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BBS―魔物に取り憑かれました。魔力全部喰われました。でも使役しました―  作者: 木村アキエル
外伝 エピソード ヘンラー・リーブス『I never die.』
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夜酒



ユユも、村も眠りについた深夜。僕は布団を抜け出して家を出た。少し肌寒くなってきた季節で、僕は冷たくなった手に息を吐きかけて温めようとする。それでも、わかると思うがほぼ意味の無い行動であり、微かに蒸れた手に風が当たり余計冷たさを助長させる。


畑が広がり、整備されていない晒し土の道。頼りない柵に等間隔に埋め込まれた魔除けの魔晶石が月明かりに頼りなく輝く。

ここには何も無かった。卑しいゴロツキも、溺れるような大量の視線も、僕の過去も、醜い右側の顔の事をたずねる不躾な娼婦もなにもいない。何もなくて、それこそ僕が探していた何かであるような気がした。


僕は酒の瓶を片手に適当な場所に腰掛けて夜空を眺めた。溢れるような星屑に冷たく澄んだ空気。遠くで聞こえる虫と鳥と獣の声だけが、今ここにある全てだ。


「ヘンラー様」と、僕の背後から声をかける者がいた。いや、声で分かる。ララだ。

僕は酒を一口含んで勢いよく飲み込んだ。熱い息が零れる。振り向いて彼女を視界に捉えた。


薄い寝巻きに、もこもことした上着を羽織り、夜風になびく髪を耳にかけて横に腰掛けた。


「ララさん。ユユちゃんは?」

「すやすや寝てます」


「そうですか……」

彼女の声を聞き、彼女の体温を感じれる距離にいると、僕は普段から無口な性格に拍車がかかって無口になってしまう。それも昔から発言をあまりしないという性格に起因している事もあるが、やはりあの時唇を重ねた事も要因の一つなんだろう。ララは気に留めていない様子だが、僕からしたらいきなり女性からの口付けなど、人生初で、そう何度起こらないような大事件なものだから、思わず頭をよぎり萎縮してしまう。

泥酔した軍の同僚達になら何度か奪われはしたが……あまり思い出したくはない。


ララの声を笑顔を息遣いを感じる度に胸は高鳴り、頭の中で考えていた台詞は、全てが熱に焼け落ちる藁半紙のように崩れ落ちてしまう。


いつも、会話をする時は彼女主導で行う。


「たまに夜外出されているので、何やっているのかなぁーって」

時たま気が抜けた時に語尾が伸びる癖がある。それが彼女の印象をおおらかなものにしている。


「ああ、ゆったりとした時間を楽しんでみたいなと。なんと言いますか軍務に携わっていた時は、このように緩やかな時間を味わう事が無かったので」


「軍のお仕事は激務だと聞きます。ヘンラー様もいずれはお戻りになられるのですか?」


言葉が詰まる。毒のように広がる胸の痛みに息が止まってしまう。僕は若干の恥ずかしさを出来るだけ悟られないように言葉を吐いた。


「いえ。これだけの期間、探索も無いので恐らく死んだと思われているのかと……まあ、あまり活躍のない下っ端の兵隊でしたので」


「下っ端だなんてそんな、軍務に就かれる方々はそれだけで素晴らしい方と思います」


「まさか、軍にいる人間なんて殆どの奴がゴロツキあがりみたいな者ですよ。粗暴だし乱暴だし、性欲だけが人一倍優れているって感じで、言葉遣いも荒いし馬鹿だし、酒と光合成だけで生きるようなよく動く植物系の魔物となんら変わらないですって」


そう言って僕は再び酒を口に含んだ。熱い塊が胃に流れ込む。


「じゃあヘンラー様も栄養補給をなさっているのですか?」


ララがそう言ったので、僕は瓶を持ち上げて見つめた。半分ほど中身を残した瓶は微かな重みを感じさせた。僕にとっての酒は、なんだろう。成人していない、それこそ文字通り毛も生えない小さな頃から飲むのが普通であったし、親に(たしな)められようとも決して止めなかった。反感、反発、反抗、そんな陳腐な理由ではなかった。酔いを楽しむと言うよりもっと脅迫めいた、そう一種の。

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