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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

終わる世界のカタストロフィ

作者:

物心ついた時に、とても好きな子が居た。どうしてか、その子は居なくなってしまったけど、とっても大切な友達。だからあたしは、また会いたいなって思ってた。きっと世界のどこかにいる君に会うために、あたしは使命を受け入れた。終わる世界を終わらせないために。あたしは、引き抜いてしまった剣を背負って旅に出た。


仲間とかは、特に作らなかった。時々、その場でその時の敵を倒すためにチームを組んだけど、それだけ。終わる世界では、基本的に約束なんて意味がない。次のない世界。未来のない世界。暗闇の世界。あたしは、それでも諦めなかった。だって、あの子に会いたかった。彼女の笑顔も笑い声も、昨日の事のように思い出せる。山でした追いかけっこも、川でした水浴びも、全部全部覚えてる。世界には絶望がのたうち回っているけど、それでも終わる世界は、人の希望を根こそぎ奪うことは出来なかった。だからあたしは頑張れる。だからあたしは頑張れた。


神様を信じてはいない。けれど、世の中にはそれを信じて道にする人がとても多い。知り合いの神官が、世界が終わるのは神々のつまらない争いのせいだと言っていた。年の割りに嫌に達観した神官だったことが印象に残っている。深々とため息をついて、頬杖をつく幼い姿。彼女はあたしを覚えているだろうか。


あたしは剣を背負って歩く。この剣には、名前があるらしく。なんでも、エクスカリバーとか言うらしい。どういう意味なのかは知らない。ただ、戦おうと思ったときに目の前に突き刺さっていた。だから引っこ抜いて使っている。手に馴染むし、とても気に入っている。


戦いの中では怪我を負うこともある。当たり前だ。あたしは普段チームを組んでいないと言ったが、何故か治癒術士の女の子が引っ付いてきている時がある。何時でも居るわけではないが、気付けば近くに居る。何度か死にそうになったときは、何故だか治してくれていた。治癒術はとても高等な技で、治癒費をとろうと思えば高額でとることが出来るはずなのに、彼女はあたしに請求しない。


けれど、彼女は時々問うのだ。ライラックって誰?と。あたしはその度に答える。ライラックはあたしの大切な友達。金髪に青い瞳の女の子だって。治癒術士は何時も悲しげに目を伏せる。何故かは分からない。この世界は狂っていると彼女は言う。可笑しいのだと。いっそ終わってしまうべきだと。そう言って泣くのだ。あたしは、なんだか可哀想に思えて彼女を抱き締めたりする。そうしてもあたしなんかじゃ意味無いのかもしれないけど、それでもなんだかやってしまう。あたしが世界を救うから、大丈夫だよと言ったらまた泣いた。あたしはいつも困ってしまう。


世界を救うためにするべき事は、なんとなく分かる。行くべき所で為すべき事を成す。行けば戦いが起こり、勝てば事は成される。それの繰り返し。賞金稼ぎのお姉さんが、食いぶちが減るから止めておくれと笑っていた。終わる世界には絶望が蔓延している。法も金も権力も、暴力の前には無力だからだ。欲しいものは奪い取る。それが終わる世界。けれど、お姉さんはそれでもルールがあると言った。奪い取るにもやり方があると。もうすぐ終わる世界でも、人間でありたいと。ルールを捨てては獣と同じだと。あたしはそれに同意した。あたしも形は違えど、ルールのようなものを持っていた。諦めないこと。あの子に会うまで諦めないこと。それをお姉さんに言えば、お姉さんは屈託なく笑った。誰かのための行動ほど、力強いものはないのだと。


時々夢を見た。白い白い空間で、あの子が頬を膨らませているのだ。あの子---ライラックは、不貞腐れたように座り込んでいた。周りをキョロキョロと見回してはため息をつく。そうして少し時間が経つと、寂しそうに膝を抱えて泣いてしまう。大丈夫だよと言っても声は届かず。あたしはとても悲しくなる。手を伸ばしても手を伸ばしても届かなくて---最後には絶望に慣れたライラックの笑い声で目が覚める。そして、そういう日のあたしは必ず勝つ。負けない。あのお姉さんが言ったように、誰かのための力は、他の何よりも強いのかもしれない。


