神降ろしの魔法
ルドルフが渾身の魔力で作り上げ、北の方角を目指し一直線に放たれた槍は、周りの木々草花を瞬時に蒸発させて突き進む。
「はあ、はあ、さすがにこのボクでも神降ろしの魔法は疲れるな……」
「ルドルフ君。大丈夫? これ死んだんじゃ?」
「絶対領域の守護石の加護がある校内で魔法が殺傷力を持つわけがないだろ? まあ、仮に殺したとしても僕は世界一の魔石の加護を超える男だったというだけだ」
そう言って森に出来た空洞の向こう側を見た。
「誰もいないな。少し本気を出しすぎたかな?」ルドルフは周りの取り巻きを見回して「それでキミ達は棄権するといい。後は別のクラスを叩いて、最後にフェイドアと一騎打ちを――」
「わざわざ道作ってくれてありがとさん!!」
ふざけた声が聞こえた。忌々(いまいま)しく腹の立つ声だ。それが槍を放った方向から聞こえてきた。ヨハンがこちらに向かい走ってきている。
鮮血のごとき吐き気のするような真紅の瞳はギラギラと輝き、銀糸の髪が激しくはためいている。
ヨハンが跳躍した。そして上空で身体を捻り、蹴りを放つ。
側頭部に蹴りを受けたクラスメイトは「――――!?」なにやら訳の分からない言葉を放ち地面に落とされた。
「バカな、神の槍を放ったんだぞ? なのになぜ失格にならない?」
取り巻きが背後から木の棒を持ち近づく。
「マハのシールドで防いだ。お前がバカにしてた回復補助しか能のないやつのシールドでなっ!」
ヨハンの回し蹴りがクラスメイトの腹部に炸裂し吹き飛んだ。
「それと、あれが神降ろしの魔法かなるほどな」
「そうだ! お前なんかが一生を捧げても習得出来ない魔法だ!」
「別に神様信仰な訳じゃないけど、あれじゃ御神体に小便掛けてる方がマシなレベルでの冒涜だな」
「……は?」
気付けば、殴りかかっていた。頭がズキズキするほどに血が登っている。
学園で鍛えた体術に身体機能を強化させ、右に左に拳を放つ。時折蹴りを交え、フェイントを交え、本命の一撃を放つ。
学園で真面目に勉強した。魔術だけ使えても意味がないと合理的に理解しているから。最後にものを言うのは古今東西近接戦闘だと、拳だと、ルドルフは知っていた。
皆が魔術に勤しんでいる間に格闘術の本を読んだ。
だから、魔術も使えない授業も真面目に受けないコイツなんて最悪殴れば終わると思っていた。
だが、なぜ。
なぜ。こんなにも奴が遠い。
「当たらねえよっ!」
ヨハンの拳が鳩尾にめり込む。今朝の食事が出てきそうだ。
よろめき膝をつきそうになるが、寸前で堪えて地を踏みしめる。
「ボクはボクはぁぁああ!」
取り巻きたち達が一斉に草むらから飛び出した。
魔法を放つ者、木の棒で殴りかかる者様々。
しかし、それは全て横薙ぎの風によって塵のごとく散った。木々もルドルフも含めて。先程自分が放った神の槍の魔力を軽く凌駕する出力。
しかも殺傷力を極限まで削ぎ落として単純に相手を吹き飛ばすのみとして使用している。
「な、なに……この魔法、コントロールは……?」
「これはユユの旧式魔法って奴だ。発動は時間かかるけど威力は絶大、精密な調整もバッチリ」
「こんな……強力な……」
ルドルフの意識は徐々に遠のき、潰えた。
*
気絶したルドルフ達を一箇所に集め、ヨハンは額に眩しく光る汗を拭った。
マハは切株に腰掛けて「とりあえずこれで」と言い腰のホルスターから本を取り出して、ページを一枚破いた。
それをおもむろに空中へ放り投げると、紙は光の粒子となりクラスメイト達に降りかかる。
すると、彼等の擦り傷や切り傷は瞬く間に修復されていく。
「むむ、マハまた魔法の腕上げましたねー」
「色々あったから」
「ずっとそればっかり、いつか教えてくださいねー」
笑いで誤魔化すマハと、隙あらば何があったのかを聞こうとするユユ。
「それにしても上手くいったね」
「マハが防御魔法で防いで、ヨハンが敵の目を引きつける。そして私が攻撃魔法を放つ……すごいです。私達チームしてますねー」
ユユが上気した顔で飛び跳ねている。
「これもしかして、私達勝ち残れるかもです?」
「ひょっとしてひょっとするかも!?」
ユユとマハが嬉しそうに笑い合う。
昨日まで消極的だったユユもすっかり勝利に当てられている。
しかしヨハンは険しい顔で腕を組み、マハの隣に腰掛けた。