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バスガンディアの狗  作者: あねもえ
1/1

野良犬

夜の帳が降りた街は夏の真っ盛りとばかりの賑わいを見せていた。

一仕事を終えた商人や、魔物を狩る事を生業にした者達がその日の成果に祝杯の歓声をあげ、そんな成功者たちを捕まえるべく、客引きの声が大通りに響きわたる。


お祭り騒ぎといった様相に包まれる街だが、北側に行くにつれその様子は大きく変わっていく。

客引きの声は、陽気なものからより淫卑なものへ、大通りの喧騒とは全く別の。

しかし、大通りに引けも劣らぬ賑わいを見せる。


この街に住むもの達にとっては街の裏側を指す地下世界。歓楽街。

そんな大人達の楽園を小柄な一つの影が人込みを縫うように走り抜ける。


「はぁはぁ・・・・」


心臓をかき抱くように胸に両手を当てて走る少年。

ちょうど、少年から青年に移り変わろうとする、未だ幼さが残る顔にはありありと焦燥が浮かんでおり、

善良な大人ならば思わず声をかけてしまうような危うさがあった。


しかし、ここは歓楽街だ。

快楽と欲望が渦巻くこの場所で、善良さというものを求めるのは無理な話だろう。

ないとは言えないが、九割方その善良さは欲望か、快楽に塗れているのは間違いない。


「・・・しっつこいな!」


走りながらチラリと後ろを見ると少年は悪態を一つつく。

小柄さを活かし、後ろから罵声をあげる男たちの視線を掻い潜るように人込みを抜けていく。

普段であればすでに巻いて胸に書き抱いている物を金に換えて、一息ついていてもおかしくはない時間だ。


「くそっ・・・あいつまた適当なこと言いやがったな・・・!」


安全、信用と、壊れた玩具のように繰り返す顔なじみの依頼主に悪態をつく。

勿論、その人物から依頼を受けたことは一度や二度のことではないため、少年としても承知の上だったが、それでも恨み言の一つでも言いたい気分であった。


「仕方ないか・・・」


ぽつりと呟くと、少年は人込みを抜け裏路地へと足を向ける。歓楽街で働く者達でも、理由がない限り近づかない街の裏側のさらに裏側。

人間の欲を濃縮して腐敗させたようなそこは、濃密な死臭が漂っていた。


「・・・相変わらずだなここは」


裏通りの入り口に立った少年は、その匂いに思わず顔を顰める。勿論、実際に死の香りが漂っているわけではない。

しかし、短くはない時間を歓楽街(ここ)で暮らしてきた少年には、"ここはまずい"

という感覚がガンガンと警鐘を鳴らしていた。


それこそ他の感覚ですらも感じるほどに。


「さて、あいつらは生きて出てこれるか・・・」


少年は今は通りから聞こえてくる自分に向けられる罵声になんとも言えない表情を浮かべながら壁に手をかざす。


ここまで自分の命を刈り取る死角がすぐ近くまで迫っているにも関わらず、

自分を追ってくるもの達のこれから(・・・・)を心配する程度には、

少年は平常心を保ったままであった。


「"常闇よ 抱擁せよ その愛は深く 光さえも届かぬほどに"」


魅了するような不思議な音色を放つ少年の声。

見るものが見れば色々な意味で絶句するだろう少年の"言葉"だが、幸か不幸かこれを理解できるものはこの場にはいなかった。


少年がその"言葉"を言い切ると同時に、街頭の光が届かない裏通りの壁面の影から、黒い何かが染み出るように少年へと延びる。


「さて、今回はどれくらいで出てこれるかな・・・」


小さくため息をつくように、少年は黒い何かへと身を委ねていく。

その異様な光景は冒険者であるものなら、黒いスライム――粘着性の半液状の魔物――に取り込まれているような、はたまたウィード――肉食性の植物型の魔物――に捕食される哀れな少年と表現しただろう。

しかし、少年はまるで自室に入るような気軽さで、闇の中へと吸い込まれていく。


少年が闇に溶け切ったその数秒後、粗暴な男たちが裏路地の入口へとたどり着く。

男たちは先ほど闇へ溶けた少年同様、裏路地に何かを感じ取ったのだろう。

一瞬立ち止まり、腰に下げていた剣を引き抜くと見えなくなった少年を追い、裏路地へと歩を進める。


その翌日、裏通りと歓楽街に境界線を引くように男の死体が並べられていた。

その数は丁度、少年を追いかけていた人数と同じであるということに気付いたものは誰もいなかった。







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