアは、ちょっとナイーブになっていた。
雨にうたれた身体が寒い。
部屋の暖炉の火は入ったばかりであり、まだ部屋は温まっていないし。
服は着替えさせてもらったが、まだ髪はぬれそぼり、カタカタと歯の根があわない。
先程、侍女は暖かい湯をもらいに宿の厨房に走っていってしまった。
シルビアは冷えた身体を手でさすり、ブランケットをもう一枚身体にかけようと身を屈めた。
その時である。
「静かにしろ」
背後から首筋に刃をあてられ、シルビアは震えあがった。
「マリアベルを害そうと画策しただろう」
ちがう、そう言いかけた口は震えて声にならなかった。
「…ひっ」
悲鳴をあげかけた所でみぞおちを強く殴られ、シルビアは気を失った。
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ひどい気分だ。
視界が、頭の中が揺れている。
意識を取り戻して身じろぎをしようとしてみぞおちに鈍い痛みを感じた。
お腹が痛い。
あまりの痛さに思わず丸めた身体が床が上下に振動した事で、はね上がった。
ガッ!落ちた所にあった何かの角で頭を打った。
(……!!)
痛いという悲鳴はくぐもった息となった。
どうやら後ろ手に縛られ、猿轡をされているらしい。
身体に伝わる振動は、何か動いているもののせいのようだ。
(…馬車?馬車の中なの?)
何時も自分が乗っている物に比べれば大分みすぼらしいが、どうやら自分は攫われて、馬車で運ばれている最中らしい。
目だけであたりを窺うと、すぐ傍に男物の靴の先端が見えた。
靴の持ち主を見ようと、身体を捻ると髭面の見た事がない、あまり宜しくない筋の人間のようだ。
「チッ」
舌打ちをした男がシルビアの身体を足で踏みつけ、押さえ込んだ。
どうやら顔を見られたくはなかったようだ。
「甘ちゃんが、ちゃんと嗅がせろって言っただろうが」
悪態をついているが、眠り薬だとかそんな薬をシルビアに嗅がせるつもりだったらしい。
シルビアは踏みつけられた痛みに息ができずに再び身体を丸めた。
痛いのは嫌だ。