魔法戦
フェイドアが指を鳴らすと、無数の火炎弾が一斉に迫り来る。
「マハ!」
「分かってる!」
ヨハンが叫ぶ。しかしそれよりも早くに彼女は魔導書からページを一枚破いて放り投げていた。
それが、空中に溶けると一枚のガラス板の様なものが形成された。
火炎弾は、マハの作り出した透明な板によって阻まれ惨めにはじけ飛んでいく。
フェイドアは目を見開き興味深そうに言った。
「へえ、魔法障壁。それに凄く丈夫だ。さっきのちんけな雷の槍もそれで防いだのかな?」
そして、彼は笑顔で「じゃあ、追加だ」そう言って再び指を鳴らした。すると際限なく飛び交う炎弾に追加で氷の礫が飛来してきた。
「え、やば……っ!」
二倍の比重に障壁が崩れそうになる、マハは手をかざして障壁の強化をはかった。彼女の滑らかな頬に汗が滑り落ちる。
「耐えれるか!?」
「あぁ、だめかも……」
マハが力なく吐息混じりの声を出した。
しかし彼女は懸命に両手を突き出し「んっ……くぅ……」と、歯を食いしばりながら踏ん張っている。
「ただの火炎弾と氷結弾がこんなに重いなんて……っ!」
この弾幕の中、生身で特攻するのは間違いなく愚策であり、かと言って奇抜な打開案もそうそう浮かび上がるものじゃない。
ヨハンは爪を噛みながら、ただひたすらに障壁を睨みつけていた。
すると、
「反撃しますね!」
普段聞きなれない鋭い口調であったため、一瞬誰なのか分からなかったが、青い髪の猫耳少女は指揮棒程の大きさの杖を指でつまむように持ち、複雑な魔法陣を背後にいくつも展開させている。
古代文字で綴られたそれは、滑車のようにクルクルと回転している。
詠唱する呪文のリズムに合わせて、魔法陣を順番に指揮棒で触れてゆく。
「旋風よ旋風。蒼天へと巻き上がれ。海と空の向こう側。幻の国のあの丘へ。永き時、長き地を旅する遊牧の、祈りを唄と舞に乗せ、剣の無い世界は何処か?」
讃歌。まるで歌を口ずさむように心地よい軽やかな調べでユユは詠みきった。
指揮棒に触れられた魔法陣は、重厚な音を立てて回転を止めた。まるで何か歯車が噛み合うように。
「一の風!」
魔法は粉々に砕け、ガラス片のようになって宙を舞う。それが次第に渦を描き一つの巨大な竜巻になった。星屑を巻き込んだかのような煌めきが尾を引きながら。マハの障壁の前に立ちふさがる。
火と氷の礫は竜巻に吸い込まれていき、魔法陣の欠片で粉砕される。
「凄い。魔法解除系の魔法と風の強力な吸引力で広範囲の攻撃を一気に解除する攻防一体の魔法か。名前の語感からして、神降ろしと同系統の魔法だね。術者によってこんなにも明確に差が出るのか。いや、呪文のみの発動と魔法陣を使った発動の差か……?」
フェイドアは、攻撃の手を止めた。
興味深げに、魔法の解析をしている。
こちらの女子は比較的余裕のない表情だが、彼は涼しい顔で戦いそのものを楽しんでいるように見える。
圧倒的強者としての余裕の振る舞い。しかし、そこに隙が生まれる。ヨハンが見逃すはずは無い。
「突っ切る」そう言って、ヨハンは足首をほぐし「あの竜巻何とかなるか?」ユユに問いかける。
「はい、竜巻を使ってそのまま加速させます。ユユを信じて走ってください」
「分かった、あとマハあれ頼めるか? イリア拐ったオッサン達をのした時の作戦で行くわ」
「うん!」マハが力強く頷いた。
「イリアって気になりますけど、また今度でいいです」とユユが呟く。
その呟きを聞き終える前にヨハンは駆け出していた。一陣の風として。
ヨハンが駆け出すと同時に竜巻が止み、収縮し、丸い風の塊が出来た。開けた視界にはスカした顔であごに手を添えてる奴が一人。
フェイドアが腰だめを作った。
ヨハンは背中に強烈な衝撃を感じた。爆風が白銀の髪を舞いあげる。彼は風となった。追い風と呼ぶには、いささかハードなそれと一体となり、飛び上がる。
「特攻じゃぁぁあああ――!!」
ヨハンは拳を振り上げ、大きな声で叫びながらフェイドアに猪突猛進の如く迫り、フェイドアに一撃加えれそうになった瞬間。
彼は半身になり攻撃を避けた。