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ポラリスへの片道切符  作者: 阿賀沢 隼尾
第1節 冒険編 第1章アクロポリス編
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第1話 旅立ち —1

「ちょ、ちょっと、師匠さん。勝手に上がったら」

「今日はあの二人を見送る大事な日なんだよ。それに、明後日から国家試験が始まるってんのにこんなうかうかしていられるかい」

  ドタドタと何やら下が騒がしい。


  意識が上って来る。

  もう、何よ。

  朝っぱらから騒がしいよ。


  下から怒涛の怒鳴り声が聞こえてくる。

「こらぁ!! フクシア、カミリア。早く部屋から出てこんかい! 早く起きないと予約している宿に間に合わなくなるよ!」

  ん?

  宿?


  ていうか、なんでうちに師匠の声がして——


  頭の中で最近のスケジュールを思い返してみる。

  そういえば、明後日は国家薬術師になる為の国家試験があったような。明明後日はお姉ぇの国家医術師の国家試験。


  それで、その次の日——。

  つまり、最終日がレンジャー資格の国家試験日だった気が・・・・す・・る。


  ヤバイ!


  ベットの上でウサギのように飛び跳ねて飛び起きる。

「おねぇ。早く起きてよ。師匠が来ちゃうよ」

「ん? 師匠が? そんなわけないじゃんフレリア。今日は休日だよ」

 か、完全に寝ぼけてる。

 こうなったら、必殺布団返しをするしかない。えーい!


「さ、寒っ! ちょっと、フレリア。何をするのよ。アタシの布団をさっさと返しなさいよ」

 と言いつつベッドから出る気配は微塵も無い。

 駄目だこれ。


「こらぁ! さっさと起きんかい! あんた達!」

  ドアが勢いよく開けられる。

  2人はベットから飛び上がり、ドアの方に視線をむける。

  すると、そこには仁王立ちで立つ黒髪ポニーテールの女性が立っていた。

  閻魔大王のような凄い顔で私達を睨みつけている。

 

  私達の師匠だ。


  うわぁ、やらかしちゃったよ。

  私達。

  額に冷や汗が一滴流れ落ちる。


「あんた達が旅立つ晴れ舞台だってのに、朝寝坊なんかしているんじゃないよ。さっさと支度をしな。最後の最後まで迷惑を掛けるんじゃないよ」

 マシンガンのような勢いで話した。


「はっ、はい!」

「今すぐ支度をします」


 師匠はぶつくさ言いながら部屋から出て行った。


「よし。早く行くよフレシア。早く下に降りるよ」

「うん」


 荷物を持って階段を降りる。

 下から楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


 1階に降りると、師匠が二人の夫婦と話し込んでいた。

 その夫婦の隣には娘のリンが座っていた。


 この二人の夫婦は獣人で獣医のお仕事をしている。

 妻の方は黒い猫耳で何とも可愛らしく、人なつっこい顔をしている。

 対して、夫の方は狼に似た獣耳と顔つきをしており、体つきも筋肉質で服の上から見たら分かるくらいの筋肉を持っていた。


 娘の方はと言うと、私達の一つ年下で、母親に似の愛らしい童顔をしており、体も153cmと小柄だ。

 しかし、性格は父親に似たらしく、一言言えばお転婆娘である。



「あら。やっと起きたのね。二人ともお寝坊さんね。いきなり貴方たちのお師匠が尋ねてきたからびっくりしちゃった。私達、王都に泊まるなんて聞いていなかったものだから」

「全く。あんた達姉妹は本当に何も変わらないねぇ。もう、怒りを通り過ぎて呆れるよ」

 ハハハと三人は笑い合う。


 卵と塩の香ばしいの匂いがする。

 長方形の形をした机の上には二人分の卵焼きとご飯が置いてあった。


「ご飯だぁ!!」

 私よりも先におねぇがご飯に食いついた。


 おねぇに続いて私も椅子に座って焼きたてのご飯を食べる。

 思えば、ローラー夫妻のご飯を食べるのはこれで最後。

 味わって食べないと。


「もう、貴方たちは旅立つのね。貴方たちと会ったのがつい昨日のように思えるわ」

 妻の方がリンゴの皮を剥きながら目を細めて言った。

「お師匠さんが貴方達を私達の所に連れてきて、『私ではこの子達を育てる事は出来ない。私は魔術師としては一流とされてきたが、親としては一流どころかその権利すら無い。だから、貴方たちにこの子達を育ててやって欲しい。大変御迷惑を掛けることは承知の上だ。でも、私はこの子達を見捨てることなど出来ない』って泣いて来たのよ。寒くて雨が強い日だったから良く覚えているわ」


「ち、ちょっと。アリア。その話は止めてくれ」

 師匠はお茶を吹き出して、自分の過去を晒す弟子を慌てて止めようとする。

 だが、それで終わる彼女ではない。

 寧ろ、話すスピードは上がるばかり。


「それでね、彼女『私は今まで沢山の弟子を輩出させてきた。だから、魔術や医術、薬術を教えることは出来るが、育てる事は出来ない。私は厳しいやり方しか知らない。この子達に自然や生物、この世界を生き延びる術と心構えしか教える事は出来ない。それはお前が一番知っているはずだ。でも、お前達は違う。人としての優しさや温かさを教える事が出来るはずだ。だから、お願いだ。この子達を預かってくれないか』って言ったの。確かに、この人は厳しさしか教えなかったわ。私も何回死ぬ思いをしたのか数え切れない程ですもの」