終わる世界を転々とするなかで、時々感謝されることがある。身寄りのない母娘だったり、力のない双子だったり、大抵は力のない者から感謝される。あたしは別に、彼等のためにやっているわけではないのだけど、それを言っても尚感謝される。曰く貴女は勇ましいと。勇敢なものだと。あたしにはその実感はないが、まあ、前向きに生きられるならそれで良いんじゃないかと思う。何事も、為せば成ると考えた方が気が楽だ。


逆に、あたしの事を化物か何かのように怖がり、或いは忌み嫌う人もいる。お前の頭は可笑しいと。人でなしだと。化物だと。そう言って彼等はあたしを嫌う。呪う。怖がる。それでも別に構わない。あの子にさえ会えれば。あの子さえ生きていれば、それだけで良い。あたしは、それだけで良いのだ。そして、あの子はきっと生きている。だから、あたしが頑張れば、終わる世界を救えれば、必ず彼女に会えるはずなのだ。


久々にあの神官に会った。顔を会わせた途端に彼女は渋い顔をして、剣を捨てろと言ってきた。何故かを問えば、お前には分からないと言われた。なるほど、確かに、分からない。剣を捨てれば、今より少しは幸せになれるはずだと言われた。でもそれじゃああの子に会えなくなってしまう。あたしの顔から感情を読み取ったのか、彼女はため息をついた。しかし、珍しいその黄色の瞳をあたしへ向けて、しっかりと言い放つ。ライラックを忘れろ、と。あたしは首を横に振った。彼女はまたため息をついて、それもそうかと一人ごちた。神なんて大嫌いだと彼女は言った。さらさら靡く黒髪を弄りながら、お前もいつか神を憎む日が来ると言った。あたしは神様なんて信じてないけど、神官の彼女に言われるとちょっと真実味があった。


痛みには慣れた。何度も地に倒れて悶えた甲斐があったと言うものだ。骨の一つや二つ折れたところでもう何も感じはしなかった。そんなあたしを治癒術士は叱った。体は一つしかないのだと目尻に涙を浮かべて怒った。誰に何を言われても基本的に何も思わないけど、彼女にこうして泣かれるのは何故だか辛かった。それでも、戦いとは、争いとは、やはり一方的には行かないものだ。あたしは侵略し略奪する事が目的なのではないからだ。戦って、叩き潰す事。世界から消滅させること。それが目的だ。降伏を受け入れることは許されない。赦さない。だからこそ、敵だってその殆どが死に物狂いで向かってくる。そこにはもう多分、人間的なものは殆どなくて、ただただ暴力だ。だから、自分の事なんて気にしていられない。出し惜しみしたら負けるのはあたしだ。肉を切らせて骨を断つ。もともと戦闘の素質のないあたしが戦おうと思えば、そんな戦い方になる。けれどそれでは治癒術士が泣く。こればっかりは仕方がないのだが、彼女はいつも泣いて怒るのだ。狂った世界だと彼女は言うけど、それでも彼女はいつも何かに抗うようだった。


終わる世界でも、やはり人間は人間なのだ。尊いものは尊いし、愚かなものは愚かだ。ライラックは今ごろ何をしてるだろう。あの子は、歌が上手だった。踊るのも。とても上手だったのに何故だかみんなの前ではやらなかった。何でも、恥ずかしかったらしい。あたしなんか、鼻唄でさえ下手っぴで家族にも笑われてたのに。あたしが上手だ好きだと騒ぎ立てたら、君はいっつもはにかんでた。その顔が好きだった。今も君は歌を歌っているかな。


本当に終わりが来たらどうなるんだろうねえ、と背中合わせに戦う賞金稼ぎのお姉さんが洩らした。そればかりは分からない。世界はもう終わりかけている。それでも。それでも。あたしは戦う。世界を救うために。あの子に会いたいから。大好きなあの子に。好きだよ。好きだ、ライラック。君の笑顔をもう一度見たい。あの子に会いたい。だから世界を救うとお姉さんに返した。そうしたら、彼女は笑って剣を振るった。そうだったと。彼女は言った。あんたの全ては、ライラックで出来てたんだったと、そう言って笑った。あたしは頷く。だから、負けない。負けられない。


夢を見た。揺蕩っていた。小さな頃のあたしとライラックが草原を駆けていた。ライラックの金髪が風に揺れる。優しげな青い目が太陽の光を受けてキラキラ輝いた。花を摘んで冠を作った。そっとライラックの頭に乗せてやれば、彼女は心底楽しそうに笑った。そうして、あたしは彼女の手を取って走り出す。どこまでも。二人の笑い声が空いっぱいに響いた。


