聖龍祭④
「王都脱出に失敗してしまった」
聖乙女を辞退したシルビアは項垂れていた。
すでに、王都は聖龍祭を見物しようとする人の波と、物流の波で脱出しようとすれば骨が折れそうな状態だ。
「はぁ、行きたくないなぁ。仮病使うかなぁ」
今日は聖龍祭の前夜祭である。侯爵家は、会場と行き来が便利な神殿近くの宿を抑えてあった。
そちらに午後から移動しなければならない。
シルビアは辞退してしまったので関係者と顔を非常に合わせにくかった。
貴族世界でも今回の事についていろいろ言われてもいるであろう。
今からそれを考えるのも憂鬱だった。
でも、仲良くなったマリアベル以外の令嬢の晴れ舞台は見てあげたい気もするし、で先程からモンモンとしていたのである。
「王都にいるのになぁ~見ないのはまずいかなー。あーでも面倒くさい面倒くさい」
どうせ、聖龍祭期間は、どこかでマリアベルやルーカス達に絡まれるのは目に見えている。
危うきには近寄りたくないのだが。
侍女達に支度をされつつもウダウダと悩んでいると、兄のベルエールが顔を覗かせた。
「シルビア、支度はできたかい?」
「おにいさまぁぁ」
情けない声で呼びかければベルエールも苦笑する。
「だめだよシルビア。勝手に聖乙女を辞めてきたお前に、父上は大層おかんむりだ。出かけるのを辞めるなどと言ったらどんな小言をもらうかわからないよ?。それに、お前が聖龍祭に顔を見せなかったら、社交界でも色々言われて評判を悪くするよ?」
「…貴族の矜持なんかではお腹は膨れないと思うの」
「よくも悪くも、僕達はその貴族なんだから、…ふくれっ面をしないで、僕のかわいいお姫様。ほらキャンディをあげるから」
シルビアと兄のベルエールは、あのマフィンと紅茶の夜から距離が近づき、今では仲のよい兄妹である。それに、兄のベルエールは攻略対象のようだが、今のところ「ヒロイン<妹」のようでヒロインの毒牙にはかかっていないように見受けられる。
「おいひぃ」
「少しは機嫌がなおったかい?向こうでは僕の友人も君のことを心配してくれていて、一緒にいてくれるって。だから背筋を伸ばして、君は堂々としていればいい」
ベルエールは友人知己を総動員してシルビアを悪意の目から守るようである。
とはいえ、非難の目はマリアベルや王太子一派に向いているのが大半のようだが。
「イザベラ様も聖乙女を辞退なさったようだ。前夜祭は荒れるだろうね」
イザベラとは同じ侯爵位の家のご息女である。
もしかして、同じ侯爵位の自分が先頭を切ってしまったからだろうか。
シルビアの心は少しだけ痛んだ。
「カルラ嬢とロッテ嬢も君のことを心配していたよ。大丈夫、君の周りは味方でいっぱいだ」
「うん…そう…ね。行かなかったら心配かけてしまうわね」
シルビアはため息を吐いて、いやいやながら家を出る事にするのだった。