 今なら笑い話で済む。

 恐らく、彼女はそう思って私達に話し掛けてくれているのだろう。


 悲しみを、別れという哀しみを思い出で塗り潰すために・・・・・・。


「でも、彼女は私に獣医術を教えてくれた師ですもの。私の先生ですもの。恩返しをするチャンスだったし、彼女の言うとおり、貴方たちと彼女を一緒にさせていると命が幾つあっても足りないわ。それは、もう貴方たちも身に染みて分かっているでしょう」

「確かに」

  ローラー夫人の言う通りだ。


  師匠はとても厳しい。

 

  おねぇと森の中や無人島に何も持たないまま1週間や1ヶ月放って置かれるなんてよくある事だった。


  他にも、洞窟や海の真ん中で置いていかれたり、今考えたらとんでもない特訓をさせられていたものだなぁと思う。


  でも、1人の師としてはとても尊敬している。

  森の中で薬草のことを教えて貰ったり、実戦形式で体術を学んだり、おねぇは医術を一生懸命学んでいるのをいつも隣で見ていた。


  師匠は、結構おしゃべりで口煩い人だったけど、その厳しさは優しさなんだと最近気付いた。


  師匠には技術や知識を。

  ローラー夫妻と娘のリンには優しさと温かさ、家族の大切さなど『心』を貰った。


  彼らがいなかったら私達はどうなっていただろうと思う。

「あの、今まで有難うございました」

  食べ終わったお皿にフォークを置いて4人にお礼を言う。


「今まで育ててくれて有難うございました」

  顔を上げて4人の顔を見る。


  師匠は相変わらず澄ました顔をしている。

  この人はいつも冷静だ。


  ローラー夫人は、目を赤くしてハンカチを目に当てている。

  夫の方は、腕を組んだまま目を閉じている。頑固な彼らしい。

  娘のリンは、ボロボロと涙を流す。

  机の上には小さな池が出来上がっていた。


「本当に、成長したよ貴方達は。師匠が貴方達を連れてきたのがつい昨日のように思えるわ。貴方達は私達夫婦の子のようなものよ。ねぇ、あなた」

  夫人は、ハンカチで涙を拭き取りながら夫に話を振った。


  「ああ。本当にそうだ。血こそ繋がっていないが、血の繋がりがあるからと言ってそれが『家族』だとは限らない。子供たちにとっての心の光であって欲しいと俺は思う」

  彼は、台所からコーヒーを人数分取り出して置いてくれた。


「子はいつか親から離れる。いつまでも親に頼っていてはいけないからな。でもな、赤ちゃんや年少の頃に『親の温かさや温もり』、『自分を大切にしてくれる人がいる』ことを体験した子供はいつまでも心の拠り所がある。逃げ道があることは大切なことだ。それが存在するだけでいいんだ。その存在が親であり、家族なんだ。俺は少なくともそう思っている」

  そう。

  この人たちはいつもそうだった。


  私とおねぇを温かく見守ってくれた。

  もし、この人たちがいなかったら今頃私達は師匠の厳しい訓練に耐えかねて、どこかの森か島かで暮らしていたかもしれない。


  でも、彼らがいてくれたお陰で今の私たちがいる。 今私達がいるのは、今まで支えてくれた人達がいるからなのだと思う。

  それを、私は忘れないでいたい。


  両肩に荷物をパンパンに詰め込んだバッグを背負う。

  おおう。やっぱり重い。


  両手で抱えても指先と指先が当たらないくらいに一杯に入れたからなぁ。

  旅ってこれで初めてだし。

  無人島に行った事はあるけど――


  私とおねぇは、荷物をぱんぱんに詰めたバッグを背負って玄関に出る。


  外に出て6年間お世話になった家を見上げる。

  黄金の日差しに照らされて、ヒナキで作られた家が 薄黄色に反射して輝いて見える。


  玄関の反対側には、木々が鬱蒼と茂っている。

  森や山にいる時だけ感じるこの清涼感。

  この森とも最後のお別れになるかもしれない。

  そう思うと、頭の中でここで過ごしてきた6年間の思い出が走馬灯のように駆け巡る。


 

  リンちゃんやおねぇと罠を仕掛けて魔獣を仕留めたり、野外でキャンプをしてみたり、師匠に薬になる植物や動物を教えて貰ったりしたっけ。

 

  師匠の修業はどれも辛いものだった。

  森の中や無人島に一週間放り込まれたり——

  いや、一週間なんてまだ良い方。

  1ヶ月なんて余裕であったし、長いと1年なんて時もあった。


  でも、思えばあれは師匠が私達に与えた試験だったのかもしれない。

  いや、試練と言うべきなのかな。

 

  でも、そのお陰で手に入れたものが沢山あった(後にその試練の内容とかは紹介するけど)。

  命の大切さや生きるということ、協力することの大切さなどなど。

  言葉だけでは数えきれない。

 

