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BBS―魔物に取り憑かれました。魔力全部喰われました。でも使役しました―  作者: 木村アキエル
一章一節 彼と彼女が語らなくとも、物語は進行する。
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BBS



ヨハンの余りにも稚拙(ちせつ)な手段にフェイドアはため息をついた。


「甘い」


突風で突っ込んできた彼の隙を狙い、フェイドアは踵をヨハンの背中めがけて振り下ろした。

しかし、手応えが無かった。それはいつからだったのか、幻影(ミラージュ)系魔法なのか、それすらも分からなかった。

気付けば彼は背後にて再び手刀を繰り出していた。


それに気付いたのは接触の瞬間であった。

刹那(せつな)猶予(ゆうよ)でその一撃を避けれるほど、この攻撃は甘くない。


それは(ひとえ)にヨハンが何処かしらで(つちか)ってきたのであろう、相手を確実に仕留める。攻撃を当てる技術が自分の危機察知(ききさっち)能力よりも優れていたということだ。


先程の直情的(ちょくじょうてき)であり、情熱的(じょうねつてき)ですらあった、野生動物の如き拳の唸りは一切感じられない。


余りにも静かで、穏やかな一撃。先程のギラギラとした真紅の瞳が太陽とするならば、今は冷たい赤銅(しゃくどう)の月か。

フェイドアは甘んじて受け入れることにした。この一撃を。




手刀を彼の首元にくい込ませた。

フェイドアが苦悶の表情で一歩二歩とよろめきながら後退する。


「かはっ!?」フェイドアが表情を崩し、()せた。


「あれぐらいで、充分仕留めきれる思ったけど……ガリ勉のボンボンばかりじゃないってことか」ヨハンは言った。


「……当然。あんなチャラチャラした貴族風情と一緒にされたら困る」


「ふぅん?」


フェイドアのその含みある言葉、先ほどとは一変した怒りにも似た凶暴な(つら)にヨハンは、少しばかり興味を示した。


フェイドアは自制するように首を振り、再び爽やかな笑顔を作り、顔面に貼り付けた。


「しかし、凄いな。魔法の使えない転入生って聞いてたけど、魔法が使えないイコール弱いってわけじゃないみたいだ。これは認識を改めないとな」


「俺からしたら魔法が全てって思ってる時点で見識が狭いっつうか、温室育ちって感じだけどな」


「ああ、そうかもしれないな」


ヨハンは静かな視線を彼に向けた。


「まあ、魔法が便利なのは認めるけどな」


ヨハンは(ふところ)から一枚の細長く折り曲げられた紙を取り出した。

それを見たフェイドアは(いぶか)しむように眉根を寄せた。


「魔導書のページ?」


「マハ!」


ヨハンが叫ぶ。すると背後から彼女が魔力を行使するのが伝わり、魔導書のページが発光を始める。徐々に形が変わり、一振りの剣が手の中に現れた。

いや、それは剣と呼ぶには細く、荒々しさに欠けていた。反り返った鞘に収められているそれをヨハンは引き抜く。


刃は薄く、濡れたような光沢を放ち、それが戦いの道具であるという事さえ忘れてしまう。

それは今のヨハンのような、湖面の月を思わせる静けさと鋭角な輪郭(りんかく)を持った異形の剣。


ヨハンはそれを静かに鞘へ収めた。

フェイドアがヨハンの動きに併せて一定の間合いを保っている。


「なんだその剣……なのか?」


ヨハンは静かに口を開く。

「……ここから遥か西にサイロウっていう小さな島国がある。そこにはサムライ呼ばれる戦士達がいた。彼等が使っているカタナという武器。それを駆使した戦いの技法は、とても繊細だった」


「なるほど。じゃあその武器がカタナ、と?」


「そういう事だ」と、ヨハン言葉が途切れる。

いつの間にか鞘から抜き放たれた刃はフェイドアに肉薄していた。


ヨハンは切っ先に微かな手応えを感じた。


「珍妙な剣技だ。そんなものを会得しているのか?」


「会得したんじゃない。奪った」

「奪った……?」


ヨハンは、冷たい瞳で確かにそう言った。

奪った。と――





「逆にぃ、ユユの強烈なの一撃食らわしたら多分目覚めるかもですよ?」

「それホントに死んじゃうから!」


かしましい喋り声が聞こえる。可愛らしい声が二人分なのだが、なにやら物騒(ぶっそう)な会話をしている。

頭がずきずきする。頭蓋の中の鼓動がやけに激しく脈打つ。


「あ、起きますよー。多分」


白い光が目を突き刺した。


「ん……」


「おはようヨハン。大丈夫?」


眩しい水面の煌めきのような金の瞳でこちらを覗き込んでくる少女がいた。不安げに揺れた髪をが鼻先をくすぐる。

ヨハンは視界を目を奪われる。頭の中に(もや)がかかっているようだ。


「マハ……お前、大丈夫か……?」


「私は平気だから」

「ヨハンは無茶しすぎです」

「ユユ、どうなったんだ?」


「負けちゃいました」


ユユはへらっと笑いそう言った。


「そっか、ごめんな」


マハが大きくかぶりを振った。そして顔を伏せた。


「いいの、いいの、本当にちょっと淡い期待をしてただけだったから」


「多分、今の俺らで出来る限りの事したよな?」


「……うん。そだね」




「――そだね。じゃねえよ」


ディアナが呟く。

ゆったりとした革張りのソファーに深く腰掛け、テーブルに置かれた水晶へ向かい。鼻で笑った。


学園長であるオルランドは、森林の修繕費用の計算を行うため事務机に向かっていた。


「なあ、オルランド」

「はい?」


「地下遺跡のメンバーやっぱりこっちから選出させてくれ」

「はあ、初めからそのつもりでしたが」


部屋の奥で雑務に終われる古き良き友は、朗らかに笑いかけてきた。

ディアナは立ち上がり踵を返す。


「帰る」

「はい」


ディアナは笑っていた。その紅蓮の瞳に炎を灯しながら。


ったく、全然見かけねえなと思っていたら、なんだよ、そこにいたのかよ。まあ、お前は覚えてるわけねえよな。

もう遥か昔の話だしな。今度は何してくれるんだ? なあ、教えてくれよ――そう彼女は心の中で語りかけていた。

決して通じ合うことのない相手に向けて。


鮮血の如き真紅の瞳は神の冒涜者。不吉の象徴――早く目覚めないとな。こんな小便くさくて、しょうもない戦いで終わらせれるわけねえ。


まだ微睡みたいのなら、無理やり目覚めさせてやるよ。

お前はこの目覚めた世界で何を見る? 何を思う?

何が起きようと、どんな不幸が降りかかろうと途中リタイアなんて勿体ない真似すんなよ。

やらなきゃならねえ事が山ほどあるんだからな。



これは、悠久の過去から続く物語。

勇者と魔王と愛と憎しみと。

英雄譚の中で決して未来に残してはいけない、闇に消えるべき物語。そのほんの一欠片。


「おはよう。ゼロ」


Black Brave Story――


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