いつも背負っている剣は、手入れをせずとも良いらしい。何もしなくても、汚れは落ちるし切れ味は落ちない。良い拾い物をした。あたしは剣の事なんて分からないから、本当に助かった。運良く出会えてよかった。しかし、そう言えば、この剣とはどうして出会ったんだったか。あたしが引き抜いたのは覚えているけど、一体全体どうしてそんなことになったんだっけ?嫌だな、世界の影響かなぁ。戦い続けて影響をもろに受けたのかな。まあ、ライラックの事さえ忘れなければ全然良いけど。


最期と言うのは分かるものなのだろうか。夢を見ている。最近良く夢を見る。草原でライラックが笑っている。彼女が笑う度に金髪が揺れる。綺麗な髪だ。ライラックはその総てが愛らしい。大人になった彼女は、随分魅力的になっているんだろう。そう言えば、彼女はあたしの事を覚えているだろうか。いや、覚えていても、あたしが分かるだろうか。彼女があたしを忘れていたら、あるいは、分からなかったら、ちょっと悲しいなぁ。まあ、それでも良いか。世界を救ったら、時間なんてたっぷりあるんだ。たくさん話をして、思い出してもらえば良い。分かってもらえば良い。---あれ?ライラックの金髪って、こんな感じだったかな?目の前で笑うライラックに違和感を感じるような。ライラック?と声を掛けたら、彼女は不思議そうな顔で此方を見た。なんだ、やっぱり、ライラックじゃないか。驚かせないでよ。そうだ。あたしはライラックを忘れたりなんかしない。忘れたりなんか。忘れたりなんか。忘れたりなんか。絶対にしない。あたしはライラックを忘れたりなんかしない。忘れない。だって好きなんだから。好きなんだよ。ライラック、大好き。


世界は収束していった。まるでそれが本来の姿かのように。あるべきものがあるべき処へ還るかのように。世界も一つの生き物なのだろうか。終わりと言うのは、一体なんなのだろう。あたし達は、一体何のために、生きているのか。いや、あたしは勿論、ライラックと会うためだけど。そのために世界を救うのだ。

でも、みんなは何のために生きているんだろう。あの神官は、何であんなに神様が嫌いなのか。思えばあの子は神官なんだから、普通は神様を尊敬して愛さなければならないはずなのに、何で彼女はあんなに神様が嫌いなのか。

治癒術士は、そう言えば何であたしに構うのか。ずっと不思議ではあったけど口に出したことはなかった。無償で治癒するなんて、普通じゃない。しかも、別に友達でも何でもないのに。彼女はどうして泣くのだろう。あたしはどうして彼女の涙で痛くなるのか。

賞金稼ぎのお姉さんは、どうしてあんな空っぽの笑顔をするのだろう。何にもないような、すかすかの笑顔。諦めてしまったのか。何を、諦めてしまったんだろう。背中に感じる剣の重み。そうだ。あたしにはライラックがいる。愛しい愛しい大事な友達。ライラック。彼女さえいれば良いのだ。---他の誰かなんてどうでも良い。


白い白い空間。ライラックが退屈そうに寝そべっている。ごろごろと転がってはつまらなそうに止まる。ライラック、と声を掛けても届かない。あたしはじっとライラックを見ていた。彼女はあたしには気付かない。ふと、ライラックが手を宙へと伸ばした。あたしはそれに触れてみようと手を伸ばす。やはり触れない。彼女は泣きそうに顔を歪めた。そうして、唇を微かに動かす。さみしいよ、と。確かに彼女はそういった。胸が千切れそうだ。とても痛い。あたしは泣きそうになって歯を食い縛った。大丈夫だよライラック。迎えに行くから。世界を救って、必ず君を迎えに行く。