  それらは、師匠が私達に与えさせてくれたのも同然な気がする。


  だから、厳しかった師匠にも感謝はとてもしているんだよ。

  それは、もう一生懸けたいくらいに。


  おねぇとローラー夫妻、リンちゃんにお辞儀をする。

  「それじゃ、私達は行きます。今までありがとうございました」

  「いつでも帰って来ていいからね。ここはあなた達の家なんだから」

「もう行っちゃうの?」

  リンちゃんがうるうる目を輝かして、私の顔を見上げてくる。


  ポン、と頭の上に掌を優しく乗せて、

「大丈夫。必ず戻ってくるから。それまで、勉強をしっかりして立派な魔獣医師になっておいてね」

「うん。私、必ずお父さんやお母さんを越す魔獣医師になるから」

  純粋無垢なリンの瞳を見ていると、こっちまで元気になってくる。


「分かった。それじゃ、次会う時までこれをリンちゃんに預けておくよ」

  首にぶら下げているネックレスを外して、空に高く上げる。

「ちょっ、フクリア!? 何をしようとしているの!?」

  姉のカミリアが止めようと手を伸ばしたが、私の抜刀術の方が速かった。


  腰に掛けてある刀でネックレスの宝石を真っ二つにした。

  宝石は ものの見事に2つに割れた。


  真っ二つに割れた宝石の欠片をリンの掌に乗せる。

「な・・・これって、フクシアお姉ちゃんの親の形見なんじゃ——」

「そうだよ。でもね、私にはもう血の繋がった親は1人もいない。どんな人なのかは薄っすらとしか覚えていない。これだけが親と私達双子の繋がりを証明するものなんだ。リン、でもね、今の私の家族はそこにいるあなたの両親と貴方と師匠だけなのよ。あなたは血こそは繋がっていないけど私達姉妹と同じよ。私たちは3人姉妹なのよ。だから、あなたにこれをあげる」


「フクシアお姉ちゃん」

「そんな悲しい目で見ないで。私には立派なハンターと薬術師になるという夢がある。おねぇにもハンターと医術師になるという夢がある。そんでもって、両親に会うという夢がある。あなたの夢は何? リン——」


「私、私の夢は・・・・・・」

  一呼吸置いて彼女は言葉を放つ。

「私の夢は、エルフ一の魔獣医師になること。いや、 世界で一番の魔獣医師になる!」

  しっかりした意志と覚悟のある声だった。


「世界一かぁ。それなら、私達も世界一の薬術師と医術師にならないとね」

「そうだね。フクシアの言う通り。アタイも頑張らないといけないということね」

  私達3姉妹はそれぞれ顔を合わして微笑み合った。


  いきなり、リンが抱きついてきた。

  もう、最後だから。

  彼女の太陽のような温もりがじんわりと伝わって来た。

  その後、私とおねぇはローラー夫妻とも抱き合った。


  師匠とは・・・・・・

  そのような関係では無い。

  だって、殺されそうだから。


  私達が行こうとすると、

「それじゃ、森までは私がいなくても大丈夫だな。寄り道をするんじゃ無いぞ。時間の余裕は無いんだからな」

「はい。分かっていますよ。今さら」


  本当に、あなたが心配性なのは十分に分かっていますから。

  私が言おうとした前に、おねぇが口を開いて、

「私達は貴方の師匠なんですよ。弟子が旅立つときぐらい、自分が育てた弟子の力を信じて温かく見守って下さいよ」

「はは。これは一本取られたな。その通りだ。お前たちにそんなことを言われる日があるとはな」

  いつもの師匠らしく無い、はははと乾いた笑い。


  弟子が離れてしまうからだろうか。


  そんな事を一瞬思ったが、いらぬ心配と頭の中から打ち消した。


「それでは、行ってきます」

「行ってきます」

  大切な人達に背中を向けようとしたら、

「ちょっと待て」

  私達の旅を止めるものがいた。


「最後に一つだけフクシア、あんたに言っておくことがある。そのままでいい」

  一瞬、空気が硬直した。

  本能的に警戒態勢に入る。


  師匠がこの空気を作り出す時は、大切なことを言う時だ。

「フクシア、あれは絶対に使うんじゃないよ。あんたは薬術師としては大人が顔負けするほど立派だが、まだ心は子供なんだ。数年後、大人になったら私の所に戻って来い。そうしたら、お前の中にある《それ》の使い方を教えてやる」

「分かっているわ」


「カミリア、あんたには《あれ》を制御する魔術を教えたな。ちゃんと覚えているか?」

「もちろんです」

「よし。それなら良い。もしも、フクシアの中にある《あれ》が暴走したら頼んだぞ。《あれ》を止められるのはお前しかいないんだからな」

「分かっています」


  これで本当のお別れだ。

  彼等に手を振って見せる。

「行ってらっしゃい。病気や怪我には気をつけるんだよ」

「はーい」

  それ、 私達の専門分野なんだけどなぁ。

  最後の最後にボケたローラー夫人の一言に私達2人は笑い合った。


  ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

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