本物
「どうしたの?」と、マハが首を傾げる。
「いや、ルドルフ達はまあ初めから問題なかったからな。三人なら力合わせれば勝てると思ってたさ」
と、ヨハンは顎に手を当ててさも当然かのように言い放った。
マハは「えっ? ああ、うん」と返事し、ユユは目をしばたたかせ「口説かれてます?」と、首をかしげた。
「ねーよ。それに、今はそんな俺たち三人か束になってもこっちに向かってる本物には、勝てるかなって話だ。実際この学園に着て真っ先に目がいったのがそいつだった」
「本物?」
「フェイドア……だっけか? 隣のクラスの。あれだ」
「フェイドア? ああ、確かに成績は優秀だったよね」
「んー、聞いたことないです」
「オレの事噂してくれんのか?」ふと明朗な声が聞こえた。
マハとユユが驚き飛び跳ねて、声の方を向いた。
ヨハンはその場から動かない。動く必要は無いと判断した。背後で先程から待ち構えているのに手を出していないと、気付いていたからだ。
「ああ、よく聞こえてたな。まるで話の初めから聞いていたみたいじゃねーか」
だからわざと煽るように言ってみたが、その返事は返ってこなかった。ヨハンは継いで言った。
「フェイドア、待ってたぜ。今回の大会、アンタを倒せば優勝確定だ」
「へえ。随分と評価してくれるんだな。嬉しいよヨハン。君が学園に転入してきた時から凄く気になっていたんだ。君はなんて言うか……ただの学生じゃない感じがしてたからね」
ヨハンは重い腰を上げた。そして振り返る。真紅の瞳が一人の好青年を写した。さっぱりとした栗毛の短髪。笑顔を貼り付けたような表情。すらりとした長身。その佇まい。一縷の隙も無い。正真正銘の強者であった。
ヨハンは無理矢理凶暴な笑顔を作った。その表情はどこか張り詰めており、彼の頬を冷や汗が伝った。
「遠目からしか見てないけど、随分と爽やかイケメンだな。英雄譚の勇者みたいだ」
ヨハンの挑発にフェイドアは笑顔で応えた。
「光栄だよ。君もどこか影のある所がミステリアスでイケているよ。じゃあ君は魔王ってところかな?」
「え? 男二人で褒めあうなんて、キモイです」ユユが若干引いた。
そんな少しだけ場にそぐわない空気感を出されるが、それに感化されている場合ではない。
フェイドアの周囲には魔力が渦を巻いていた。気付かずに近づけば、たちまち呑み込まれる濁流のようだ。
「マハ、適所で支援頼む」
「……分かった」
「ユユは……まあ、とりあえず魔法ぶち込んでくれ。合わせる」
「はーい」
フェイドアが右手をゆっくりと水平に薙いだ。
すると彼の目の前に等間隔で握り拳大の火の玉が無数に生成された。
その幾数十もの弾丸を涼しげに纏い、フェイドアは爽やかな笑顔を浮かべながら言った。
「じゃあ手合わせよろしく。スラッグショット」