最期と言うのは不思議と分かるらしい。あたしは不可解な高揚感に揺られていた。もう、生きているものは随分少なくなったようだけど、でも大丈夫だ。きっとあの子は生きている。そう言えば、神官がぐしゃりと顔を歪めた。どうしたのだろうか。ライラックはどんなやつだと聞かれたので、あたしは事細かく教えてあげた。文字を書くのが好きで、大人びた女の子だった。年の割りに達観していたような、おませさんだった。背が低いのを気にしていて、可愛いよと言ったらそっぽを向く。とっても可愛くて賢くて、あたしの大事な友達だ。そう言えば、神官は苦虫を噛み潰したような顔をした。拳を握って、ぶるぶると震えて俯いてしまう。どうしたの、と聞くと、か細い小さな声が聞こえてきた。ライラックは、どんな色の髪をしているんだ、と。あたしは、何だそんなことかと笑う。ライラックはね、黒髪に黄色い目の女の子だよとあたしは答えた。本当に?彼女は問う。そうだよ本当だ。本当に本当に本当にあの子はライラックであたしの友達で大切な大切な--とにかく本当だ。あたしの反応を見た神官は神なんて大っ嫌いだと吐き捨てた。あたしは首を傾げる。ごめん、と小さく彼女が謝った。あたしは、不思議だったけど、別に良いよと答えた。彼女はふいとあたしから離れてしまう。その小さな肩が震えていた。


軽く体を動かす。嫌に軽い。今日はかけがえの無い日になるだろう。あたしは知らず知らずの内に笑っていた。ぐっと伸びをして歩き出したあたしの腕を、ぐいと治癒術士が掴んだ。泣いていた。首をぶんぶんと振って泣いていた。もういないよ!彼女は叫んだ。ライラックなんかもういない!彼女はそう言ってぼろぼろと泣いた。あたしは、ライラックがいないなんて聞いて、すごく嫌だったけど、彼女が嫌味で言っているんじゃないことは分かった。だって、彼女はこんなに泣いている。泣いて泣いて、あたしの腕にすがっている。可哀想に。世界に影響されたのかな。終わる世界はみんなを可笑しくしてしまうらしいから。でも大丈夫、あたしが世界を救ってあげるから。そう言っても、彼女はやっぱり泣き止まない。止めてよ、泣かないで。なんで、こんな気分になるんだろう。痛い。止めてほしい。そんな顔をして泣かないでよ。あたしは彼女に捕まれた方じゃない手を、背負った剣に伸ばす。ぐっと力を込めて引き抜いた。でも、治癒術士はあたしの腕を離さない。一閃。ぐらりと彼女が傾いだ。血飛沫が舞う。これくらいなら治せるはずだ。今は歩けやしないだろうけど。ライラックはいる。それだけが本当だ。地に倒れ伏せて呻きながら、それでもあたしの足にしがみついた彼女を無理矢理に引き離してあたしは歩き出す。治癒術士が泣きじゃくっている。叫ぶ声が聞こえる。悲痛の声。絶望の叫び。ごめんね。いや、違う。ごめんってなんだ。ごめんじゃない。だって、ライラックを迎えにいかなきゃ。世界を救わなきゃ。今あたしが痛いのも、ライラックがいないから。治癒術士が悲しいのも、世界を救えば治るんだから。絶対、絶対絶対絶対絶対絶対絶対絶対に。


歩き出すと、賞金稼ぎのお姉さんが話しかけてきた。良いの?と聞かれたけど、良く分からない。何が、と聞き返したらお姉さんは笑った。そしてあたしの頬を拭う。気付かなかった。あたしは泣いていたらしい。どうしてだろうか。戦いの前に興奮しすぎているのか。お姉さんが空を見上げて言った。もしも、終わるとしても、誰かが居たら恐くないかもね。と。あたしは答える。終わらない、と。終わるを終わらせるための戦いだ。続く世界を求めるための。ライラックとの世界。脳裏に金髪の少女が----あれ?あたしの隣を歩く賞金稼ぎのお姉さんを見上げる。白い髪。ライラックは。ライラックは、ライラックは何だっけ。ライラックは、何だ。あたしは何を----ずしんと手に感じる重み。手に握るエクスカリバー。ライラックは、あたしの大切な友達だ。大事な大事な、大好きな友達。きゅう、と胸が締まる。早く会いたい。あたしの大好きな人。思わず笑ってしまう。お姉さんを見上げれば、お姉さんも笑っていた。空っぽの瞳だった。赤い空っぽの瞳が、あたしを見ている。でも笑っていた。二人で笑った。もうすぐ終わる世界で、その最期の戦いを前にして二人で笑った。あたしがすっと剣を前に出して構えると、お姉さんも腰を落として構えた。叶うと良いね、とお姉さんは笑った。だから、あたしは大きく頷いて笑う。エクスカリバーはね、聖剣さ。と、賞金稼ぎのお姉さんは言った。彼女は眉尻を下げて笑う。特に意味は無いさ、ちょっと言ってみただけ。あたしはそうかと頷いて、走り出す。ぶん、と一閃。暗闇が晴れる。あたしは諦めない。だって、ライラックが好きだから。諦めない、諦めない、諦めない。好きだよライラック。大好きだ。













