前世は突然に、そして残念なお知らせ
「●す鬼はやっぱり面白いなー」
アホ面晒しただらしない笑顔で一人の女子高生がネットカフェから出てきた。
図書館で試験勉強をすると偽って、今まで漫画を読書三昧してはや数時間、辺りはすっかり暮れてぽつぽつと外灯が灯り始めていた。
「はぁ、鬼ぃ様は恰好良かった~」
ひとしきり悶えて、ふと我にかえる女子高生。
「大丈夫、勉強は夜が本番」
誰に言い訳しているのか。そうつぶやく。
どこかコミカルな、そう、漫画の登場人物のような動きで大きくのびをする。
「さーて帰って勉強しますかぁ」
そこへ、バックしてくる一台のトラック。
おーっと、運転手は後ろもバックモニターも見ていない。
スマホだ。スマホを見ている。
この車に衝突安全装置は?ついていないようだ~~。
気がつけ、気がついてくれ、周囲に人がいたら誰もがそう叫んでいただろう。
不幸な事にこの場には、当事者二人しかいなかった。
ガクン。何かに乗り上げたような衝撃で、トラックが大きく揺れバウンドした。
ようやく運転手はスマホから目を放し、慌ててブレーキを踏み込んだ。
それが、その女子高生のこの世での終わり方だった。
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えー。
ありえない。
もと女子高生であった、今は侯爵令嬢であるシルビアは崩れ落ちた。
視界には歩き去っていく婚約者である王太子のルーカスとその仲間達の後ろ姿。
元平民である男爵令嬢のマリアベルに対する、王太子とその仲間達の過剰な囲い込みに対して苦言を呈した所、ルーカスによってその言は冷たく拒否されたのだった。
そのショックの中、シルビアはかつて、シルビアになる前の記憶が蘇っていた。
「この世界って、乙女ゲー『最果ての龍は乙女の夢を見るか』と一緒じゃないの。しかも私ってば悪役令嬢高ビー、シルビア・ファーミアじゃないの。しかも、しかも、しかも、今のやりとりってもう断罪ルート間違いなしのシルビア、ルーカス決別の分岐点じゃないのぉぉ。いやだ断罪されたくない」
がばっと俯き、頭を掻きむしり始めるシルビア。
「もうこれ詰んだ。もう終了したと一緒だ」
先程までシルビアの後ろで一緒にシルビアに加勢していた令嬢がおろおろとしているのにも気がついていたが、もう彼女達を気遣うような余力も持ち合わせていなかった。
「…あなた達も、もう帰った方がいいわ。残っていたっていい事なんてないし」
ゲームでは、さっきの決別に納得できなかった、高ビー悪役令嬢シルビアはパーティ会場に取り巻き令嬢達と舞い戻って、ひと騒ぎ起こすのだ。だが、今のシルビアにはそんな元気、一かけらも残っていない。
「今だから思うけど、シルビアってすんごいタフな精神の持ち主だったのね」
先程、向けられた王太子の冷めた目を思いだし、ぶるった。
「あんなんと、まともにやり合うだなんてムリムリ。長いものにはまかれましょ」
権力こわーと、自らの肩を抱き、叱咤し立ち上がる。
「…馬車置き場まで歩きますか。馬車を回してもらうためにまず従者を呼びつけるための従者を呼びつけていた自分って馬鹿なのかしら…なんで今までそんな無駄してたのかしらね」
「あの、シルビア様が歩くなら私たちもご一緒いたします」
こうしてシルビアは取り巻きの令嬢達数人と帰宅するべく馬車置き場まで歩くのだった。
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昨夜のパーティで王太子一派と決別したシルビアは、男爵令嬢マリアベルに対する対応をますます苛烈に容赦のないものとしていく…はずもなく。
新学期を迎えた王立学園の中庭でお花見としゃれこんでいた。
昨日のショックで前世のやる気のなかった人格が表に出て、シルビアの人格の全主導権を握ったようである。
どうせがんばっても認めてもらえないのだ。そういうストーリーになっている。
あのゲームはある意味「ヒロインsugeeeeeee」がメイン要素だった。
いくら悪役令嬢ががんばったところで認められるはずもない。
そう、悪役令嬢は、あて馬令嬢でもあったのだ。
というか。
「どうせ認められないんだし、異世界に来てまで勉強とかする気になるわけないよねー」
と、放棄することにしたのである。
「このような事、よろしいのかしらと思っていましたけれど、地べたに敷物を敷いてのお花見も、趣がありますわねぇ」
「外での飲食などはしたことがありませんでしたが、空気もおいしゅうございますねぇ」
「でしょー。カルラにロッテ。今日はつきあってくれてありがとうね」
悪役令嬢シルビアの取り巻き令嬢は解体され、残ったのはシルビアの本当の友人達だった。
「見て、花びらが風に舞ってまるでお花の吹雪のようよ」
「わぁぁぁ」
「きれーい」
三人は呑気に花見を楽しんだ。
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王太子ルーカスは学園の生徒会室の窓際に立って、中庭を見つめていた。
生徒会室の中には、王太子であるルーカスの他に宰相の息子のレーベル、騎士団長の息子のアーウェン、
大商人の息子のグランがマリアべルを囲んでいる、
ただ一人の女性で会計のダニエラがいつものように滞った生徒会の仕事を猛然と片づけているのもいつもの事。
「ルーカス。聞いてくれ。またマリアベルが嫌がらせをされたんだって」
「ぇぇ。私、怖くて」
「泣かないで、マリアベル。今度は教室で、だそうだ」
「くそう、シルビアの奴。マリアベルを泣かすだなんて…」
「…シルビアか、シルビアがやったのか?」
「ええ…移動教室で、クラスの皆が移動したあと、忘れものに気が付いて、戻ったら、私のことを待ち構えていたみたいで…取り囲まれて…怖かった」
「マリアベル。つらかったら全部言わなくてもいいよ」
「くそっ!俺達の目がないところで、シルビアめ、卑怯な」
「シルビアならそこにいるが…」
中庭でお花見を決め込んでいる婚約者をルーカスは顎で示した。
驚くべき事にシルビアとその友人達は登校してから中庭に直行し、ずっとお花見を続行しており、授業に出ていない。しかも今では令嬢にはあるまじき事に、横になって昼寝を決め込んでいる始末。
「えっと、シルビア様はその場にいなくって…。あの、取り巻きの方が…」
「自分の手を汚さないという事か、何とずるがしこい」
「…」
ルーカスは、知っていた。あの晩のような決別をしたとはいえ、かつての婚約者だ。
かつての取り巻きというか交友関係は把握している。
「彼女の友人も一緒のようだが。それは本当に彼女の友人だったのか?」