聖龍祭当日
ヤダヤダヤダヤダ。
ダニエラは焦っていた。
(マリアベルが悪目立ちするの防ぐようにって、だからって何故私が聖乙女!)
その為にイザベラ嬢を聖乙女から追い落としたみたいになっているのだ。
ダニエラの心は折れそうだった。
(それに、私が舞を習っている間になんてことをしてくれたのよ!「ジェラルド将軍の麦」に喧嘩売るなんて!)
急な聖乙女の交代で、舞を覚える時間がなく、他のことをする時間を犠牲にせざるを得なかった。
すなわち、迷走しがちな生徒会メンバーの監視という仕事である。
ところが、ダニエラが舞を覚える事に時間をあてている間に、あろうことか殿下を担ぎだして、輸入品の関税を引き下げさせるとか、限定の特別処置とかほざいていたが、これでは各領に完全に喧嘩を売った形だ。
誰だよ、阿呆に余計な権限持たせたのは!!!!
その権限はあくまで緊急時に使うための物だ!!
「いつもより安く麦が買えて、町の人は大喜びだね!」
「古い価値観に固執して外国の優れた製品に目もくれない領主にはいい刺激になったろうな」
確かに、そういった面はあるだろう。だからと言ってよそから持ってきて、安く売ればいいというものではない。
国が援助し、奨励してこれから実がなろうとしていた産業がこれでは大打撃をうけてしまう。
(外国に流れていったお金をどう戻すか考えているのかしら?…考えてなんかいないよね…あいつら。)
彼らにはお金は湧いて出てくるとの認識なのだろうか。
(荒れ野を開墾し、種を植え、失敗もし、ノウハウを蓄積させ、ようやくこれから実になろうとしていた産業が…産業が、だいなし)
「優れた物を取り入れるのが、これからの王国の発展の鍵になるんだ」
「すごいです。殿下!さすが殿下です!」
この大馬鹿が…、そうダニエラの目は冷たく冷えた。
ジェラル領はもともと何もないような荒野だった。かつてはその荒野に外国勢力やならず者達が侵入して、鉱山で栄えたシブラルの町を襲い、国の痛手になっていた。
その何もないジェラル領を現在に続く麦の産地としたのはハワード・ジェラルド元将軍である。
彼は将軍時代、何度もシブラルを狙って侵入してきた外敵の排除に時間と労力を費やしていたが、ここに大きな街、あるいは力のある領があれば、シブラルを狙う輩に対するストッパーになるのではと考えた。
将軍職を引退してからのハワード将軍は土にまみれての土壌改良からはじめ、麦の生産に漕ぎ着けたのである。
剣を農機具に持ち替えての開墾作業には想像を絶する苦難があっただろう。
実際「ジェラルド将軍の麦」の話は王国で知らない者はいないはずだ。
元将軍は輸入に頼っていた麦をとうとう自国内で賄えるまでに生産拡大する事に成功。
その功績によりジェラルド領を国より賜った努力の人である。
土にまみれての苦難続きのせいで、奥方との間に子がなされず、不幸にも家は断絶してしまったが、今でも敬意をもって、王族の誰かが、彼の土地が発展していくように領主に就任している。
だが、土にまみれての地味な成功は、貴族の、特に武で仕える家ではその功績を蔑んで見る傾向がある事も事実で、ここではアーウェンの存在が悪と出てしまったことになる。
ひそひそと自分とマリアベルをのけ者にして固まって話をしている聖乙女達を横目で見ながらダニエラはつぶやいた。
「もうやだ。四方八方敵だらけじゃない…」
そしてそのダニエラの嘆きは、最悪な事件によって裏付けられる事になるのだ。
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聖龍祭本番の日の夜明けは、すぐにも降りそうな雲行きだった。
「いやね…降ったらどうしよう」
「降っても舞だけは奉納されるから。続きの儀式は教会の中に変更されるけど、全員入れる訳じゃないからね。舞が終わった時点で父上クラスの貴族以外の人は解散さ」
聖龍祭の人ごみを見込んで、各領から市場調査と宣伝のために、領主肝いりの出店が出展しているが、あまり芳しい反応がなかったらしく、すでに帰り支度をはじめているところもあるという。
「雨が降るんじゃ、お客さんが室内に籠っちゃうからねぇ」
「いや、それだけじゃないんだけど」
そういう兄の表情は優れない。ファーミア侯爵領特産の梨かぼちゃの売れ行きもイマイチなんだろうか?
梨のように甘いのにかぼちゃのような色でホクホクの梨かぼちゃはシルビアの好物である。
パイにしても良し、甘さをそのままにちょっと塩を効かせて煮てもよしの大変すばらしい食べ物だ。
シルビアが梨かぼちゃに思いをはせていると、銅鑼が鳴り、七人の聖乙女が舞台の上に現れた。
笙のような音色の吹奏楽器の旋律にのせ音楽が流れだす。
シャン シャン シャン
ヒラリ ヒラリ ヒラリ
シルビアの記憶ではどうも仏具のようにしか見えない「神具」を手に七人の聖乙女が舞を披露する。
真ん中には「龍の宝珠」と言われている大きな水晶のような透明な玉が紫色のクッションの上に鎮座しており、曇った空をうつしていた。
「あ、雨」
とうとう雨が降り出してきて舞の奉納中ではあるが、少しずつ観客達は屋根の下へ避難していく。
ざわざわ…
人々の小さなざわめきの上から 上書きするようにシャンシャンシャンと、聖乙女の手にした神具の音が鳴り響く。
「…」
高い地位のせいで前の列の真ん中位にいたため、まだ屋根の下に避難できないでいるシルビア達の目にとんでもないものがうつった。
「あ、やだ、あれ?わざと?」
マリアベルともう一人、シルビアの知らない聖乙女が、他の聖乙女から、それと分からないように踊りの邪魔をされているのだ。
シャンシャンシャン
「あ、足ふんだ。肘鉄もしてる…」
シャンシャンシャン
ふわりふわりふわり
「やだ、今蹴ったわよね…」
「ええ…」
「うわー」
シルビア、カルラ、ロッテはあまりのことに屋根の下に避難することも忘れ、舞に見入った。
そして…
うっかりぶつかったように見せかけて、マリアベルは突き飛ばされて舞台の下に落ちた。
「マリアベル!」
誰かが彼女を呼ぶ声が聞こえ、彼女に走り寄ろうとする人影が雨間に見えた。
「………」
もはや雨はざんざん降りである。目をこらしても舞台のあたりがどうなっているのかよく分からない。
雨すだれのカーテンの隙間から、舞台に這い上がるマリアベルの姿が見えた。
カッ!
マリアベルが何かの魔法を発動したようだが雷の光とかぶった。
ガラガラガラ ドカーン
キャー
悲鳴があがる。どうやら近くに落ちたようだ。
その雷に照らされて鱗をもつ長い物体がうねるように身体をくねらせ、空にあがっていく!
ピシャ!ドカーン!ドンドンドン!
荒ぶる雷雨の中を空に昇っていく物体!
「…龍????」
「シルビア、カルラ、ロッテ!こっちだ!」
兄に腕を引っぱられて走りながら、シルビアは思った。
(聖龍祭での突き飛ばしイベントなんて、私、知らないわ。私、関係ないよね?何もしてないし!)
そして、もうひとつ気になることが…。
「そっかー宝珠っていわゆる映写機…」
それが理解できるのは、前世で似たような現象を見たことがあるシルビアだけであろうか。