白い白い空間。


あたしはいつの間にかそこへ立っていた。


「j0g&*7jtm.$4";:wjaj584¥*;〜_;63[>9-#~」


何だか意味不明な音が聞こえる。何だこれ。あたしは背負った剣に手を伸ばした。じっと辺りを伺う。戦いは?最期の戦いはどうなったのだ。


「tp55Gたn4_[jl9Fmb2i#**a8881jわj 8qwm*_-jk5」


白い白い空間。夢で良く見た世界だ。でも、完全な実体を持ってここへ立つのは初めて。総てが白い空間。何処へ立っているのかも分からない。


「t>タ*g4はjaD~オ9gjよ。」


音が変わってきた。聞き取れる音がある。分かる音が。でも、何処から聞こえるかは分からない。耳を澄ませる。


「タカ[j6〜#8gptおワtp4*d_tg。」


耳を澄ませる。


「タタカイは、おワpjw〜*¥。」


じっと。


「タタカイ、は、おワッタ、ヨ。」


一閃。音の出所を捉える。白の中に白が揺らめく。意味が分からない。違う。白じゃない。これは光だ。避けられた?腰を落とす。剣を構える。歯を食い縛る。


「たたカイは、おワった、ヨ。」


光が収束する。人影が現れる。けれど顔も体も認識できない。意味が分からない。なんだこれは。あたしは剣を握り締める。


「うーン?だイぶン、つタエるのじカんかかっタ?これデモはやイほうナンだけド。」


人間でないのは確実。こんなものが人間な訳がない。じゃあ敵なのか。分からない。いつもは分かったのに。


「チょっトまっテね。あトすこシちょうせイ。」


分からないから、大人しく言うことを聞くことにした。明らかに、コミュニケーションを取ろうとしている。敵かどうかは分からないが、取り敢えず話すつもりはあるらしい。それに、さっきから言ってる戦いが終わったって、最期の戦いのことなのだろうか。正直あんまり覚えていない。必死で剣を振るっていた。ライラックのことだけを考えて。


「アアアあぁああー。イイいぃぃいいーう、エえオオ。あ、あいうえお。カ、カ、カ、かきくけこ。うン、あ、か、さ、た、な、は、ま、や、ら、わ。うん。よし。」


人型の光が、一歩あたしの方へ進む。あたしはじり、と後ろへ下がる。


「ああ。だいじょうぶだよ。だいじょうぶ。こうげきしたりしないよ。きみはえいゆうだ--ゆうしゃなんだから。」


「英雄?ゆうしゃってなんだ。」


「ゆうしゃは、うーん、なんというか、いさましいものってことさ。」


「勇ましい?あたしが?」


良く分からなくて首を傾げた。敵ではなさそうだ。剣を下ろす。でも手には持ったままだ。


「ありがとうね。きみにはかんしゃしている。」


「感謝って?何を。何で。」


「そうそう感謝だ。何って、せかいをすくってくれたことさ。」


「世界を救う?まあそりゃあ、ライラックに会いたかったから。」


「うん。やっぱりぼくは、ぼくらはあってたんだなあ。」


「ライラックはどこだ?」


「そのはなしの前に、さきに言っておきたいことがあるんだ。きみには知るけんりがあるからね。」


「それを聞いたらライラックの場所を教えてくれるか?」


「もちろん。」


光は尊大に頷いた。それならまあ聞いてやっても良い。これが何なのか、何が起きているのか。こんな不思議なこと、きっとライラックに話したら喜ぶに違いない。


「なら聞く。」


「うん。ありがとう。」


「手短に。」


「それはむずかしいなぁ。まあ聞いてよ。世界はね、おわりそうだったんだ。」


「知ってる。だからあたしは終わる世界を救おうとした。」


「うん。そうだね。まず、その世界が終わりそうになってた原因なんだけどね。何百年か前に、僕らがけんかしちゃってさ。そのひとつが嫌がらせにこの世界をはたいたんだ。」


「…?」


「僕らはだいたい一つずつ世界を抱えて生きてるんだけどね。いつもは世界にかんしょうしたりもできない。きほんは持つだけなんだ。でもその時のけんかはすごくてね。ひとつが僕の世界を叩いたんだ。力いっぱいね。もちろん、むこうの世界も無事じゃすまなかったけど、僕のだって無事じゃすまなかった。」


「…何を、」


「まあ聞いて。様は僕らは君らの世界で言う、かみさまってやつだ。」


「神様?」


ふっと黒髪の神官の言葉が甦る。


“神を憎む日が来る”


あたしは剣をぎゅっと握りしめた。


「僕らは世界がとっても大切。だって一人に一つずつだからね。基本は干渉できないけど、時々手を加えたりする。ほろびないように。終わらないように。」


「…じゃあ、世界が終わりそうだったのは、君達の喧嘩のせいなのか?良く、分からないが。」


「うん。まあ、すべて理解しなくても良いんだよ。ただ、君はえらばれた。僕に、世界に、選ばれたんだ。」


「…選ばれた?」


「うん。そう。その剣、エクスカリバー。聖剣エクスカリバー。まさか、女の子が引っこ抜いちゃうとはね。いろいろ大変だったんだけど---それはまあ、今はいいや。」


“エクスカリバーはね、聖剣さ。”


白い髪のお姉さんの言葉。空虚な笑顔。ぱっと剣から手を離した。ガラン、と剣が白の世界へ放り出される。


なんでだ。分からない。武器はこれしかない。手離してはいけない。世界を救うために。ライラックに会うために。世界を救うのだ---ああ、ライラック。ライラックライラックライラックライラック。どこ。何処に居るんだ。


「僕らはふつう、直接君達に干渉できない。でも、間接的に語りかける事は出来たんだよ。聖剣は、神の剣。僕の力を剣の形にしたものだ。エクスカリバーって名前は、他の子の世界から取ってきたんだ。なんでも、その世界では有名な剣なんだってさ。っと、話がずれたね。」


「…。」


「叩かれた僕の世界には、闇がまん延した。叩いた僕らのうちの一つは、闇の力が強かったんだ。僕の世界に他の一つの力が一気に強く流れ込んだ。世界はねじれて、狂ってしまった。」


泣き顔を思い出した。青い目が涙で歪む。


“この世界は狂っている。”


「壊れて終わりそうな世界を、僕は諦められなかった。どうしてもね。だから選ぶことにしたんだ。世界を救ってくれる生き物を。終わる世界に挑むもの。可笑しくなってしまった世界で諦めないもの。何度でも立ち上がる勇ましいもの。---勇者を。」


“勇ましい”

“化物”

“ありがとう”

“気持ち悪い”

“助けて!”

“殺せ”

“素晴らしい”

“死ね!”


「本当は、年頃の人間の少年を選ぶはずだったんだ。可能性の種族、人間。その人間の未発達の男をね。女は色々と体調に気を使わないといけないからね。男のようにいつでもどこでも戦えるわけじゃないから。」


ああ。ライラック。どこだ。どこにいるんだ。会いたいんだ。


“ライラックなんてもういない!”


違う。違うよ。違うでしょ。ライラック、ライラック、ライラック!金髪の青い目の黒髪の黄色の目の白髪の赤い目の---ライラック!


「人間は可能性のかたまりだ。まず理性がある。考えること。思考すること。素晴らしいことだ。そして本能がある。愛すること。悲しむこと。必要なことだ。---時に、勇者よ。君に問う。人間が一番強くなれるのは、一体何の感情だと思う?憎しみ?悲しみ?嫉妬?怒り?喜び?驚き?恐怖?どれだろうね。僕はさ。」


ライラック。君を愛してる。あたしの友達。大切な友達。でも、なんで、君のことが、


「愛情だと思う。愛しいって感情。好きだ、大切だって気持ち。守りたいとか、また会いたいとか。次を望む気持ちだ。」


分からないのか。違う。分かる。ライラックは、あたしの友達。本当だ。本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に本当に。本当は?


「ライラックは、」


震えた声が響いた。情けない声だった。あたしの声。不思議と頭が澄んでいるようだった。なのに、胸の中がひどくめちゃくちゃで吐きそうだ。気持ち悪い。知らない。分からない。解らないでいたい。


人間の形をした光が、顔の見えないその光が、二つの眼があたしを見ている。


いやだ。いやだ。なんで。なんで!


どうして。神様。君の言うことが本当なら、あたしは世界を救ったんでしょ。世界を救えたなら。終わらないなら。続いていくなら。その世界ではライラックが笑っているはずなのに。笑っていなければならないのに。あの子の為に頑張ったのに。あの子がいるから頑張れたのに。あの子が待っているから。あたしを待っているから。愛しているから此処まで来れたのに。


「ライラックなんて居ない。初めから存在しない。君が聖剣を引き抜いたときに、僕が君の中に植え込んだ。記憶も感情も。全てを。ライラックに関する全てを。」



「だから、君には感謝しているんだ。今一度言う。ありがとう、勇者。世界を救ってくれて。」



「僕の考えは正しかった。やはり、強いのは愛なんだ。愛は世界を救うんだ!」


人間の形をした光が両手をあげて笑った。誇らしそうに。悦に浸って。


あたしは、白い白い空間に落ちた、剣を拾った。人間の形をした光が、あたしを見て首を傾げる。一歩、光へと近付いた。笑って。


「どうしたの?それは返さなくても良いよ?君は勇者だ。聖剣はその証。本来なら、僕の力を分け与えるなんてあってはいけないことだけど、君には感謝しているから…勇者?」


「---ライラック、愛してるよ。」


一閃。今までの何よりも早かった。あたしでさえあたしが何をやったのか見えなかった。掻き消える光。意味不明な音が散りばめられる。


聖剣を背に納める。ぐにゃりと視界が歪んだ。ばきりばきんと不快な音が響いて、白い空間は崩壊し始める。ライラック、愛している。大好きだ。この気持ちは本当だ。本当に好き。大好きだ。ライラック、ライラックライラックライラック。ライラックライラックライラックライラックライラックライラックライラックライラック。会いたいよ。こんなに会いたいのに、会えないんだね。憎しみって、こんな気持ちなんだ。知りたくなかった。知りたくなかったよ。憎い。憎い。憎い!


ライラック、不思議だよ。こんなに憎いのに、こんなに愛しい。ライラック、何処にいるの。ライラック、どうして会えないの。ライラック。愛してるよ--君の居ない世界なんて、もう、そんなの。


はは。と、あたしの口から何か悲鳴のような怨嗟のような言葉のなりぞこないが溢れ落ちた。聖剣を振り上げる。一閃。壊れていく白い空間が、砕け散る。不可解な音が大きくなった。頭が痛い。体が痺れる。心臓がうるさい。


ああ。


ああ。


壊れろ。壊れろ。壊れてしまえ。剣を振るう。二度と戻らないように。終われ。終われ。終わってしまえ。剣を振るう。そうして永遠に無くなってしまえ。ライラック、君を愛しているよ。でも、君はあたしを愛してはくれないんだね。憎い。憎い。君も、神様も、世界も。憎くて憎くて堪らない。


だから。


あたしは剣を振り上げる。


世界は終わるのだろうか。あたしが救った世界は、終わるはずだった世界は、これからどうなるんだろう。頭の中で不協和音が鳴り響く。でももうどうってことはない。どうってことは無くなる。全部無くなる。無くなってしまえ。壊れてしまえ。消えてしまえ。終わってしまえ。


ライラック。君が居ないならば、世界を救う意味もない。なかったんだよライラック。あたしの大切な友達。好きだよ。大好き。愛してる。愚かかな?それでも好きだ。でも憎いんだよ。どうしようか。どうしよう。こんなに痛い。愛するって、こんなに痛いんだね。憎むって、こんなに痛いんだ。知らなかったよ。身体も心もねじ切れそう。でも良いんだ。もう良いんだ。全部、もう、良いんだよ。


黒髪の幼い少女が目を見開いてあたしを見ている。金髪を振り乱して誰かが泣いている。白髪のお姉さんが諦めたように嗤った。


どこにいるんだろう。あたし、どこにいるんだろうね。何でそんな顔をしてるの。なんだろう。でもそうか。彼女達はライラックじゃないんだな。ごめんね、ライラック。あたしはきっと何度も間違えたね。ごめん。ライラック。今度はもう間違えないから。あたしはもう間違えないから。だから。剣を振り上げる。きらりと輝くその切っ先。神の剣。聖剣エクスカリバー。


終わってしまえ。


-----あたし。








終わる世界のカタストロフィ。



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